地下アイドル 真田好美編
人はいくつかの重要な選択肢を選び続け、今の人格や環境を作り出している。
真田好美はカレを捨てて地下アイドルの道へと進んだ。 それも大きな選択の一つだった。
「それでは最後の曲です。私達の代表曲『スキ、キス、スルメ』 みんな行くよ!」
「キュートマト」のリーダー真弥が客席にマイクを向ける。
地下のライブハウスでペンライトを持つ30人ほどのファンが「うぉおおおおお」と声を挙げる。
「♪スキ、キス、スルメ スキ、キス、スルメ 噛めば噛むほどアゴが痛い
愛のしりとり スキ、キス、スルメ!」
ファンがペンライトで踊る。
メンバー5人は、もっと可愛い曲を歌いたかったが何故かこの曲がSNSで小バズりして「キュートマト」の代表曲となってしまった。
ライブが終わるとチェキ撮影だ。1回2000円のチェキの半分が彼女達の給料の一部となる。
好美の列には4人が並んだ。もっとも少ない列だ。
その分ファンと長く喋る。いつか太客になるように。好美も太いが・・・。
3番目に並んでいたファンは、天田光史。
好美は彼を見て暗い表情で「また来たの?」と言った。
「ファンだし。チェキ撮ろうよ」
「もうファンじゃなくていいよ」
ファンの少ない好美にはチェキを撮るスタッフもいわゆる「はがし」もいない。
自撮りでチェキを撮影する。
出来た写真を天田に渡す。少しぽっちゃりの好美はいつも自撮りの時に顔が少しだけ見切れている。
「私との写真、いっぱい持ってるでしょ」と小さい声で悲しい顔をする好美。
「ここでしか会えないから」
天田は強い眼差しで好美を見ている。
後ろにあと一人濃いファンが控えている。気付かれるかもしれないと思い、天田の背中を押して「はい、次のファンもいますからねー」と天田をブースから追い出した。
最後に並んでいた江川のメガネが光る。
「あー江川さん!お待たせー」
「ども」
「大学の卒業は大丈夫そうなのー?」
「あぶないかも」
「こんなところに来ないで大学行きなさいって言いたいけど、来てくれてありがとう!ラブ!チェキ撮ろう!」
好美がチェキを撮っている時に江川が呟いた。
「さっきの男、ただのファンじゃないだろ?」
「え?」
真顔の好美の顔がチェキに映った。
ライブが終わり、アパートに戻った。
「今日の売上、四千円か・・・」
その時LINEが入る。
天田からだった。
「近所の象の滑り台の公園にいます」
「ええ!」
好美は公園に向かった。
その背後で外灯に照らされたある男のメガネが光った。
公園に行くとブランコに天田がいた。
「こんなところまで来ないでよ」
「好美・・・もうアイドルやめて俺と一緒に暮らさないか?このまま好美をほっとけないよ」
「私は夢のためにコウシとも別れたの!今さら戻れないし、まだ夢は追っていたいよ!」
「俺、三友銀行に内定決まったんだ。好美なら食わせていける」
「私はアイドルとして食べていきたいの!」
その時、後ろから光るメガネ。好美のファンの江川が背後から歩いてきた。
「おまえ、カレシいたのかよ」
「違うの!もう別れてるから」
「じゃあ、こうして会うなよ」
天田が叫ぶ。
「やめろ!」
江川は手にしていた果物ナイフで好美のお腹を刺した。
好美が川を渡っている。
「足がびしょびしょ」
それを川岸から見ている三途の川の番人。チンパンジー姿のツムと道着を着た日本猿の弟子クク。
「また来ましたね。死ななくても良い人間が」とツム。
「またやりますか?」とクク。
「やりましょうか」
二人を見て好美が呟く。
「サル・・・」
ククが「ただの猿じゃないぞ」
好美は驚いて「猿が喋った!」
「ここは三途の川です。あなたは今生死の狭間に立っています」とツム。
好美は自分が刺されたことを思い出した。
「引き返せばいいの?」
「ちょっと待ちなさい。おまえは何回か選択を謝ってここに来ている。これまでの半生を改めて知りなさい」
「なんでよ」
「真田好美、二十一歳。六歳でモテたい願望を持ち、中学までおしゃれに徹して勉強もしなかった」
「まあ、そうかも」
ククが半生を読み上げる。
「私立の最低ランクの高校に入学し、ここでもおしゃれと遊びに呆けて学校にも行かず高2で中退。それからアルバイトに専念する。昼はスーパーの生魚売場で働き夜は深夜のコンビニ。親も見違えるように感心したが、それはアイドルになるための上京する資金集めだった。
深夜のコンビニで知り合った天田と交際が始まり、親は引き留めたが、彼が大学で上京するとともに一緒に上京する。
しばらく彼の部屋に住み込むが、二十歳の時に地下アイドルのオーディションに合格するとともに彼と別れて一人ぐらいを始める」
「その通り!」
「しかし、過去に交際していたのがバレて刺される」
「・・・」
「これからこのククが問う究極の選択に答えたら現世に戻してあげますよ」
「やるやる!」
「じゃあ、行くぞ」
「日本猿がククさんね」
「猿じゃないぞ。人間の祖先としての神だぞ」
「わかった、わかった」
「じゃあ、まず一つ目の選択。付き合うならどっち?おつむの弱い人かオムツをしてる人」
「何、その質問。アイドルが誰とも付き合わないの」
「これは、三途の川の番人の質問だぞ」
「クク、交際をやめて刺されたんだからこの質問は彼女の言う通りにしましょう」
「わかりました。じゃあ、次。なるならどっち?可愛げのあるデブか、悲しげなブス」
「何よそれ。デブもブスもやだよ。しかも悲しげなブスって。可愛げのあるデブでいいよ。もうぽっちゃりなんだし」
ククが「それでは最後の質問です」と言う。「一人の人から愛されるか、千人のどうでもいい人から愛されるか」
好美は天田を思い出すが、「アイドルなんだから千人のどうでもいい人から愛されたいよ」
「わかりました。それではこの質問を元に現世に帰しましょう」
そこは病院のベッド。好美が目を覚ます。ベッドの脇には両親がいた。
「好美!」
「大丈夫?」
父と母が手を握っている。
「今ね、猿の神様がいたの」
「うんうん。夢を見たのね」
母親は涙を流している。
それから一ヶ月後に好美は退院した。
病院を出ると数人の記者が待っていた。
「好美さん、復帰してファンに一言ください」
「あ・・・ご心配おかけしました」
好美がファンに刺されたことは、ネットニュースだけでなく大きなニュースになっていた。
元カレがいても刺された好美に世間は同情的だった。
好美が刺されてからキュートマトは注目を浴び、人気も急上昇していた。インスタのフォロワーも30万人以上になっている。
好美はまだ歌って踊れる環境ではなく、インスタで見るメンバーに嫉妬すらしていた。
「私のお陰で注目を浴びたのに」
好美は早く復帰しようと母が作る料理をたくさん食べることに必死だった。
実家に戻ってから三ヶ月後。好美の復活ライブが初めての千人規模のホールで開かれた。
刺されて療養していたはずなのに好美は以前より太っていた。
好美をニュースで知り、応援していたファンは全員太めの女の子が好きだった。太った好美に一瞬引きつつ、「デブーーー愛してるぞー」「ヨシブー、もっと太ってくれー」とファンの声援が飛ぶ。
好美がマイクを握る。
「え?それって声援?」
ファン達が「俺たちは肉付きのいいアイドルを求めてるんだ」「こんなデブアイドルいないぞ」
本気なのかわからない。しかし、「これからも踊れるぽっちゃりでいるから応援してね」と開き直ったが、「もっと太れー」といくつもの声が飛んだ。
復帰ライブは3曲だけ歌って踊った。刺された傷跡が痛むせいか太ったせいか息切れがしてアンコールではメンバーの横で手を振るだけだった。
ライブが終わって鏡に映る自分を見た。
好美は泣きながらポテトチップス三袋とポップコーン二袋を食べた。
それから毎週1回300人規模のライブを行ったが好美は疲れるため、いつも三曲だけしか歌わなかった。
その後好美はライブにさえ行けなくなった。
「こんなんならコウシと暮らせば良かった!デブなんて声援を贈るファンなんていらない!」
一人の部屋で泣きながらそう叫ぶと、ドアが開いた。
そこには天田がいた。
「コウシ!」
「好美、太りすぎだよ」
「ごめんなさい」
「俺のせいでこんなことになってごめん」
「ううん。コウシは悪くないよ」
するとコウシが小さな箱を開いた。
そこにはダイヤの指輪。
「コウシ!」
プロポーズだと思った。
「本当はあの公園で渡そうと思ってた。でも退院してからもアイドルやってるし、もう俺はいらないんだなと思った」
「今コウシの大切さに気付いたんだよ」
「この指輪、好美のために買ったからあげるよ。質屋にでも出して。もう今後好美には会わない」
「え!どうして」
「どうして?好美はアイドルの道を選んだんだろ。俺は違う女性との人生を選ぶことにした」
「そんな・・・」
「好美、これからもアイドルとして頑張ってね」
天田は外に出てドアを閉めた。
「千人のどうでもいいファンのために大好きだった彼を失った・・・」
今さら真実の幸せに気付くのだった。
そこへドアをノックする音。
「コウシ!戻って来てくれたの?」
ドアが開くとそこにはオムツに長袖シャツのお爺さんがいた。
「ドアが開いてたもんでな。入ってしもうた。わしは好美ちゃんの大ファンじゃ。体は大丈夫かい?」
「オムツを履いているおつむの弱い奴!」
終わり




