ケルビム帝国
ケルビム帝国。セラフィム王国とは山脈を挟んだ隣国である。大陸最大の領土を誇るセラフィム王国とは昔から小競り合いが絶えず、一時は大陸の覇権を争うほどの勢力があった。
先の戦争で王国に大敗し領土の多くを失ったが、近年再び勢力を拡大してきている。
帝都ケルビム。その中央にある帝城に今日、とある物品が持ち込まれていた。
「これがセラフィム王国に新しく生まれたとされるダンジョンで取れた物品でございます。皇帝陛下」
玉座に座る男。見たところ歳はまだ若く、30代くらいだろうか。茶色の髪を短く整え、見るもの全てを魅了するような甘いルックスだ。ただ、その目つきは鋭く意思の強さを感じさせる。
皇帝ジル・グリゴール。王国に大敗を喫した前皇帝を処刑し、帝国を瞬く間に再興した傑物。その政治手腕と目的のためなら手段を選ばない残虐さから彼は『鮮血帝』の異名で呼ばれている。
そんな彼の前には今、王国に最近新しく発生したというダンジョンから持ち出された数々の物品が並べられていた。
「ふむ……」
皇帝はそれらを順々に眺めていく。煌びやかな宝石やアクセサリー、豪華な装飾が施された刀剣類、この世のものとは思えないほど複雑な意匠の装飾品類。そして、人を模ったと思われる精巧な人形を見て……ピクリと眉を動かす。
「ダニエルよ」
「はっ」
「王国にダンジョンが生まれたのはいつだ?」
皇帝の質問に、男――この帝国の宰相、ダニエル・クリフが静かに答える。
「4ヶ月前でございます」
「確かか?」
「王国にいる者たちからの情報で裏付けは取れております」
「左様であるか」
短い言葉でのやり取りではあるが、その言葉に含まれた意味をお互いが正確に理解する。
「生まれて4ヶ月のダンジョンがこのような物品を次から次へと生み出す。か。魔王復活の可能性はどのくらいあると思う?」
「恐れながら申し上げます。その可能性はかなり高いかと」
「ほう。根拠は?」
「王国はあのダンジョンとの友和を正式に宣言しています。これは生まれたてのダンジョンへの対応としては異質すぎる。そして、これは表に出していない情報ですが、王国に潜ませた暗部からの情報によると、かの王国騎士団元帥がダンジョン踏破に乗り出し……失敗したと」
今までピクリとも動かなかった皇帝の顔に一瞬、驚きの表情が浮かぶ。王国騎士団元帥ガルフ・ルドルフ。先の戦で圧倒的兵力を誇った帝国が王国に負ける一因にもなった人物。その圧倒的な強さは当時幼い少年だった皇帝、ジルの耳にも届いていた。
「あれが負けたと。貴様はそう結論づけたのか?」
「少なくとも、制圧しきれなかったことは確かでしょう」
「ふむ……」
生まれたてのダンジョンマスターなど、普通は宝を吐き出す奴隷でしかない。すぐさまひっとらえて一生牢獄に繋いでおくのが定石だ。
ましてや友和を結ぶなど。この世界では聞いたこともない話であった。
「行ってみるのも面白いかもしれんな」
「は?」
予想だにしなかった皇帝の言葉にダニエルは思わず声を上げる。
「この俺が、直々に向かうとするか」




