第21話「スキャンダル!?」
「えっと、これは……きっとどこかの家紋ね、エーデルワイス、これはどう思う?」
凍結した部屋を抜けると、そこは宝の山だった。
宝物庫が他のどの部屋よりも広いというのは、今は凍結しきったオルセンの汚らしい自尊心が強く反映されているように思えて、物凄く滑稽な話に思えた。
だが、その部屋は確かに飾りではなく、ところせましと金銀財宝が敷き詰められているではないか!
これは幾ら私と言えど、高揚を隠せない。
小銭程度回収できれば儲けものと考えていたが、これはかなり返却用で振り分けても釣りが出るくらいではないか?
「あ、この紋章の屋敷は数年前にお家取り潰しになっちゃってますね」
「なら問題ないわね」
金の延べ棒のようなものを外套にしまい込む。
「あっ、カノンさん、こっちに金貨がいっぱいに入った袋がありますよ!」
「えっ」
思わず彼女のいる場所へ急いだ。
「ぱんぱかぱーん、です!」
「これはすごい……」
エーデルワイスが演出気味に勢いよく袋の紐の結びを解くと、そこにぱんぱんに詰められた金貨が地面に零れ落ちる程に飛び出したではないか。
(これは……少しは寄付したほうがいいかしらね、寄付というシステムが存在しているかは知らないけれど)
ある程度は貯金をして、少しは還元したほうがいいかもしれない。
「ところでエーデルワイス、先に伝えておいた袋はちゃんと用意したかしら」
「はいっ、こんなくらいでいいですか?」
袋のサイズは十分だった。ふくらみのない状態で十五センチ程の直径があり、袋としては十分な機能だろう。
「これでいいわ、はい」
彼女が見つけた袋の中身を等分に分けて、彼女に手渡した。エーデルワイスは状況が呑み込めずに、きょとんとした顔を浮かべている。それもそうか。
「そしてっと……」
私は、以前カフェでの時と同じ要領で、メッセージウィンドウに酷似した奴隷への命令付与頁を開く。そこを下に流すようにスライドし、最も下層の項目を選択する。
それは、奴隷解放に関する情報だ。
それを迷わずに選択すると、もう一つ、元の画面よりも上に割り込む形で同様だが少し小振りな画面が現れた。そこにはご丁寧に本当に実行していいのか、などと確認してくる画面ではないか。
(変なところにユーザーフレンドリーね……)
誤爆した際に再度契約が筒なく実行できるとは必ずしも限らないというわけか。
反抗的な種族を無理に奴隷化した場合など、この設計は効力を為すわけだ。だが、エーデルワイスは別に今この場で解除したとて私に対して下手な攻撃を仕掛けてくるなんていう愚行は犯さないだろう。確固たる目的があるし、それがあるからこそ私は一時的な協力関係を取り付けた。
だから私はその確認画面を押した。もう一度同じ画面が出てきた際は流石に嫌気がさしたが、ゲームのデータを消すのとはわけが違うと無理やりに解釈してやった。それを終了させると、私の腕に刻まれた紋章はさっぱりと消え去り、同時にエーデルワイスの内部から魔力が一瞬の間隆起して、彼女の髪や衣服の布がふわりと浮く現象が観測できた。
「えっ、えっ、カノンさん!?」
「はい、これで貴女は自由の身よ。袋には金貨が百枚はあるだろうから、これから八聖王が誕生するまでの数年の間を豪遊しても尽きることはないでしょうね」
最低の価値である銅貨が一定量あれば宿で暮らすにも苦労しないくらいなのだ、金貨があるのなら、態々奴隷なんて続けることに意味がない。
「ええええ!? でもこれ、カノンさんが頑張って見つけたやつじゃあ……」
「そうだけど流石に多すぎるわ。それに、貴女が奴隷のままだと何かと厄介ごとが増えそうだから。迷惑だったかしら?」
「い、いえ……そんなことは……」
「貴女の野望とやらにも協力してあげる、だから、私の目的にもできる限りの協力をしなさい」
「ええええ!?」
かなり高圧的な物言いである自覚はあるが、今の場面ではそれが最適だろう。
実際、エーデルワイスも満更ではないようだ。何故か顔を赤らめているのが理解できないが。
「待ちなさい」
会話を遮られたことに少しの憤りを感じたが……すぐにそれは帳消しする。
ここにきて、蚊帳の外だった存在を思い出したからだ。こうなった以上は決して誤魔化しきれない。きっと彼女のことだ、私をマークしたうえでここに訪れた。おもいきり魔導書も見られただろうし、オルセンとのやり取りもきっと。
失念だった、これからは周囲の監視にも目を配っておかなければ。
「何か御用ですか? エンヌ先生」
「白々しい真似はやめてもらえるかしら、時間の無駄だから」
えらく強気ね……。
「ごめんなさい、校則を破って勝手に外に」
「そんなことどうでもいいわ」
わお、これが教員の言葉か。
「閉鎖系全体の環境を改竄しうる大規模な〈術式〉、粗削りだけど絶壁にも肉薄する防護の力、それに度し難く肉体強化にも等しい代謝調節――加えて奴隷所有権の第三者剥奪及び規模を維持したまま体躯に移植……どう甘く見積もっても貴女一人が成せる技術ではないわ」
睥睨する瞳がより一層機敏に揺れ動く。
「いいえ、今の羅列は単なる主張を後押しする程度……貴女の異常さを証明するには簡単な要素が此処に間違いなく存在しているわ」
演算速度の平均値からの乖離を槍玉にあげるつもりかしら?
なんとも学者先生が考え付きそうなことだ。が、実際に理路整然としているのは抗いがたい事実だろう。驚嘆すべき審美眼だ。流石実力のみを武器に亜人への差別が日常化した世界で成り上がっただけはある。
「そこまで丁寧に明文化、言語化できているのなら最早問い質すことの意味は感じられません」
「そうね……率直に言うわ。その口調よ」
「えっ」
「凡そ直前まで未就学児だったとは思えない。いくら学力に秀でた子だってそれほど流暢には話すことなんてできやしない」
(あっ)
待って待って待って。
それに関しては本格的な私のミスだ。そこにそれっぽい意味はないんだ、単に、その辺の配慮が頭の片隅になかったそれだけ!
エンヌは全く門違いな推察をしてくれてるようだが、危ないところだった。これからは気を付けよう。本当に。
「もう一度、昨日と同じ質問をするわ、貴女は一体何者?」
「先生もとうにご存じの通り、カノン・シノザキ、それ以上もそれ以下もございません」
「まさか転生の〈術式〉でも使ったの?」
ほう、私にとっては予想外の推測だが、成る程、理にはかなう話だ。
「私はその“転生”術式なるものを寡聞にして存じません――斯様な場ですが、是非ご教授ご鞭撻のほどを願いたい」
此方側の知力に勝る相手には、最大限の敬意と嫌味を以て――私の捻くれた性根がこの世界でも十二分に発揮されていることに安らかな息が漏れた。
「よく回る舌ね、虚勢ならさぞ滑稽なのだけど、貴女の場合は実力が言動に追いついている、いいえ、既に実力が言動を取り残してしまっている……そんなの初めてよ」
「これはこれは……稀有なる才女からの御言葉、恐悦至極で」
ああもう、疲れる。頭を休ませてほしい、せめて甘味が欲しい。
勿体ぶるなぁ、この人。
私の腹を探ろうという魂胆が見え見えだ。別に探られたところで……といったのが本音だ。いやマジで教えれる話はない。だって私、この世界に転移してものの数週間なのだから、確実に彼女の方がこの世界に関して言えば詳しいだろうに。
「仮に術師が幾度となる転生を重ねた挙句、ポテンシャルの高い魂と偶然素質ある個体が合一化されたと考えれば、あり得ない話ではないし、前例はある――無論、貴女程の成功例は報告されていないけれど。だけど、それを加味したとしても解せない事実がある。貴女は何故、そして何時、八聖王計画について知ったの?」
八聖王計画、エーデルワイス曰く、世界に安寧を齎す英雄にして彼女の不倶戴天の敵。
八聖王計画ときたか、仰々しい名前だ。
「その問いは、貴女の元奴隷のエルフに対しても同様よ。貴女達も理解しているとは思うけれど、これは超重要度の機密――亜人は当然、学院の人間でさえも早々知ることはできない」
それにしてはよく開示してくるものだ。彼女は数少ない計画の全貌を知る人間だろう、守秘義務に反すれば筆舌に尽くしがたい罰則を受けるだろう。それを侵してまで、未だ難癖の次元に留まっている存在に明かすか? 普通。
単純に漏洩した情報を知る存在を口止める行動にしては軽率が過ぎる。彼女の裏にはもっと独善的な行動原理があるかもしれない。いや、もしや情報が外部に流出には微塵の興味もないのかもしれない。そうであるのなら、知りたい。彼女が独断専行に突き動く理由を。その要因の一端が私にあるのなら、情報を開示することさえも吝かではない、何も持ってないけど。
「貴女……もしや八聖王なのではないかしら?」
「その根拠をぜひ聞かせていただきたいわね」
「……消去法よ、現状ではね。単純な転生者ではなく、且つ貴女が紛れもなく人類種であることは入学時に証明されている」
そうか、八聖王は詰まるところ、人間の持つ素質の統計量を圧倒的に凌駕する存在であるというわけか。確かに彼女の主張にはまだ穴があるが、問い質すには十分な量だ。
「失礼、私はその証明法を知らないの。では先生、そうであると仮定して質問することを許可していただきたいわ。私が仮に八聖王の一人であったとして――貴女は何が目的なのかしら」
「私が貴女に情報を提供するわ」
今、彼女はなんと?
「そうね、貴女の言葉を敢えて借りるとするならば――協力関係になりましょう?」
勝手に話を進めるエンヌはそう言って、私を強く見つめた。




