スイッチ・オフ-5-
長引きましたが、これで完結です。
「…まぁ、この考え方をしたところで、人の自慢話が嫌だっていうのは変わらないと思うけどね。つまり、お手上げ。」
「そ、そんなことないよ!」
お手上げポーズをとったコージに、思わず私は否定した。
私はテーブルのサンドイッチに目を向けて、考えた。なんと言えば、この気持ちを彼に伝えられるだろう。
彼は黙って私の言葉を待つ。
私はぐっと唾を飲み込んで話し出した。
「私…今の話で、なんだかすっきりした。人の自慢に…不快感を覚えるのも、私自身が幸せになるためなんだね。私…ひねくれてるから…悔しくて、張り合う気持ちを抑えて…幸せを逃してたんだ。」
考えながらゆっくり話す。
ふと顔を上げると、コージがじっと私の目を見ている。
恥ずかしさで顔が熱くなったが、あともう少しだ。
「だから、やる事はひとつ。私も羨ましいと思う事は、ちゃんと素直に張り合ってみる…できるだけ。」
最後の言葉に少しだけ吹き出しながら、コージは言った。
「うん。出来るだけでいいと思うよ。ゆっくり、ゆっくり幸せになればいいんじゃない。…それでもきつい時があったら、またここに来ればいい。」
「うん…ありがとう。」
言いたいことを言い終わった私は、ほっと落ち着いて、しばらく放置したコーヒーを口にした。
さすがマスターの入れたコーヒー。深みのある香りで美味しい。でも、
「ぬるくなっちゃったな…」
「あ!俺が、新しいの淹れるよ。」
「え、いいの?」
「俺に、淹れさせて。」
そういうと彼はカウンターの方に言った。
私は壁の時計を見る。
もう2時か…
随分と話し込んでしまった。初めて話す相手なのに、すごく、変な会話をしてしまった。
自分の性格の悩みについて、こんなに人に話すことなど初めてだった。
おかげで、すごくすっきりした。
昨夜と今朝、あんなに悩んでいっぱいいっぱいだったのに、人に聞いてもらうことで、案外あっさり解決するものなんだなと感動した。
残っているサンドイッチに手をつける。
少しづつ、お腹がたまっていくのを感じた。
ただ、美味しいものを食べるだけで、こんなに幸せな気持ちになるのも、初めてな気がした。
少しすると、コージが温かいコーヒーを持ってきた。
「これ、俺の奢りな。」
「いいの?今日はなんだか奢ってもらってばっかり…」
「いいのいいの。…本読むの、邪魔しちゃったしな。」
言われて、持ってきた文庫本のことを思い出した。そう言えば、まだ読みかけだ。
これを読むためにここに来たのはずなのだが、コージと話し込んでいて、すっかり忘れていた。
でも、今日はもう、ファンタジーの世界に逃げる必要はない。
「いいの。今日はもう読まなくて。またいつか、ここに来て読ませてもらうから。」
「そっか。」
コージはそれ以上は何も言わず、自分のぬるいコーヒーを飲む。
私もコージが淹れたコーヒーに口をつけた。
…温かい。
「やっぱり、美味しい。」
「良かった。」
ほっとするコージを見ながら、コーヒーの香りを楽しんでいると、コージが言った。
「そう言えば、連絡先教えてよ。せっかく自分の同類に会えたんだ。もっと話したい。」
「あ、うん…私も。LINEでいいかな?」
言いながら私はバックを探る。そして、あ、と気づいた。
「ごめん、今日はケータイ置いてきたんだった…」
朝のむしゃくしゃした自分の行動を思い出す。
「”置いてきた”?…分かった。じゃあ…」
コージは少し怪訝に思った様子だったが、今までの話から察したのか、すぐに流し、私の目を真っ直ぐ見た。
「名前、教えてよ。」
はっと気づいて、私は恥ずかしくなった。
そういえば、まだ名乗ってなかったか。
「ご、ごめん。こんなに相談にのってもらったのに、名前も言ってなかった…」
「いいのいいの。俺も名乗ったわけじゃないから、気にしないで。それに今まで、俺も君に聞かなかったから。…で?」
再び聞く彼に、顔を熱くしながら答える。
「…ユカ…って言います。あなたはコージ君でいいんだよね?」
「うん、ユカね。覚えた!俺のこともコージでいいよ。」
「うん、よろしくね。コージ。…ところで、ケータイだけど、もし、待っててくれるなら、家近くだし、取ってくるよ。」
私もコージと連絡先を交換したかった。
また、話したい。
「あ、そこまでしなくても俺がメアドかLINEIDを…」
言いかけて、彼はやめた。
そして、少しだけ考えると、きっぱり言った。
「やっぱやめた。連絡先は交換しない。」
「え」
ショック。せっかく名前を聞いてもらえて、またLINEでも話せると思ったのに。
というか、自分から言い出しておいて、こいつは何を言っているんだ。
「なんで…」
明らかにテンションが下がっている私に、彼はにっこり笑って答えた。
「だって、ケータイ持ってないユカの方がずっと良い顔してるんだもん。」
「えっ?」
きょとんとする私を少し面白がるような目で見ながら、彼は続ける。
「ケータイをこまめにいじってるユカより、ケータイに囚われないで、1人でコーヒーを飲んでる今日のユカの方がずっと…ずっと可愛いって思ったから。」
可愛いって…初めて男の人に言われた。
顔が一気に熱くなる。
「か、か、可愛いって…今日メイクもしてないのに…」
「え、そうなの?あー、確かに顔は少し違う…かな?俺が言いたいのは、顔ってか雰囲気、かな。とにかく、今日のユカの方が…」
「も、もういい!分かったから!」
恥ずかしすぎて思わず制止する。
顔でも雰囲気でも、どちらでもいい。
問題なのは、今日初めて話した相手に、心の内をさらけ出した上に、こんな社交辞令に激しく動揺していることだ。
私はそれがただの動揺ではないことに気づいていた。この感覚ーー胸が熱くなるような、それでいて幸福なようなーーに、思い当たるものは一つしかない。
彼も、クサイことを言ってしまったと思ったのか、少し照れた様子で私から目をそらした。目をそらしたまま、ボソッと言った。
「だから、連絡先はいい。また、ここに来てくれたら、それでいい。」
また来ていいという、彼の言葉を聞いて、私は、先ほどの動揺が少しおさまり、胸の中が今朝とは違う、何か暖かいもので満たされるのを感じた。
「うん。また来る。」
自然と顔がほころぶのを感じた。
なんて、幸せなんだろう。
この暖かい場所が、彼の隣が、私の新しい居場所になるのだ。
コーヒーを飲み切ると、もう3時になろうとしていた。
今日はもう学校には行かないので、まだゆっくりしてもいいが…もう、その必要は無い。
「じゃあ、私、もう帰るね。」
「おう。また来いよ。」
コージも引き留めなかった。
お代を払い、出口まで行こうとした時、
マスターがさっと私のそばに来た。
「今日はありがとう。またぜひ来てね。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。コーヒーも、サンドイッチもとても美味しかったです。」
マスターがまだテーブルにいるコージの方をチラッと見て、小声で私に耳打ちした。
「コージのヤツ、普段は人に全く興味が無いくせに、アンタのことだけはずっと気にしてたみたいなんだ。…良かったら、仲良くしてやってくれないか。」
「…はい。もちろん。」
私がにっこり返事すると、マスターはほっとしたように笑った。
「おい、何言ってんだよマスター。」
コージが慌てて席を立ち、私の元に駆け寄る。
「なんにも。コージの話し相手になってくれって頼んだだけだよ。」
「ほんとかー?余計なこと言ってないよな?」
「当たり前だ、ほら、お前が見送ってやれ。」
コージは少し不服そうな顔をして、私に行こう、といった。
私はマスターに再び会釈して、出口に向かい、扉を開けて外に出た。
来た時と同じ、冷たい風が私を迎える。
でも、私の中はそんな寒さでは決して消えない暖かさで満ちている。
振り返ってコージを見る。
「今日は本当にありがとう。話を聞いてくれて、納得いく答えを見つけて、すごく嬉しかった。」
「どうってことないよ。」
彼は笑顔で言った。
「お互い、いい休日だったな。」
「そうだね。」
2人でふふっと笑う。
「さよならコージ。また来るよ。」
「おう。」
彼が軽く手を振るのに、同じく軽く手を振り返して、私は彼に背を向けた。
今日はとてもいい日だ。
不純物でいっぱいだった心が、別の暖かいもので満たされた。
自分と同じ考えを持つ人に出会えた。
自分の悩みが、少しだけ解決した。
ーー好きな人ができた。
連絡先は聞いてない。
でも、また会える。絶対にまた会いに行く。もちろん、ケータイは置いて行こう。
何にも囚われずに自分の好きなことをし、好きな人と話す。
たまには、こういう日があってもいいかもしれない。
私はいつも通りの見慣れた道を、いつもとは違う、満たされた気持ちで進んでいった。
お読みいただき、ありがとうございます。
私自身は、こういった結論で納得いっているのですが、人によって様々だと思います。ご意見、ご感想お気軽にどうぞ。




