沼からはじまる 02
「よし。いくつか試してみよう」
「試す?」
「そうだ。まず、この光がない場所で、あの合言葉を言ってみよう」
ラトスは王女が消えたという場所を指差す。
少しの間を置いて、肩をすくめたメリーが小さくうなずいた。
「俺は周囲を警戒しておく。メリーさんは王女と同じようにして、合言葉を言うんだ」
「私だけ、ですか?」
不安そうな表情を浮かべたメリーが、ラトスの顔をのぞき込む。
ラトスはメリーから視線をはずし、沼と、広場を囲む森に目を向けた。今のところ、人の気配らしきものはない。
「どんな手品で王女様が消えたのかわからない。誘拐の可能性もある以上、出来るだけ警戒しないとな」
「……わかりました」
「じゃあ、頼む」
背を向けたラトスの言葉を受け、メリーがしゃがみ込んだ。四つ這いになり、真っ黒の土へ顔を近付ける。ラトスはメリーの様子を確認してから、森の中をにらみつけた。同時に、そっと腰の短剣に手をかける。
未だ、人の気配を感じない。
万が一誘拐犯が息をひそめていたとしても、人数が多いことはないだろう。数人程度ならば、ラトス一人でも制圧できる自信があった。
「……≪パル・ファクト≫!」
ラトスの背に、メリーの大きな声が届く。どこの国の言葉なのかも分からない、変な合言葉だとラトスは思った。占い師の男が「古語」だと言っていたが、本当にそうなのだろうか。ひびき渡った声に首をかしげながら、ラトスはメリーに視線を戻した。
特に何かが起こる気配はない。
静けさを取りもどした沼のほとりに、奇妙な言葉を叫んだ少女が恥ずかしそうに立っているだけだ。
「……何も、起こらないですね」
「そのようだな」
「ちょっと……恥ずかしいのですが」
「そうだろうな」
首をかしげるメリーの肩に、ラトスはとんと手を乗せる。
「何も起こらない気はしていた」
「……え!?」
メリーの目と口が、ラトスに向かって大きく開く。次いで頬を紅潮させ、「じゃあ、どうしてやらせたんですか」と喚きだした。思いのほか、恥ずかしかったらしい。しかしラトスはメリーと取り合わず、彼女の足元と周囲の状況に目を向けた。
≪公開できる情報≫
≪フィノア=エル=エイスザード≫
十六歳。エイスの第一王女。
王族特有の白い髪で、長髪。
一か月前から行方不明となっているが、その事実は公開されていない。




