40.
「はい、そして案内された地下室を見て店の者は驚愕しました。その部屋には大量の絵画や彫像が鎮座していたからです」
「それは……ただのアトリエなのでは?」
私は首を傾げる。
地下室というのは珍しいかもしれないが判断できる程の知識も無い。
確かに事前説明無く地下室で彫像と遭遇したらぎょっとするかもしれないが。
こちらの指摘を画材商は確かにそうですねと一旦受け止めた。
「しかし置かれていた作品のモチーフが全て同じ美青年だったというのです」
「まあ……」
それは何ともコメントがし辛い。
制作者がケビンの母親だと考えれば尚更だ。
けれど美女ばかり題材にしているアーティストは前世でも大勢いた。
だとしたら女性が美男子を題材にしても別に構わないのでは無いだろうか。
それともこの世界ではそれは恥ずかしいことなのだろうか。
私は歯切れの悪い感想しか持てなかった。
「飾られている絵画の全てに黒髪に青い目の精悍な美男子が描かれていたそうです」
「それは……」
ケビンの特徴と合致するなと私は思った。いやもしかしたらケビンの弟かもしれない。
それなら母親が息子を描いただけだ。
「公爵の特徴と同じね、ならそれは単に母が息子を題材にしただけじゃないかしら」
「はい、使いに行った者から相談された時私も同じことを返しました」
「だったら」
何がそんなに恐ろしいのか。私が尋ねる前に男が言う。
「しかし次に別荘へ配達に行った際にそんな使用人も地下室も存在しないと言われたのです」
「……えっ」
「けれどそのことを誰にも話してはならないとも言われたそうです」
画材商は震えた。だから彼は家令のカーヴェルを遠ざけたかったのか。
「……配達に行った店員はまだ貴方の店にいるのかしら」
「……いいえ、一年前に辞めました。彼が辞める直前にその報告を受けたのです」
「そう……」
その店員は縁が切れるから最後に吐き出したかったのかもしれない。
だとしても本当に縁は切れたのだろうか。
画材店とではない、別荘との縁がだ。
少しだけ寒気がした。
「つまり私に別荘に行くなら地下室には近づくなと忠告してくれたわけね」
画材商に確認する。彼は言葉の代わりに頷いた。
原作では別荘に地下室があるなんて情報は無かった筈だ。
大体ケビンの母親が暮らしているという説明も無かった。
そして実際ケビン・エリカ夫婦と子供たち、カーヴェルが訪れた別荘にそんな人物は居なかった。
(……一時的にケビンが別の場所に母親を移したのか、それとも彼女自身が引っ越したのか)
それともその時点でこの世から彼女が居なくなっていたのか。
不謹慎なことを考えてしまう。ただ流石にそれなら公爵夫人であるエリカが何も知らされない筈も無い。
ただ湖の別荘に近寄りたくないという気持ちは更に強くなった。
「情報を有難う。今のところ別荘に向かう予定は皆無だけれど気を付けておくわ」
万が一向かわなければいけなくてもあの別荘に子供たちを連れて行くのは絶対無しだなと思った。
私の答えに画材商は安堵の表情を浮かべる。
「安心致しました、あれだけ大層な前置きをしたのに下らないことをとお叱りも覚悟しましたので」
「そんなことで叱ったりはしないわ」
私は笑いながら返す。
それに中々有益な情報でもあった。別荘には別荘で闇があるという事実が。
単に夫人の作品を軽率に部外者に見せた粗忽な使用人が解雇されただけかもしれないけれど。
「……奥様が、昔と変わらずお優しい方で良かったです」
「そうかしらね、大分変わったと思うけれど」
私は悪戯心でそう返す。
こちらの機嫌を理解したのか新人店主も先程よりは気軽な口調で言い返した。
「いえ、更にお美しくなりましたが貴方の輝きは変わりません。……どうか、お幸せになってください」
そうどこか眩しい物を見るように新米店主が見る。
私はその時になってやっと気づいた。彼は一度だけ会ったエリカに恋心を抱いていたのかもしれないと。
(だけど、中身が違うことには気づかないのね)
仕方のないことだ。会話したのは一度だけなのだから。
それでも少しだけ冷めた気分になったのは事実だ。
「有難う、貴方もね」
私は新米店主に丁重にお帰り頂いた。




