20.
レオ付きの侍女のシンシア以外の使用人に立ち去るよう命じる。
そんな私の陰でレオは俯いていた。
「奴隷なんて……今はもう、思ってないのに」
弱々しい声でレオが呟く。
私はそれに少しだけ安堵した。彼はもう弟を奴隷だと全く思っていない。
だけど奴隷と呼び、そう扱った過去は消えない。
ロンの心には傷と共に奴隷という認識が記憶されていて、だから彼は相手が悪くても謝ってしまう。
(ただ、彼の方も徐々に認識は変わっている筈)
でなければレオに言い返すなんて出来ない筈だ。
今この兄弟に必要なのは対話と過去の清算。
その為に私に何が出来るかを考える。
(マーベラ夫人が家庭教師になる前にこの家に来たかったわ)
元凶の老いた家庭教師が今どうなっているのかわからない。
家で大人しくして二度と私たちの前に現れなければ良いと思っている。
ただこうやって彼女が子供たちに与えた教育が子供たち自身に牙を剥く度に引っぱたいてやりたくはなる。
でもそれは出来ない。
私はレオと同じ目線になる。
そして彼の両肩を掴んだ。
「貴方は悪くないわ、全部マーベラ夫人が悪いのよ」
「お前……」
「……って言われて、貴方は納得できる?」
私がそう言った瞬間レオの目が大きく見開かれた。
そう、結局当事者たちが納得出来るかなのだ。
「ロン君を奴隷扱いしたのは家庭教師の命令だから、自分は先生の言いなりになっただけ」
「お、俺は……」
「レオ君がその答えで良いなら私からロン君にそう伝えるわ」
私は彼に選択肢を提示する。
全部マーベラ夫人が悪くてレオもロンと同じ言いなりの奴隷でしか無かったという答え。
そしてマーベラ夫人だけが悪い訳では無いという答えだ。
「私はね、彼女が……いえ大人が全部悪い事にしても良いと思うわ。だって貴方は幼い子供だもの」
「子ども扱いするな!」
「本当に子供扱いしなくていいの? 自分の行動と言動に責任を持たなければいけなくなるのに」
「それは……」
レオは苦悩する。彼はどこかで自分は悪くないと思っている。そしてそれは真実でもある。
マーベラ夫人が居なければ、彼女の教育をちゃんと監視する大人が居ればこんな事にならなかった。
けれど。
「俺は……俺は、ロンに謝って、二度と奴隷扱いしないと、誓う」
迷いを表情と言葉に浮かべながらそれでもレオは一つの決断を下した。
私は思わず笑みを浮かべる。
「流石お兄ちゃんね」
「だから、子ども扱いするな!」
顔を真っ赤にして怒るレオを前に私は二度目の安堵をした。
これならレオの精神は大丈夫だ。魔王になる可能性は又低くなった。
でも決断をした彼に言わなければいけない事がある。
「じゃあ私がロン君と話す機会を作ってあげるわ。ただこれだけは覚えていて頂戴」
「何だ?」
「ロン君は貴方を許さなくてもいいって事よ」
「え……」
「謝るという行為は罪を認める事であって、許してもらう事と同じでは無いわ」
「それは……知ってる」
レオは表情を暗くした。ケビンに怒られた時の事を思い出しているのだろう。
「謝って貰った瞬間許せる事もあれば、そうでない事もある。全ては相手次第よ……だけど」
「だけど?」
「レオ君がもうロン君を奴隷扱いしないと伝えるのは必要な事だと思うわ」
私は彼の手を握る。まだ私よりも小さい手だ。
でも数年もすれば私の物より大きくなるのだろう。前世の息子たちのように。
「もしかしたら、ロン君はこれからレオ君に厳しい言葉をぶつけるかもしれない」
「……俺が奴隷扱いしたからか」
「それもあるけれど、レオ君に安心したからよ。 自分が貴方を怒らせても酷い目に遭う事は無いと今の彼は思っている筈」
「つまり、前までの俺は……いや、何でもない」
レオは悲しそうな顔をしたが最後まで言う事は無かった。
自分の態度が原因だと思っているからだろう。
「俺だって酷い事をあいつに言ったんだから、今度はロンが言う順番になっただけだな」
強がるように笑うレオの目は寂しそうだった。
貴方は悪くないと抱きしめたくなるが我慢をする。
「そうね、でもレオ君が一人で耐え続ける必要は無いわ。それにロン君だって言いたい放題になったらおかしくなってしまう」
「前の俺みたいに、か」
苦く笑う彼の頭を撫でる。
「大丈夫よ、今度こそ……カーヴェルや侍女たち、公爵家の大人たちが貴方たちの心を守るから」
「はい、坊ちゃま。この命に代えても私たちがお守り致します」
「シンシア・・・・・・」
私が守るとは言えなかったのは、ケビンとの婚姻が長く続かないと思っているからだ。
使用人たちに責任を押し付ける罪悪感を抱えながら、それでも私はこの屋敷に居る内は彼らの親であろうと思った。
たとえ二人がそう思わなくても。
(いえ、その方が良いわね)
私は落ち着いた様子のレオを侍女に託しカーヴェルとロンの元に向かった。




