エピローグ「カノンと奏音の取り巻く世界 前編」
今日は二回投稿です!
二回目の投稿は二十二時になります!
一週間も経過すると、かなり視界が安定の兆しを見せ始める。
今の状態は、差し詰め視力が弱い人間程度のもので、近場であればその物体をしっかりと捉えられるようになっていた。重度な遠視のようなものだ。
視力を対象にした呪詛のようなものなので、視力に絞った身体強化も意味を為さず少し生活に苦労したが、今やその問題は過ぎ去ったと思っていいだろう。
改まって、エンヌ先生の学院内における自室だ。
視力がある程度回復したので、今日からは今まで通り“個別授業”を再開する。
来るべき八聖王計画が開幕するその日に向けて、私は私に合った〈術式〉を磨く。もっと具体的に言えば、想像力を今以上に高める。
想像力の有無で強度が段違いな力故、乏しいそれを鍛えることが私の急務である。
エンヌ先生の部屋にたどり着くや否や、彼女は冷凍処理されている切断された手首を取り出した。この処分をどうするかを問いたいようだ。私は迷わずに、それをその密閉空間の中で焼却することにした。指輪が、彼の体を蝕むような呪いの根を生育させていたのを見るに、どれほどの怪力でも無理やり彼の体の一部から引きはがすことはできなさそうだ。それに下手に引き剥がそうとしても、きっと微少量の肉片が付随してくる。そうなると、それを起点に身体の再生が始まりかねない。
面倒が起きないように、私の〈術式〉に堕ちたセルヴィアの切断した箇所以外の胴体は焼却した。が、手首から蘇生されるのも困りものだから、一度も再生の余地を与えずに精一杯燃やしきる。細胞を一つ残さず焼却しきれたのならば、独自の回復機構を止められるかもしれない。
入念に、一時間以上もの時をかけて、焼き切った。
耐熱仕様の瓶でさえもその熱量には打ち負け、その外郭を融解させ始める程に入念に、だ。
それでは外部に炎が逃げる可能性があったため、エンヌには同時に耐熱瓶を囲む疑似的な透明“立方体”を創造させた。
それにより、炎が外部に逃げることのない環境を作り出した。
一時間にわたる焼却を終了させて、更に一時間、指輪が封じれれている箱を崩さずに維持した。回復の余地を一切に与えていなかったが、それでもなお底意地が悪く食らいつくかとも思えたが――杞憂に終わった。
そして、エンヌと呼吸を合わせて箱を崩す。
指輪自信が狡猾に、活動停止を偽装した可能性も考慮しなければならない。そのために再度同様の、いいや、それ以上の〈術式〉が打ち込めるように魔導書を展開――配置させていたが、流石に一時間にも上る数千度――それ以上の業火に晒されて指輪周りの人体を組成する細胞は消失しきったか、何も反応を起こさない指輪のみがその場に残された。
それを躊躇い一つなく、二本の指でつかみ取った。
すると、なんと形容すべきか――微小な力が外向きに作用する。
摘まむ指頭が指輪の金属部に吸着するような感覚だろうか。ふむ、奇怪なものだ。
「エンヌ先生、これは?」
「先の行使者は、自分では取り外せないと話していたのよね?」
「ええ」
彼の意を介す間もなく、支配権を指輪そのものが掌握していた。
「面白い、指輪が意思を持つだなんて」
そして必死に私を支配すべく、虎視眈々とその猛威を私に振るっているときた。その意気やよし。
「まずは解析をする必要がある」
「解析の〈術式〉を教えろというのね……」
ふむ、わかっているじゃない。
「貴女が普段なんとなしにしている魔力の励起を視る眼をより局所的に振るうのよ」
「局所的に――魔力を絞る、かしらね」
「感覚としてはそれでいいわ、感覚としてだけど」
含みのある言い方ね。ま、どうせ演算などなんだのを言い出すのだろう。
視力を一点、指輪の概形に集中させる。すると、光輝がより一層指輪にのみに集う。すると摩訶不思議だ、メッセージウィンドウが生じる。いや、その表現はどうかとも思うが……実際にそうだ。ロールプレイングゲームよろしくの半透明且つ青色の枠が空間上に生成され、そこに私が勝手知った言語が羅列される。思えば、エーデルワイスを奴隷解放した際にもそうだったような……これも想像力の産物というやつか?
たぶん、そこまで流行に乗った記憶はないが……私の中でロールプレイングゲームの記憶が強いんでしょうね。機械屋ならば恐らく特殊な言語で表所されるのではないか? とか思ってみたりもする。
兎も角、羅列する情報、厳密にいうと用語に触れるとそこから一条の光が伸び、またその用語と結びつく窓が生成される。仮想現実を取り扱った機器類を操作している感覚と要領は似ている。
「そうすれば〈解析〉の術式が発動するわ、すぐには難しいだろうけれど――」
「もうとうに発動しているわ、そして……機構についてはだいたい理解した」
集中の線を、指輪の全体から四色の宝玉にのみに移す。すると、これまた驚異的なことに、数多もの光芒が線を為し、それが雁字搦めに結びつくように多重からなる層を形成していた。
「糸が見える。それも簡単な解れではないわ、厳重に四つの宝玉同士が干渉しあうようにね」
「おそらくそれは宝玉自身の制御機能よ、結びつきが強固であればあるほど、その力も強くなる反面で使用者を蝕む比率も向上する」
成程、特に多重の絡みつきが集中しているのは予想の通り黄色の宝玉だった。
呪詛の根源は黄色の宝玉だろう、それを取り除けば、幾分か浸蝕の速度も変わるだろう。
私は試しに、無数に伸びるか細い線の一本を優しく摘まむと、確かに触感が得られた。そこから静かに引くと、結合が解除され、自由となった線を私の手で移動させることができる。
それを違う個所に運ぶと、なんと再結合できるではないか。
(ふむ、干渉も可能のようね)
それを一先ず元の位置に戻す。
「エンヌ先生、他にこの指輪と可換性がある宝玉は存在するの?」
「あるにはあるけれど、強力な効果のある宝玉であればある程、換装するのに時間を要するわ」
「そう難しいものではないはずよ、ただ任意の物を出し入れできればそれでいいのだから」
私の真意を汲み取ってはくれていないようだが、宝玉そのものはすぐに用意してくれた。
それは白の宝玉で、非常に丁寧に研磨されており、見事に光が反射することなく吸収される。
「これと黄色の宝玉を換装するわ」
黄色が呪詛の根源であるのだから、それを廃するのは至極当然のことだ。それに、私は呪縛を枷に無限の回復力を得るなんてことはしない。
あのような力に頼るということは、即ち生存するための方法を一つ放棄することに他ならない。放棄すれば、自ずとそこが自分の弱点となり、生命を脅かすきっかけになりうる。
それこそ、“半無限的な再生能力”に対する万全な対策が絶対に誕生しないという保証はどこにもないのだから、そういった付け入る隙を与えるべきではない。なればこそ、最初から逃げ道なんて捨てるべきだ。
「でもどうやって――」
「やり方は既に検索済みよ」
解析の賜物だ。
理屈で言うと、移植手術とそう大差ない。いわば、光芒による線は宝玉という臓器を繋ぐ血管のようなものだ。数多もの過程を経て、その導線から魔力が供給され、相互に作用しあっている。だからこそ、無策にそのつながりを遮断しようものなら、宝玉同士が反発しあいかねない。
そのため、現状維持を徹底する。白の宝玉に変われば、黄色がもたらしていた不必要な呪詛は消えて……制御を維持できると私は結論付けた。
言葉では簡単に説明しているが、そう造作のない話ではない。
宝玉によって貯蔵する魔力の量は確実に異なるから、そうある以上、少しずつ溝を埋めるように手作業によって微調整するほかない。此処からは、誰かに任すことのできない自分との戦いのようなものだ。
「エンヌ先生、この部屋に誰もいれないようにしてもらえるかしら」
「ここは私の――聞く耳持たずね」
既に、私は作業を開始している。集中力は幾らの私でも長時間持続させるのは至難の業だ、体力が残存している隙に勧められるだけの工程を進めてしまおう。
なに、私はこういう細々とした作業は嫌いではない。




