依頼からはじまる 02
着ている衣服を念入りに確認された後、ラトスは長い時間待たせれた。
依頼の交渉を行う場所へはすぐに向かえるかと思っていたが、なにかが手間取っているらしい。ようやく駆けつけた案内人のぬぐいきれない汗を見るかぎり、ずさんな扱いをされているわけではないようだが。
「お待たせしました」
「ずいぶん時間がかかるのだな」
「申し訳ありません」
案内人が額の汗をぬぐいつつ、ラトスに向かって一礼する。時間がかかった理由を答えることは出来ないのか、にらみつけてみても、案内人の頭がさらに深く下がるだけだった。
案内人に連れられ、城の前庭を歩いていく。
真っ直ぐエイスガラフ城に入るかと思いきや、案内人の向く先は違っていた。巨城を横目に、離れの屋敷へ進んでいく。とはいえ、その屋敷もまた豪壮なものであった。城下街にあるどの建屋よりも厳めしく、華もある。
「少々お待ちください」
扉の前まで来ると、案内人が銀細工のノッカーで四度小さくたたいた。
しばらくして扉が開く。出てきたのは白髪の老執事であった。ラトスは一礼し、短く挨拶する。
「こちらへどうぞ」
老執事の静かな声に、ラトスは肩を強張らせた。
まねくような仕草をしてラトスの進む先を誘導する、老執事の姿。外見に反し、内面に力強さを感じる。城仕えの執事はこういうものなのかと、ラトスはわずかに片眉を上げた。
「どうかなさいましたかな」
「……いや、なんでもない。先にこれを」
ラトスは肩の力を抜き、持ってきた証書と紹介状を手わたした。受け取った老執事が、静かに頭を下げる。そうして奥の部屋のひとつを手のひらで指した。ラトスはうなずき、老執事に促されるまま屋敷へ足を踏み入れた。
通された部屋は、応接室のようであった。室内の中央に、膝ほどの高さの小さなテーブルがひとつある。それを取り囲むように、椅子が整然とならんでいた。奥には暖炉があるが、火は入っていなかった。
「ラングシーブの方がいらっしゃったのは、初めてです」
老執事の目が、証書と紹介状にそそがれる。次いで、こちらで少しお待ちくださいとラトスを手招き、椅子へ座るよう促した。
「これだけの経歴で、今まで名乗りを上げてくださらなかったのは、実に残念です」
「俺たちは嫌われているからな」
「確かに。お互い様と言えますが」
老執事の口元がゆるむ。応じて、ラトスも口の端を持ちあげてみせた。
エイスにおいて、ラングシーブと貴族の関係は冷え切っている。
貴族はラングシーブを盗賊同様と揶揄し、ラングシーブは貴族を世間知らずの愚者と罵るほどだ。
盗賊と嫌われるのには理由がある。多くのラングシーブが依頼されたもの以外を仕事中に獲得した時、こっそりと懐に入れてしまうためだ。依頼主からすれば、副収入を横取りされた気持ちになるだろう。
しかしラングシーブ側にも事情があった。貴族が発行する依頼は難度の高いものばかりであるのに、報酬が少ないためである。
世間知らずの貴族は、危険な地域での情報収集、情報不足の遺跡や洞窟を先行調査することが命にかかわるということを知らない。どれほど交渉しても、旅賃程度しか支払わない貴族もいる。ラングシーブを協力者ではなく、使用人と同等に見ているからだ。
「言うじゃないか」
「これは。失礼しました」
口元だけ笑う老執事が、頭を下げる。
冗談を交わし、「お互い様」という言葉を選んだ老執事に、ラトスは片眉を上げた。どうやらこの老執事は、今回の依頼では「対等」に交渉が行われるはずと、暗に伝えたいらしい。主人の意向を汲み、主人の仕事が素早く済むよう下準備をする老獪さ。どことなく奇妙を感じ、ラトスは心の内で首をかしげた。
しばらくして、部屋の外から誰かの声が聞こえた。
声の主はバタバタと音を立てて近付いてくる。ついには部屋の前まで来て、乱暴に扉を開けた。




