空からはじまる 03
残されたラトスは、傍にいたセウラザに目を向ける。これまでの行動を思えばメリーよりも先に黒い柱へ向かっていそうだが、今はなぜか、じっとラトスの傍に留まっていた。
「どうかしたか?」
ラトスは声をかけてみたが、しばらくセウラザが反応を示すことはなかった。岩を駆け上がっていくメリーの背を、じっと見ている。その目はどこか、にらんでいるようにも感じられた。
「もしかして、ペルゥを見ているのか?」
「……ペルゥと、名乗ったのか。あれが」
「そうだ。もしかして知り合いか?」
「いや、そうではない」
そう答えたセウラザの顔に、いつもの無表情はなかった。とはいえ、怒っているのか、苦しんでいるのかも分からない。どちらにしても、ペルゥを好ましい対象として見ていないことは明らかであった。
「あいつが俺たちの案内をしてくれるらしい」
「そうか」
「気に食わないのか?」
「いや、そうではない」
同じ答えを繰り返し、セウラザの視線がペルゥから外れた。表情も、いつも通りの無表情へと戻っている。
なにを考えていたのかと、セウラザに尋ねたい気持ちをラトスはぐっと堪えた。この男なら、必要と判断すればラトスに必ず伝えようとするだろう。今黙して語らないのは、語るべき時ではないと信じているからに違いない。少なくとも自分の分身なのであればそうだと、ラトスは考えた。
「なら、俺たちも行こう」
「そうしよう」
セウラザが静かにうなずく。
岩の山を登りはじめると、先に進んでいたメリーの姿が映った。ラトスに向かって振り返り、早く行こうと催促している。どうやらメリーの肩の上に居座るペルゥの存在が功を奏して、良い気晴らしとなったらしい。先ほどまでの怯えをしっかりと潜ませ、溌溂な姿を見せていた。
「すごい景色ですね」
黒い柱の前まで登りきったラトスに、メリーの細い手が差し伸べられた。
「さっきも、そう言っていたな」
「そうでしたか? 夢でも見ていたのでは」
「ああ。たしかにいちいち面倒な夢だ」
差し伸べられたメリーの手を掴んでから、ラトスは辺りを見渡した。
柱がある場所は、空に浮かぶ岩山の最も高い位置にあった。ラトスの夢の世界を内包している岩山を、ぐるりと全方位見下ろせる。この中にあのエイスの街が入っているのかと、ラトスは心の内で首をかしげ、息をこぼした。現実的に測れない世界に、どうも慣れきれない。この先もまた、そうだろう。
「ラトス」
セウラザの声を受け、ラトスは翻った。
眼前の黒い柱。すでに三人で囲う形となっていて、いつでも転送できる構えを取っている。
黒い柱の形は、白い柱とほぼ同じであった。幅も高さも、対して変わらない。表面をよく見てみると、黒の中に、赤と青の光が煌めていた。その光は時折柱の表面を駆け巡り、消えたり弾けたりを繰り返している。触れようとして手を近付けると、駆け巡る光がさらに激しく動いた。
ラトスが黒い柱をじっと見ていると、顔のすぐ傍をセウラザの腕が通り抜けた。
「心の準備は?」
言いながら、セウラザが柱に手を付ける。すると黒い霧のようなものがセウラザの身体を包みはじめた。
「そういう言葉は、触れる前に言うものだと思うがな」
黒い霧の中へ消えていくセウラザを見送り、ラトスもまた黒い柱へ腕を伸ばす。遅れてメリーの細い腕もラトスの傍に寄り、伸びてきた。
「あの……ラトスさん」
「なんだ?」
「……同時に触りませんか?」
「構わないが」
メリーにうなずくと、彼女の顔が明るくなる。肩の上に乗っていたペルゥも茶化すような笑顔になった。ラトスはペルゥの額を指で弾いたあと、黒い柱にゆっくりと指先を付けた。
振動が、指先から駆け上がってくる。
同時に、隣にいたメリーが言葉にならない声を絞りあげた。
「我慢しろ」
「だって、黒いし、怖いし! それに……こ……」
喚いていたメリーの声が途切れる。いつの間にか周囲は黒く染まっていて、身体の感覚を奪いはじめていた。光の代わりに暗闇へ落ちること以外、他の転送と変わりないらしい。
しかし、苦手な感覚だ。
意識だけになりながらそう思い、ラトスは意識の中で目をつぶるのだった。
扉の章は、これで終わりになります。
次章は、「悪夢の回廊」となります。バトルシーンが多くなりますが、お付き合いください。
本作を「面白かった」「気に入った」「続きが気になる」と思ってくださった方は、
下にある「☆☆☆☆☆」に評価を入れたり、
ブックマーク登録していただけたら嬉しいです。
励みになりますので、どうかよろしくお願いいたします。




