重い未来からはじまる 03
「外か。貴族なら旅行ぐらいできるだろう」
「そうじゃないんです」
メリーの目が、ラトスへ向いた。その目に、困惑と虚しさが宿っている。
何か思うところがあるのだ。メリーの目には、明らかな失意の色がある。心の奥底に影を落とし、喘いでいる。
「私は、そそっかしいでしょう?」
「そうだな」
「失敗も、たくさんしました」
「そうだろうな」
ラトスが即答すると、メリーが苦笑いした。
「私の一番の失敗って、何だと思います?」
苦笑いしたまま、メリーがぽつりとこぼした。
「さあな」と、ラトスは首を横に振る。他人の失敗など分かるつもりもないし、知りたいとも思わない。特にこれからは、失敗から学んで今後に役立てる人生もない。
「私は……フィノアと、私の家族を危険な目にあわせてしまったことがあります」
「王女をか」
「そうです」
そう言ったメリーが、淡々と語りだす。
メリーは幼いころ、度の過ぎた遊びにより火事を引き起こしたのだという。瞬く間に燃え広がった火は、メリーの屋敷を全焼させた。その結果フィノアを含めて、メリーの家族と多くの使用人が危険にさらされた。幸い死者は出なかったらしいが、それはただ運が良かっただけと言えるだろう。そして幼いころにそれほどのことがあれば、トラウマとなってもおかしくはない。
「だが王女との様子を見るかぎり、大したお咎めは受けてないのだろう?」
「……そうです。むしろ私は無罪放免となりました。無事だったフィノアと、陛下の計らいがあったからです」
「そいつは傷を抉る計らいだな」
どうせならいくらかの罰を受けたほうが楽というものだ。
罪悪感を覚えていた子供に、無罪放免の扱いは酷かもしれない。
「なるほどな」
ラトスは、メリーと旅してきた短い期間のことを思い返した。
メリーには、妙に失敗を恐れる様子が多々見られていた。失敗を恐れるあまり、些細なことにつまづく傾向もあった。何か理由があるのだろうとは思っていたが、なるほどとラトスは腑に落ちる。
「つまり、逃げたいのか。外の世界に」
「最初は、そうでした。フィノアと森へ出かけた時、私は心のどこかで逃げることを望んでいたかもしれません。もしかしたら……今も」
「今はそうでもないと思うがな」
「変わりたいと、思っています。この旅で、私は足掻きたくなったのだと」
「そいつは、お強いことだ」
「強くなろうと、思わされたんですよ」
意を決したように、メリーが言った。
ラトスは首を傾げると、メリーが苦笑いする。しかしメリーの目に、これまでの暗さはなかった。この夢の世界でなにかを得て、この先を見据えられるようになったのだろう。
この先。未来への言葉。
ラトスにとって重いものに聞こえた。かすかな息苦しさを覚え、目を閉じる。
未来など、ラトスには無かった。現の世界へ戻ったら、復讐を果たし、死ぬ。それだけなのだ。そう考えているラトスが、メリーの言葉を汲み取ろうとするのは烏滸がましい。
「すまないな」
「どうして、謝るのです?」
「やはり、忘れていた」
「ですよねー。ひどいなあ!」
メリーが頬をふくらませる。拳を作り、ラトスの肩を軽く叩いた。
肩に触れたメリーの拳は、痛かった。貪食の夢魔に受けた傷よりも、重く感じた。




