49.
移動式遊園地には午後過ぎに行く予定だった。
夜の花火まで見たいとレオがリクエストしたからだ。
しかし私はそのことを少し後悔している。
さっさと出発していれば予想外の無礼な来客と相対することは無かったのだから。
朝食を終え、約束の時間まで部屋でタスクをこなしていると戸を叩く音がする。
名前を尋ねるとレオの侍女だった。
扉を開けるとレオは居ない。侍女が一人で廊下に立っている。
「レオ君に何かあったのかしら」
私がそう話を向けるとシンシアは抑え目な声で話し始めた。
「実は、家令長様が来客対応に難航しているようなのです」
「カーヴェルが?」
「はい、坊ちゃまが庭に散歩に行きたいと仰るので屋敷から出ようとしたのですが……」
そう言ってレオ付きの侍女が言葉を続ける。
レオの供をして階下に行こうとしたところ男性の話し声がする。
片方はカーヴェルだがもう片方は見知らぬ男性の声だった。
少なくとも使用人ではない。
屋敷の入り口で二人は会話をしているようだが、その会話がおかしいとシンシアは言った。
「その、お客様らしき方が全く名乗らないのです。なのに公爵夫人に会わせてくれの一点張りで……」
「特に来客の予定は無いけれど……」
「はい、家令長様もそのように説明しても決して引かず、なので会話が終わらないようなのです」
玄関がそのような状態なので散歩に行くのを切り上げてレオは自室に戻した。
そうシンシアが心配そうに言う。
「わかったわ。しかしカーヴェルがそこまで対応に苦慮するなんて不思議ね」
一蹴して追い出せないなら私に確認しに来るぐらい本来はしそうなものだ。
私が内心首を傾げているとシンシアも困った顔で言った。
「その、私の主観なのですが相手の方は恐らく身分が高く……そして家令長様を困らせて楽しんでいるようでした」
「……特徴を聞いているだけで厄介そうね」
「はい、絶妙に家令長様の言葉尻を捉え会話を終わらせないようにしているというか……坊ちゃまが怒って飛び出そうとするのを必死に抑えました」
つまりレオが外野から聞いているだけで腹を立てるような物言いをする来客ということか。
この時点で塩でも撒いてしまいたい。
「わかったわ、報告有難う。あとは私に任せて」
そうねぎらうとシンシアは安堵した顔で来た道を戻っていく。
私は急いで鏡に向かい化粧を直した。
そして椅子から立ち上がる。
「行くわよ、アイリ」
「はい、奥様」
部屋を出て屋敷の入り口へと近づいていく。
そうするとシンシアの言った通り男性二人の話し声が聞こえた。
「申し訳ございません、確認の為……」
「あのね、確認とかいいの、いらないの。俺はエリカちゃんの顔を一目見たいだけなんだから」
「ですが……」
「ですがとかもいーのっ、君ってただの使用人でしょ、はやくエリカちゃん呼んできなよ」
なんだこのチンピラ。
姿すらまだ見てない相手に多大な嫌悪感を抱く。カーヴェルに懐いているレオが怒るのも当然だ。
落ち着いた声はカーヴェルのもの、それを不快に遮り馴れ馴れしく話す相手も若い男性のようだった。
「俺が偉い人だって、君薄々気づいてるよね、だったら俺が怒らない内に動いた方が良いんじゃない?」
「では、一度奥様に」
「だから確認とかいらないんだよ、そこをどけって言ってるの」
聞いていられない。私は足を速めて階下へと降りた。
そして階段の踊り場から男二人を見下ろす。
家令衣装のカーヴェルの向かいに金の髪の男が立っている。
口調の割に着ている服は瀟洒だった。社交慣れしている貴公子のような佇まいだ。
顔立ちも整っている。
けれど先程聞いた声とへらへらとしか形容できない笑みが私から彼への好感度を根こそぎ奪っていた。
私は階段を数段下りる。合わせて扇を開き口元を隠した。
「あら、押し売りの方がいらっしゃったのかしら?」
そう軽い嫌味を込めて声をかける。
カーヴェルは少し驚いた後に表情を陰らせた。私がこうやって出て来る事態になったのを悔いているのだろう。
しかし相手は違った。
「あっ、君がケビンの新しい奥さんのエリカちゃん? 俺を押し売りと間違えるなんて箱入りのお嬢様なんだねぇ」
皮肉か本心かわからない台詞をへらへらと吐き出しながら男は私を見る。
「押し売りで無いならどなたかしら?」
「誰だと思う?」
「そういう言葉遊びを知らない殿方とする趣味はございませんの」
「ケビンが嫉妬するから?」
「旦那様のお知り合いなのですか」
「知り合いだったらどうするの?」
ああ成程、これは話が終わらない。
私は扇の陰で溜息を吐き出した。
何となく彼の正体がわかる。
ケビンを馴れ馴れしく呼んで、へらへらと他者を翻弄して笑う美しい身なりの金髪の男。
恐らく彼は、ケビンの友人のクリスだ。それが正解ならこんなのでも第二王子である。
(いえ、第二王子だからこんなにナチュラルに傲慢なのかしら)
第二王子クリスの顔と正体を知っていて更に恐らくは好かれているレインは仕事の為屋敷を不在にしている。
その事実が吉と出るか凶と出るか。
本能のまま動くことが許されるなら今すぐ大量の水をかけて追い払ってしまいたいような客人を前に私は扇を握り締めた。




