45.
難しい問題だなと思う。
別にレインはある日突然別人になったわけじゃない。
昔のドレスを着ていたレインも今のスラックスを身に着けたレインも地続きに思える。
そしてそれは彼女だって理解している筈だ。
けれどレインは昔の自分に対し罪悪感を覚えているのだ。
正直何故だろうと一瞬首を傾げかけた。
過去の貴方と今の貴方は完全に同一人物なのにと。
(でも、そうじゃないのよね)
同じに見えてもレインの中では違うのだ。
どんな微細な棘でも確かな尖りで拘ってしまう部分なのだ。
私が先程の画材商に僅かな失望を覚えた様に。
当たり前だと言われそうな部分がどうしても呑み込めないでいる。
だからレインは代わりに口に合わないハーブティーを飲み続けたのだ。
お気に入りだと依存する程に。
飲み干した後のティーカップを見ていると声をかけられる。
「お代わりはいるかな?」
私は少し考えていいえと答えた。
そしてレインの顔を見た。
素直に美しいと思える。
男性でも女性でもどちらの性別でもレインはきっと美しい。
なのに女性の姿をしていた時の彼女は壁の花のように扱われていた。
(ケビン達が悪いわ)
レインが付き合う相手がケビン兄弟とそしてリリーじゃなければ運命は大分変っていただろう。
彼女がその気になればドレスの似合う美女になることを私は知っている。
先程私はレインが自分の意志で男装を始めたと結論付けていた。
でもそれは微妙に違う。彼女だって強制的に役割を押し付けられたようなものだ。
私は口を開いた。
「レイン先生は……変わらなかった自分のその先を知りたいと思う?」
私の台詞に彼女は何を言われたかわからないような表情をした。
「それは……私が男装をしなかったらということかな?」
「そうよ。でもそれだけじゃない」
戸惑うように尋ねるレインにそう返す。
彼女は不思議そうな顔をした。
「私はね、貴方の婚約者が別の男性だったら心から愛されて幸せになれたと思うわ」
だって別に貴方の「それまで」が間違っていたわけじゃないもの。
私が続けるとレインは真顔になった。
(ああ、ケビンに似ている)
そう感じながらそのことを皮肉に思う。
きっと婚約自体が間違いだったのだ。
どんなに美しくても自分と良く似た顔を恋人として扱うのはナルシストで無ければ難しい。
そして彼女の婚約者はケビンの弟だった。
自分や自分が嫌う兄とよく似た顔をした婚約者を丁重に扱えるほど人間が出来てはいなかったのだろう。
(もしかしたら、リリーがいなくても上手くいかなかったのかもしれないわ)
しかしもしケビンの弟とレインが問題無く結婚し子を産んだら、全員そっくりな家族になりそうだ。
美形一家ではあるが少し怖いなと思った。
(この顔が好きな人には天国かもしれないけれど……物凄い美形ではあるもの)
私が妙なことを考えている間にレインは落ち着きを取り戻したらしい。
幾分か目に明るい光が宿っているように見えた。
「有難うエリカ嬢、君は優しいね」
「私は事実しか申し上げておりませんわ」
気取って返すとレインは快活そうに笑う。
「だとしても救われた気になったよ。私は多分今までずっと……自分は悪くないと言われたかったんだと思う」
レインの瞳の表面が揺らぐのを私は見て見ぬ振りをした。
彼女の言う自分とはドレス姿の少女でありスラックスを選んだ男装の麗人でもあるのだろう。
「それにね、気づいたよ。誰に忘れられても自分が覚えていれば良いって」
「自分が……?」
「うん、私自身があの娘を心の中で大切にすれば良いだけなんだ」
そう言ってレインは紅茶を持ってくると言って部屋を出る。
一人きりになった部屋で私は彼女の言葉を繰り返した。
「……私が覚え続けて、私の中で大切にすればいい」
そっと薔薇の髪飾りに触れる。
微かな温もりに本物のエリカが私を肯定してくれたような気持ちになった。
それが勝手な思い込みだとしても。
もしかしたら突然私の意識が消え、本物のエリカに戻る日が来るかもしれない。
けれどそれにいたずらに怯えず、これからは私が私であることに罪悪感を覚えず生きて行こうと思った。
私も確かにエリカなのだ。
そう誰も居ない部屋で覚悟を決めた。




