表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スイッチ・オフ  作者: 南戸由華
PR
5/5

スイッチ・オフ-5-

長引きましたが、これで完結です。

 

「…まぁ、この考え方をしたところで、人の自慢話が嫌だっていうのは変わらないと思うけどね。つまり、お手上げ。」


「そ、そんなことないよ!」


 お手上げポーズをとったコージに、思わず私は否定した。

 私はテーブルのサンドイッチに目を向けて、考えた。なんと言えば、この気持ちを彼に伝えられるだろう。


 彼は黙って私の言葉を待つ。

 私はぐっと唾を飲み込んで話し出した。


「私…今の話で、なんだかすっきりした。人の自慢に…不快感を覚えるのも、私自身が幸せになるためなんだね。私…ひねくれてるから…悔しくて、張り合う気持ちを抑えて…幸せを逃してたんだ。」


 考えながらゆっくり話す。

 ふと顔を上げると、コージがじっと私の目を見ている。

 恥ずかしさで顔が熱くなったが、あともう少しだ。


「だから、やる事はひとつ。私も羨ましいと思う事は、ちゃんと素直に張り合ってみる…できるだけ。」


 最後の言葉に少しだけ吹き出しながら、コージは言った。


「うん。出来るだけでいいと思うよ。ゆっくり、ゆっくり幸せになればいいんじゃない。…それでもきつい時があったら、またここに来ればいい。」


「うん…ありがとう。」


 言いたいことを言い終わった私は、ほっと落ち着いて、しばらく放置したコーヒーを口にした。

 さすがマスターの入れたコーヒー。深みのある香りで美味しい。でも、


「ぬるくなっちゃったな…」


「あ!俺が、新しいの淹れるよ。」


「え、いいの?」


「俺に、淹れさせて。」


 そういうと彼はカウンターの方に言った。


 私は壁の時計を見る。

 もう2時か…


 随分と話し込んでしまった。初めて話す相手なのに、すごく、変な会話をしてしまった。

 自分の性格の悩みについて、こんなに人に話すことなど初めてだった。

 おかげで、すごくすっきりした。


 昨夜と今朝、あんなに悩んでいっぱいいっぱいだったのに、人に聞いてもらうことで、案外あっさり解決するものなんだなと感動した。


 残っているサンドイッチに手をつける。

 少しづつ、お腹がたまっていくのを感じた。

 ただ、美味しいものを食べるだけで、こんなに幸せな気持ちになるのも、初めてな気がした。


 少しすると、コージが温かいコーヒーを持ってきた。


「これ、俺の奢りな。」


「いいの?今日はなんだか奢ってもらってばっかり…」


「いいのいいの。…本読むの、邪魔しちゃったしな。」


 言われて、持ってきた文庫本のことを思い出した。そう言えば、まだ読みかけだ。

 これを読むためにここに来たのはずなのだが、コージと話し込んでいて、すっかり忘れていた。


 でも、今日はもう、ファンタジーの世界に逃げる必要はない。


「いいの。今日はもう読まなくて。またいつか、ここに来て読ませてもらうから。」


「そっか。」


 コージはそれ以上は何も言わず、自分のぬるいコーヒーを飲む。


 私もコージが淹れたコーヒーに口をつけた。

 …温かい。


「やっぱり、美味しい。」


「良かった。」


 ほっとするコージを見ながら、コーヒーの香りを楽しんでいると、コージが言った。


「そう言えば、連絡先教えてよ。せっかく自分の同類に会えたんだ。もっと話したい。」


「あ、うん…私も。LINEでいいかな?」


 言いながら私はバックを探る。そして、あ、と気づいた。


「ごめん、今日はケータイ置いてきたんだった…」


 朝のむしゃくしゃした自分の行動を思い出す。


「”置いてきた”?…分かった。じゃあ…」


 コージは少し怪訝に思った様子だったが、今までの話から察したのか、すぐに流し、私の目を真っ直ぐ見た。


「名前、教えてよ。」


 はっと気づいて、私は恥ずかしくなった。

 そういえば、まだ名乗ってなかったか。


「ご、ごめん。こんなに相談にのってもらったのに、名前も言ってなかった…」


「いいのいいの。俺も名乗ったわけじゃないから、気にしないで。それに今まで、俺も君に聞かなかったから。…で?」


 再び聞く彼に、顔を熱くしながら答える。


「…ユカ…って言います。あなたはコージ君でいいんだよね?」


「うん、ユカね。覚えた!俺のこともコージでいいよ。」


「うん、よろしくね。コージ。…ところで、ケータイだけど、もし、待っててくれるなら、家近くだし、取ってくるよ。」


 私もコージと連絡先を交換したかった。

 また、話したい。


「あ、そこまでしなくても俺がメアドかLINEIDを…」


 言いかけて、彼はやめた。

 そして、少しだけ考えると、きっぱり言った。


「やっぱやめた。連絡先は交換しない。」


「え」


 ショック。せっかく名前を聞いてもらえて、またLINEでも話せると思ったのに。

 というか、自分から言い出しておいて、こいつは何を言っているんだ。


「なんで…」


 明らかにテンションが下がっている私に、彼はにっこり笑って答えた。


「だって、ケータイ持ってないユカの方がずっと良い顔してるんだもん。」


「えっ?」


 きょとんとする私を少し面白がるような目で見ながら、彼は続ける。


「ケータイをこまめにいじってるユカより、ケータイに囚われないで、1人でコーヒーを飲んでる今日のユカの方がずっと…ずっと可愛いって思ったから。」


 可愛いって…初めて男の人に言われた。

 顔が一気に熱くなる。


「か、か、可愛いって…今日メイクもしてないのに…」


「え、そうなの?あー、確かに顔は少し違う…かな?俺が言いたいのは、顔ってか雰囲気、かな。とにかく、今日のユカの方が…」


「も、もういい!分かったから!」


 恥ずかしすぎて思わず制止する。

 顔でも雰囲気でも、どちらでもいい。

 問題なのは、今日初めて話した相手に、心の内をさらけ出した上に、こんな社交辞令に激しく動揺していることだ。


 私はそれがただの動揺ではないことに気づいていた。この感覚ーー胸が熱くなるような、それでいて幸福なようなーーに、思い当たるものは一つしかない。


 彼も、クサイことを言ってしまったと思ったのか、少し照れた様子で私から目をそらした。目をそらしたまま、ボソッと言った。


「だから、連絡先はいい。また、ここに来てくれたら、それでいい。」


 また来ていいという、彼の言葉を聞いて、私は、先ほどの動揺が少しおさまり、胸の中が今朝とは違う、何か暖かいもので満たされるのを感じた。


「うん。また来る。」


 自然と顔がほころぶのを感じた。

 なんて、幸せなんだろう。

 この暖かい場所が、彼の隣が、私の新しい居場所になるのだ。


 コーヒーを飲み切ると、もう3時になろうとしていた。

 今日はもう学校には行かないので、まだゆっくりしてもいいが…もう、その必要は無い。


「じゃあ、私、もう帰るね。」


「おう。また来いよ。」


 コージも引き留めなかった。


 お代を払い、出口まで行こうとした時、

 マスターがさっと私のそばに来た。


「今日はありがとう。またぜひ来てね。」


「いえいえ、こちらこそありがとうございます。コーヒーも、サンドイッチもとても美味しかったです。」


 マスターがまだテーブルにいるコージの方をチラッと見て、小声で私に耳打ちした。


「コージのヤツ、普段は人に全く興味が無いくせに、アンタのことだけはずっと気にしてたみたいなんだ。…良かったら、仲良くしてやってくれないか。」


「…はい。もちろん。」


 私がにっこり返事すると、マスターはほっとしたように笑った。


「おい、何言ってんだよマスター。」


 コージが慌てて席を立ち、私の元に駆け寄る。


「なんにも。コージの話し相手になってくれって頼んだだけだよ。」


「ほんとかー?余計なこと言ってないよな?」


「当たり前だ、ほら、お前が見送ってやれ。」


 コージは少し不服そうな顔をして、私に行こう、といった。


 私はマスターに再び会釈して、出口に向かい、扉を開けて外に出た。


 来た時と同じ、冷たい風が私を迎える。

 でも、私の中はそんな寒さでは決して消えない暖かさで満ちている。


 振り返ってコージを見る。


「今日は本当にありがとう。話を聞いてくれて、納得いく答えを見つけて、すごく嬉しかった。」


「どうってことないよ。」


 彼は笑顔で言った。


「お互い、いい休日だったな。」


「そうだね。」


 2人でふふっと笑う。


「さよならコージ。また来るよ。」


「おう。」


 彼が軽く手を振るのに、同じく軽く手を振り返して、私は彼に背を向けた。



 今日はとてもいい日だ。

 不純物でいっぱいだった心が、別の暖かいもので満たされた。

 自分と同じ考えを持つ人に出会えた。

 自分の悩みが、少しだけ解決した。


 ーー好きな人ができた。


 連絡先は聞いてない。

 でも、また会える。絶対にまた会いに行く。もちろん、ケータイは置いて行こう。


 何にも囚われずに自分の好きなことをし、好きな人と話す。

 たまには、こういう日があってもいいかもしれない。



 私はいつも通りの見慣れた道を、いつもとは違う、満たされた気持ちで進んでいった。



お読みいただき、ありがとうございます。

私自身は、こういった結論で納得いっているのですが、人によって様々だと思います。ご意見、ご感想お気軽にどうぞ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ