46.
「医師の癖に情けない部分を見せてしまったね」
新しいティーセットを持って来たレインは照れくさそうに言う。
「情けないのはお互い様ですわ。それに生きていたら心弱くなる時なんて幾らでもあります」
私がそう返すと彼女は少し驚いた顔をした後で苦笑いをした。
「時々、貴方が私よりずっと年下だと忘れてしまうよ。寧ろ私なんかより余程大人に思える」
その台詞に内心ぎくりとしながら私は愛想笑いを浮かべた。
「耳年増なだけですわ。周囲が大人ばかりの中で育ちましたので」
「そういうものかな。でも大人に囲まれて苦労していると確かに大人になるのは早いのかもしれない」
特に大人げない大人たちに囲まれているとね。
そう皮肉気に言いながらレインは自分で持って来た紅茶を一口飲んだ。
既に私の分はティーカップに注がれ済みだ。
先程までのハーブティーも嫌いでは無かったけれど、紅茶の方が飲み慣れた味で安心感はある。
お互いに紅茶で十分に喉を潤した後で口を開いたのはレインだった。
「エリカ嬢が伯爵邸を去った後の出来事だけれど……夫人側の親戚に叱責されたらしいね」
「夫人って……オルソン伯爵夫人が親戚に叱られたってこと?」
私の疑問にレインは頷く。
「そう。彼女の兄で実家の当主らしいけれど伯爵家に来た当初から不機嫌だったらしい」
私はオルソン伯爵夫人の兄を知らない。原作にも登場しなかった。
だから尚更興味がわく。
「その不機嫌の理由は御存知?」
「簡単なことだ。アベニウス公爵の後妻が自分の姪じゃなかったという不満だよ」
「ああ……」
私は何とも言えない溜息を吐いた。
オルソン伯爵夫人の兄とやらも公爵家の権力にあやかろうとしていたというわけだ。
私はローズの異母妹なので当然だが伯爵夫人と血は繋がっていない。
ローズの伯父としては折角公爵家と縁戚になれるチャンスが潰れたということだろう。
「それは手当をしてあげたメイドからの情報?」
「そう、有難いことに伯爵夫人がさっさと離席してくれたからね」
だとしても一つ屋根の下にいることには変わらないだろう。
なのに今日会ったばかりのレインに仕えている家の醜聞を話すメイドに私は微妙な気持ちになった。
(伯爵夫人の命令で私に嫌がらせをしていたのに、それを本人から罰せられたならそうもなるかしら)
結局母親も娘と同じで後先を考えていないのだ。
いや伯爵家に先を考えて動いている者など一人も居ないかもしれないけれど。
「兄が帰った後で伯爵夫人はかなり荒れていたようだね。ティーセットと花瓶が犠牲になったらしい」
「まあ、見苦しいこと」
私は無感情に言った。
その場にエリカが居たなら彼女が八つ当たりの対象になっていたかもしれないと思いながら。
「その後で帰って来た娘とも激しい口論をして、更にその後に伯爵に不満を吐き出していたらしい」
「よく喉が枯れないわね」
娘のローズとは盛大に口喧嘩をして夫の伯爵には一方的に喚き散らす夫人の姿を想像するのは容易だ。
「それから数日後に娘の方は屋敷を出て王都に向かったって話だ」
「つまり母親と喧嘩して家出したってことかしらね」
私が言うとレインはそれもあるかもねと曖昧な返事をした。
「実は彼女には新しい恋人が出来た可能性もあるらしい。その男の誘いかもしれないと」
「……お盛んなことね」
「信じられないけれど、ケビンと顔合わせしてから結婚式までの間も夜に家を抜け出していたとか」
私は聞いているだけで胃が痛くなった。
ビルの屋上、フェンスの向こう側でへらへら笑っている馬鹿を見ている時のような気分だ。
少しでも強い風が吹けば一巻の終わりなのに本人はそのことに気付かず太々しくいる。
つまりローズはケビンの妻になるつもりだった頃も普通に別の男と会っていたということだろうか。
流石にそれはという気持ちと、理性が多少でもあればああは育たないという気持ちが綯交ぜになる。
「……ギリギリで結婚を思い留まったのは彼女の生存本能が働いたのかもしれないわね」
「ケビンはきっと彼女を愛さないだろうけれど、馬鹿にされることは許さないだろうからね」
私は顔も名前も知らないローズの伯父に思う。
「伯爵夫人が娘を結婚させなかったのは、それだけは正しい行動だと思うわ」
私の言葉にレインは心からの同意を示した。




