重い未来からはじまる 01
「ラトスさん!?」
メリーの声が聞こえた。
目は開かなかったが、今まで傍にいた女性はメリーだったのだとようやく分かる。
「……揺らすな。痛い」
「ご、ごめんなさい」
メリーが慌ててラトスの肩から手を離した。
メリーの傍に、他の誰かもいるようであった。しかしそれらの声はぼやけていて、はっきりと聞き取れなかった。「全員集まっているのか?」とラトスは問う。すると返事をするように、甲高い声がひびいた。その声はどうも、ラトスを叱りつけているようであった。
「……? 動かない」
叱りつける声に向こうとして、ラトスは身体がまったく動かないことに気付く。
「動けませんよ」
甲高い声が強い口調で返事をした。
どうやら甲高い声の主はフィノアのようであった。意識がはっきりしないためか、いつもとは違う声に聞こえるらしい。
「どういうことだ?」
「黙って、安静にしていてくださいということです」
「大げさだな」
「……本当にそう思うのですか」
フィノアの声がやや湿っぽくなった。冗談なく、心配しているようだ。
しばらくして視力を取り戻すと、フィノアが湿っぽく返事した理由がはっきりと分かった。
ラトスの全身は、蔓や枝で縛られていた。強い痛みを感じるところは隙間なく蔓が巻き付いている。それは貪食の夢魔と戦っている最中、フィノアがセウラザの折れた足にほどこしたものと同じであった。とすれば、ラトスの全身は目も当てられないほどボロボロだということだ。
フィノアとメリーの顔が、歪んでいる。
ラトスが思っている以上に、危険な状態なのかもしれない。
フィノアの魔法がなければ、きっと死んでいたのだろう。
「悪かったな、王女さん」
「分かればいいです」
湿っぽいフィノアの声が、ほんの少し軽くなる。
フィノアの手には大樹の杖があった。杖には弱々しい光が灯っていて、残り少ない体力を使ってなんとかラトスを支えているといった様子であった。フィノアの後ろにはセウラザが膝を突いて控えていた。フィノアの背を支え、いつ倒れてもいいようにと構えている。
「セウラザ。お前も無事だったか」
そう言うと、セウラザが静かに頷いた。
「ラトス、君も無事で何よりだ」
「まったくだ」
「……お二人とも、この状態を無事という人はいないと思いますよ」
「そうだろうか」
「そうです」
メリーが呆れたように言った。
メリーの目元は、赤く腫れあがっていた。自身の身代わりになった人間が瀕死になれば、気も病むだろう。ラトスはメリーに、「悪かったな」と声をかけた。するとメリーが困り顔を見せ、拙い笑顔を返した。
「……とにかく、私はこれで休みます」
ラトスの身体を蔓で縛りあげたフィノアが、ふらつきながら言った。疲労困憊の中、身を叩いてラトスの治療を行ったのだ。ラトスはフィノアに礼を言う。それを聞いてすぐ、フィノアの身体がぱたりと倒れた。緊張の糸が切れたのだろう。セウラザが咄嗟にフィノアの上体を支える。
「全員、満身創痍だな」
倒れてすぐに意識を失ったフィノアを見て、ラトスは苦笑いをした。
外見はほぼ無傷のメリーも、力を使い果たしているようであった。気丈に振舞ってはいるが、顔色が良いとは言えない。余裕があるのは戦闘に参加していないペルゥだけだろう。
「ペルゥは、どこに行ったんだ」
「辺りを見てくれています」
「少しは役に立つな」
「いつも頑張ってくれてますよ」
ラトスの言葉にメリーが眉をひそめた。
メリーとフィノアからすればそうなのだろう。そう言おうとしたが、やめた。
「そうか」
「そうです」
ラトスは苦笑いする。メリーが小さく笑って頷いた。
メリーの笑顔を見て、ラトスは目を閉じた。「寝ますか」とメリーが尋ねてくる。ラトスは「いいや」と短く返事した。今眠ると持っていかれると言った、ペルゥの言葉を思い出す。
奪い持っていこうとする者は、黒い靄のことだろう。
あれはきっと、夢魔なのだ。
なぜかは分からないが、自分の身体に夢魔が取り付いているとラトスは確信した。王女の夢の世界でフィノアに巻き付いていた夢魔と同じだ。とすれば、いつかこの身も夢魔に支配されてしまうのだろうか。




