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中日本駐屯室 ーⅠ

 大学から支部までの距離はそう遠くは無かった。車を飛ばして十分ほど。

 地下衛生管理局中日本支部、その庁舎は都心に構え、都庁や裁判所、公安の尾張司令部などと同じ並びに立っている。

 非常に整った立体駐車場は職員用、白線を無視して軽トラックを駐車した。

 潤史朗が向かった先は庁舎の十一階の小さな部屋。まるで余った会議室を宛がわれたような部屋だったが、これこそが特別殺虫係・中日本駐屯室なのである。

 庁舎は同じながらも、彼の所属は地衛局の中日本支部ではない。部屋の入り口にはこのように札が掛かっている。

『特別殺虫係・SPET』

 これの管轄は中日本支部では無く、本局の直轄組織たる防虫部戦略防虫課に属するのだ。

 そしてこの狭い部屋、駐屯室には大量のパソコンが押し込まれており、その隅の方に書類の棚や複合機、そして隊員用のロッカーが壁に沿って駐屯室のスペースを削っている状況だ。

 部屋に飛び込む潤史朗、奥の方でパソコンに埋もれている中年男性のことは気に留めず、ささっとワイシャツやスラックスなどを片っ端からロッカー内に投げ込んだ。

 そしてパンツ一丁になったところで、黒地の分厚い作業服に袖を通す。その背中には大きな文字で『SPET』と。

 両手には合皮のグローブ、足には重たい黒の安全ブーツ。太い安全帯を腰に巻いて、また膝と肘にはプロテクターを装着。そして最後に、地底生活に欠かせない道具をぎっしりと詰め込んだホルスターバック、ウエストバックを装着した。


「おおっ、志賀君もう来たか、早いな」

 パソコンの山からひょっこり顔を出すのはグレーの頭髪をジェントルに固めた中年男性。

 彼の両手で持ったスマートホンは横向きだ。恐らく男はこの特殊な係の室長として、スマートフォンを何か特別な用途に使っているに違いない。

「講演はよかったのか? まだ途中だろ?」

「代わりに室長行って下さいよ。喋り甲斐のある熱い学生達でしたよ、凄く」

「いやいや私は無理だ。ガチャで忙しい」

「がちゃ? 何をがちゃがちゃしてるんです?」

「人生だよ」

 そう言って中年男性こと室長はスマートフォンの画面を掲げて見せる。タイトルには『美少女クロニクルⅩ』と煌めいていた。

「なるほど、確かにそれは人生ですね」

「だろぉ? まぁ講演は仕方有るまい、中日本支部の人等に依頼するわけにもいかんしな。勝手に所属を跨ぐのは御法度だよ御法度。そういうのは上を通さなきゃあかん、課長部長あと局長? そんな偉い様片にこんなしょーもない仕事で伺いを立てるか? 普通さぁ」

「立てませんね。普通」

「だろぉ?」

「と、言いますか、そもそもなんで特別殺虫係がこんな仕事してるんですかね。講演って、どう考えてもおかしいですよね」

「ああ、書類のミスだな。決裁で誰も気が付かなかったらしいぞ」

「その書類、最初の判子は室長ですけど……」

「さぁあてと! 緊急の仕事が入ったね志賀君? 我々本来の任務を果たす時が来た」

 室長は急に大きな声を出すと事務椅子を立ち上がった。

「通報された概要は電話した通りの内容だが大丈夫か?」

「え? ああ、はい問題ないですよ」

「よし」

 室長と喋りながら着替えを終わった潤史朗。次にロッカー隣の金庫を開けた。

 取り出したものは拳銃が一丁、通常の物より一回り大きい、大口径の大型拳銃だ。

 それを見た室長の表情が変わる。

「君そんなものを保管してたのか。それは流石にちょっと……」

 尾張中京都では条例で禁止されている代物である。

「そうですね、まぁでも地下って四キロ超えてくると無法地帯みたいなものなんで、条例の適応もほとんど地表だけのことですよ。銃刀法って言ってもハサミ程度じゃ捕まらないですよね? 地底だと拳銃ならセーフみたいな風潮があるんですよ」

「まぁそうだが、いやここで見つかるとまずいだろ、始末書ものだ、いや懲戒処分もありえる」

 とその時だ。

「ぎゃはははははははっ」

 潤史朗の後ろより、高らかな笑いと共にクガマルが飛び出した。

「ぎゃはははは、始末書を書くのがオメエの仕事だろぉ? 処分が嫌なら金庫番くれえはきちんとやるこった。現場に使えねえ無能でも、それくらいはやれるだろぉ? ぎゃははははははは」

「うぅ。相変わらず口の悪いドローンだな君は」

「ぎゃはははっ、確かに、真実を語る口なんぞ、世間からすりゃ悪い口には違いねえぜ。ぎゃはははははは」

「まぁ室長、AIだと思って勘弁してやって下さい」

「ああ、まぁ心得ているよ」

「ぎゃははははははは」

 潤史朗は、腰の専用ケースに拳銃を挿し込んだ。

「お、おいおい。そんな見えるところに銃を入れて、まずいだろ……」

「大丈夫ですよ。この格好してると、みな公安隊と勘違いしますから」

「そ、そうなのか?」

「では行きます」

「ああ。くれぐれも気を付けて」

 そうして潤史朗は、いつもの装備を整えると職員用の駐車場へと降りて行った。

「おいオッサン。保管庫からメガキラー運ぶの手ぇ貸せや」

「ああっ腰が! 腰痛が突然! いててっ、まずいぞ、腰の古傷が急に暴れ出した! これは私が若いとき過激派とやりあったときに負った傷だ。いててて、悪いなクガマル君、私にかまわず先に行きたまえ」

「オメエが若いときに過激派は流行ってねえよ。ったく使えねえ。窓際すぎんだろ、ここ」

「いてててて」


 地味な一般車両が並んで停まるその隅で、ギラギラと異様な存在感を放つ大型バイクが一台ある。

 大排気量のオフロードバイクをベースに、数々の改造が施されたその車両は、遂昨日ヒカリンを地底から救出した特別殺虫係の特装バイクだ。

 まるでスズメバチをイメージしたかの様なオレンジとブラックの派手な配色。各部にはガードパイプと、それに赤色警光灯、拡声器、そしてフォグランプを複数装備した。

 座席後方には、MEGAーKILLERの文字が入った黄色い薬剤ボンベを左右に2本、合計4本を専用の積載装置に取り付けた。またその他にも無線機や工作資機材等の重量装備を積み込んでいる。

 バイクに跨る潤史朗。後部座席にはクガマルが合体する。

 三百キロオーバーの車体を直立に引き挙げて、サイドスタンドを左足で払う。キーを回してイグニッション。エンジンが低い唸り声を上げ、それと同時に、モーターサイレンを始動する。

 静かな都心に甲高いサイレンが鳴り響いた。

 特別殺虫係、SPET中日本駐屯分隊、出撃。

 

 *  *  *


 一般車両を次々に追い抜いて、猛スピードで街を駆ける。右折左折と何回か曲がった先には、なだらかに降下していく地下進入トンネル。

 大型の物流トラックが何台も行きかうこの道は、地下と地上を結ぶ大動脈だ。この様なトンネルは都内各所に存在しているが、五車線もあるこの道が、都内ではダントツに大きかった。

 さて、緊急走行をする事数分。地下に入ったものの、ここから下る五千メートルが非常に長い。

 地下に降りて、さっそく乗るのは、産業用の貨物エレベータ。地下コロニーは上層辺りに住居区画が集まっており、下層階は工場で埋まっている。そのため地下においてはこのような大型エレベータが、地上で言うところの電車のような役割を担っており大変重宝されているのだ。また、車での移動の際も、上下に長い距離を動くときは、道路など走っていては時間がかかりすぎるため、こういったエレベータが利用される。

 そういう訳で、事前に協定を結んである緊急用の大型エレベータにバイクごと搭乗。家が一軒丸ごと入りそうなほど広いエレベータは、ゆっくりゲートを閉じると係員と潤史朗達を乗せて降下を開始した。


「暇だね」

「暇だ」

 バイクを降りて横に突っ立つ。

 降下中は特にすることもないので、タブレットを広げ、地下の見取り図を確認した。

「んで今、下で何が起きてんだよ」

 クガマルが言った。

「公安隊の職員が襲われているらしい」

「ほお」

「ゴキゲーターが推定十匹」

「そりゃまた多いな」

「そうだねぇ」

「何キロだ」

「五千五百」

「は?」

「だよね、浅い。僕も思ったよ」

「んな浅層で十匹たぁ珍しい」

「……」

「だがまぁ何にしろ、その程度すぐ片付くだろ。どうせもう公安の連中は助からねぇ。到着まであと十五分はかかるだろ?」

「そうねぇ、あぁちょっと待って」

 その間にもエレベータは徐々に速度を上げていき、体がふわっと軽くなる感じが伝わった。 潤史朗はタブレットで開いた地下の階層図を開いてクガマルの方に見せる。

「今回通報を受けた現場はここ、わかる? かなり上層だよね」

「ほぉ」

「こんな場所にゴキゲーターが十も、どうだろう、やっぱり違和感があるじゃない?」

「たまたまだ。可能性としてはあり得る」

「たまたまか、確かにそれも否定はできない。ゴキゲーターだって道が繋がっていれば浅いとこまで来れるしね」

「そういう事だ」

「でも、僕はこれに何かを感じずにはいられないな、怪しい」

「いいや、それは違うなぁ。ジュンシロー」

「ん?」

「感じずにはいられねえんじゃなくて、お前はそこに何か感じるものがありたいと、そう思ってんだ。それは、ひん曲がった願望であってだな、実際問題をぶっとばしてる」

 クガマルはそう言うと、ぶんと飛び立ち潤史朗と正面から向かい合った。

「この前一週間地底に籠った時も同じだ。監視カメラに映ったよくわからねえ物を見て、それを新種の害虫だと思い込む。そして結果、発見できたものはなんだ? 人間が3とゴキゲーターが1だ」

「それについては諦めていないよ。でもまあ確かに君の意見も一理あるかもね」

「一理も二理もありありだ。もっと物事を客観視しろ」

「ふふふ、客観視か。何を言い出すかと思えば。そのために君がいるんじゃないか。僕が前傾姿勢で突っ込んで、それを上空から君が監視する。そうじゃない?」

「能天気野郎め」

 クガマルはもう一度飛んで、バイクの上に着地した。

「残念だがジュンシロー」

「ん?」

「俺も面白れぇ事が起こるのを求めている。ただ計算上、それは滅多に起こりえない。俺はAIだからな。無駄に期待はしねぇんだ」

「いいや、してるね。君も結構期待してる。だけどそれは駄目だ」

「んあ?」

「君の求める面白い事は、残忍で邪悪だからね。却下だよ、却下」

「んだよ、それは。言ってる意味が不明だ」

「さ、もう着くよ」


 エレベータが到着した。

 だがこれで地下五千メートルに辿り着いた訳では無い。ここからあともう3回エレベータを乗り継がなければ辿り着かない。一本の直通エレベータがあれば便利だとは思うが、そんな物は技術的に難しいし、実現したとしても保安上あまりよろしくない。そんなこんなで、支部から五千メートルまでは早くとも三十分ほど時間がかかる。それでも非常に早いだろうが、緊急時にそれでは遅いとしか言いようがない。

 潤史朗はバイクのエンジンを掛けて、再びサイレン音と共にエレベータの外へ飛び出した。 下に下がれば下がるほど、一般車両の数は減り、地下自動車道の幅も狭くなる。

 

 そして更に数分後。

 かくして地底に舞い降りた潤史朗と、その相棒クガマル。

 ここは、別世界だ。

 たったの三十分、下へ下へと移動しただけで、まるで日本とは思えない、どこか異世界に到達する。周囲は暗く、そして空気は湿っていた。

 深度は地下五千メートルよりも下の場所。部分的にはまだ非常電源が生きており、普通に見通せる場所もあるが、それでもやはりライトは手放せなかった。

 バイクの速度は二十キロ以下。低速にて静かに巡航。前進するバイクは、装備している強力な補助ランプで周囲を照らした。

 できるだけ静かに、前後左右を警戒。クガマルもバイクから離れて飛び立ち、高い位置から周辺を見張った。

 間もなく通報にあった地点に到達する。


 前方百メートル。もそもそと這いずる四つの影を、補助ランプが照らした。大きさとしては牛くらいのサイズをしているが、下に伸びている足は6本。また忙しなく動く2本の細いアンテナは、頭部中央から伸びる触覚だ。

 この生き物はゴキブリの一種だ。ただし、メガ級地底害虫と位置付けがなされる、大変危険な猛虫だ。人間を捕食することは勿論、その生命力の高さ故に危険視がなされ、人が両手に持てる程度の銃器では全くダメージを受けないほど頑丈だ。そして、たとえ体を真っ二つにしても、この虫は全く怯まず襲ってくる。

 それの名前は『ゴキゲーター』。


「いた」

「先行する」

 潤史朗はバイクを停車。

 一旦降車すると、既に背負っている薬剤ボンベの圧力開放弁を捻り、首から提がった防護マスクを顔面に装着。その間クガマルはゴキゲーターの場所まで一気に飛翔。詳しい状況の偵察に向かった。

 触覚を振り回すゴキゲーター、接近する音と臭いに振り向いた。

 ゴキゲーターは人間の姿を確認する。最初の一匹がカサカサと這いだすと、他三匹もそれに続いた。


――おいジュンシロー、公安の連中が何人かいやがるぞ

 先行しているクガマルから通信が入った。その音声は、いつも耳の上に装着しているアクションカメラのスピーカーから入る。

「わかった」

――どーするつもりだ

「やるよ」

 百メートル先からこちらに走って来るゴキゲーターが四匹。ライフル型の放射ノズルを構え、その筒先延長上に四匹を捉えた。

 射程圏内まで残り数十メートル、彼らがそこに入るまで残り数秒。しかし射程に入ってから、自分の場所まで距離を詰められる時間は数秒もない。

 撃てばゴキゲーターは倒せるだろう。しかし、もしも器具のトラブルで放射のタイミングを逃せば、奴らに食い殺されて骨も残らない。

 今までに何匹ものゴキゲーターを殺してきたが、例え必殺の殺虫剤を装備しても、安全に倒せると感じたことはない。

 失敗すればそのまま死ぬ。

 やり直しが効かない一発という感覚、その感じを忘れたことは無い。

 だからこの場においては、少しの迷いも許されないのだ。

 公安職員がそこにいれば、防護マスクのない彼らは殺虫薬剤に巻き込まれて死ぬだろう。しかし、今バイクに乗り込んで、引き返えすような事をしてしまえば、公安の職員たちはゴキゲーターに食われ、絶命する。その非常に重たい引き金は、思い切って引く他に選択肢はない。


――ぎゃはははははっ。やるのか? いいだろう、公安もろともぶっ殺せっ。ぎゃはははははっ


 耳の上が少々やかましい。

 しかし、クガマルが何を言おうとやることは変わらない。やる事をやって、そして必ず家に帰るのだ。

 ゴキゲーターが射程に入る。

 潤史朗はトリガーを引き込み、ノズル先端から殺虫薬剤の白い霧を噴射した。


――まぁ安心しな。公安の野郎は確認したが、もう既にぐっちゃぐちゃだぜ。ぎゃはははは


 濃霧が止んで視界が戻る。

 目の前には四匹、ひっくり返ったゴキゲーターが現れた。


「まぁ、察しはついたけどね。僕を試したのかい? 君は」

 先行していたクガマルは、ぶんと羽ばたいて潤史朗のところまで戻ってきた。

「俺がお前を試すだぁ? とんでもない。勘違いは困るぜ? 俺は事実を伝えただけだ。そしてお前はその情報を元に判断して動いた。それだけの事だ。それともなんだ? もっと情報量が多ければ、お前の行動は変わったのか? 変わらねえだろうが。ぎゃははははっ」

「邪悪なドローンだよ、全く君は」

 潤史朗はノズルを担ぎ、最初にゴキゲーターがいた地点まで向かう。バイクから離れ、点けっぱなしライトが背後に遠のいた。

 暗い足元を照らすのは、側頭部アクションカメラ搭載の眩しいフラッシュライトに切り替わる。

「その様子だと、この前僕がヒカ何とかさんを助けたこと、随分根に持っているようだね。まさかこの状況で僕が殺虫剤をためらうとでも思った?」

 潤史朗が言った。

「どうだろうな。お前は人に甘い。はっきり言って、ためらい兼ねない。もしこれが公安じゃなく、そうだな、ナイスバディのセクシーギャルだったらお前はどうした?」

「はははははっ。愚問だね。そんなの決まってるじゃないか。素手で戦うさ。僕という男の勇姿を見せなくてどうするのさ」

 潤史朗はそう言いながら、素人丸出しのボクシングの構えをしてみせる。前後に軽くステップを踏み、ジャブのつもりか左手をささっと前に突き出した。

「まぁ冗談だ。撃つよ、メガキラー。無論迷いは無い」

「ほお」

「ヒカ何とかの時は、僕に余裕と作戦があったから行動にでた。そうでないなら切り捨てた」

「悪魔だな」

「君に言われたくは無いよ。まぁでも悪魔だろうと何だろうと何でもいいさ、僕にとって大事なものは夏子で、それ以外に執着は無い。僕自身とて妹が心配するから頑張って生きてるにすぎないよ」

「お前」

「ん?」

「気持ち悪いな」

「お?」

「と、妹の気持ちを代弁してやった」

「ははは、何を言うかと思ったら、君は想像力が欠如しているねぇクガマル。夏子ならこう言うだろうよ『お兄ちゃん大好き! 素敵!』とね」

「病院行け、病院。頭の中を透析しやがれオメエはよ」

「っははは、面白いジョークだ」


 そうしてだらだらと喋りながら進む二人。先ほど倒したゴキゲーターが最初に留まっていた場所までたどり着いた。

 一面は、バケツで撒いたかのように血液が溜まっており、安全ブーツの底面が赤くじっとりとべたついた。所々に転がる白い破片は、食いつくされた骨の断片。死体は綺麗に食い尽くされ、もはや惨たらしささえ見当たらない。人が何人いたのか、むしろそれは人であったのかさえ判断は不可能な状態であった。

「全滅だな。よぉし、帰るぞジュンシロー」

 潤史朗はそう言うクガマルの下、しゃがんで両手を合わせて目を閉じる。

「なんまいだぶ、なんまいだぶ」

「おいっ。もういいだろ。撤収だ、撤収。俺は無意味な事は嫌いだ。さぁ帰るぞ」

 潤史朗の服を掴んで羽ばたくクガマル。

 だが潤史朗は立ち上がろうとせず、しゃがんだままに今度は地面の観察を始めた。

「おいって、ジュンシロー」

「待ちなよ、クガマル」

「んあ?」

「君は全滅と言ったね? それは違う」

「どういう事だ」

「これを見て」

 そう言って潤史朗は地面を指さす。

 そこにあるのは、アスファルトに刻まれた黒い筋が数本、溜まった血液の下に所々確認できた。

「タイヤの跡だ。逃げた人もいる。そもそも全滅なら巡視車の残骸もあるはずだ」

「なるほど、ここで食われた奴は置いて行かれた哀れな連中ってことか。ご愁傷様だぜ。ぎゃはははははははっ」

「急ごう。生存者がいるかもしれない」

 潤史朗は駆けだし、バイクの場所まで再び戻った。

 車で逃げたのならば、まだ助かる見込みは少しある。ただし、境界層のゲートから真っ直ぐここに来る間、逃げる公安と出くわさなかったという事は、すなわちもっと奥へ、あるいは深くへ逃げているという事になる。既にやられたか、そうでなければ状況は切迫している。


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