第23章 【愛の法則、初期動作(イニシャライズ)】「動かないで」絶対的な抱擁が、女王の魂に『永遠の献身』という新法則を書き込む
領主館の外で、領民と魔物の激しい戦闘が続く。
レナは、外で戦う領民の命という、あまりにも重い責任を背負いながら、残りのクライヴの最強化を完了させる。
彼女の耳には、外から聞こえる魔物の咆哮と、領民の必死な叫びが、「演算の失敗」を告げるノイズのように響いていた。
(私が到着時間を誤ったせいで……この犠牲は、私の演算の代償だというのか?)
レナは、額に冷や汗を滲ませながら、演算装置のモニターを睨んだ。
彼女の冷徹な瞳は、かつてないほど激しく揺れていた。
ーーーその時、脳裏に鮮明な記憶がフラッシュバックした。
『レナ様!ありがとうございます!』と、満面の笑みで収穫したての豊穣な作物を見せてくれた農民の顔。
『レナ様が来てくれて、本当に良かった』と、心からの感謝を口にした領民の声。
「レナ様!レナ様!」と、純粋な歓声を上げて彼女に駆け寄ってくる子供たち。
日々の幸せな光景。
彼女の法則によって生まれた、穏やかで幸福だった領民たちの生活が、外の魔物の咆哮によって、今、血と絶望の法則に書き換えられようとしている。
「クソッ……! 私の法則に、このような計算外の誤差が生じるなんて……!」
レナは、論理では割り切れない人命の重さに、深い罪悪感で苛まれた。
彼女は、目の縁が熱くなるのを感じたが、それを科学者としての最後の理性で押しとどめた。
レナとゼフィールがマナの糸をクライヴから引き抜いた瞬間、研究室を満たしていた法則の光が収束した。
クライヴは静かに目を開ける。
彼の全身からは、聖剣の使い手としての力だけでなく、時間や空間の法則を超越する、静かで絶対的なエネルギーが発せられていた。
彼の「愛の法則」が、完全に定着したのだ。
「…演算完了。法則は、最高の効率で定着したわ」
レナは、深い疲労を感じながらも、この偉業の達成感よりも、外の戦いの音に意識を戻し、唇をきつく噛みしめた。
「飛鳥先輩」
クライヴの声は、以前の柔和さとも、戦闘時の冷徹さとも違う、揺るぎない絶対的な愛を帯びていた。
「僕の法則は、あなたを護り、二度と失わないという『献身』に集約されます。この法則の『初期動作』には、最も重要な変数の確認が必要です」
そして、クライヴは一歩、レナに近づいた。レナは、そのあまりにも強大で絶対的な力に、反射的に息を呑んだ。
「動かないで。これは、僕の法則の最も合理的な証明です」
クライヴは、レナの疲労し、罪悪感で凍りついた体を、優しく、しかし決して離さない、絶対的な力で抱きしめた。
レナの体は、一瞬、拒絶反応を示したが、クライヴの胸から伝わる「愛の法則」の温かいエネルギーが、彼女の心臓の欠落感を完璧に埋めるのを感じた。
それは、裏切りの法則によって凍りついていたレナの魂に、「永遠の献身」という新たな法則を、力ずくで書き込む行為だった。
「僕の法則は、あなたと共にいることで、初めて最大効率を発揮します。あなたの演算の失敗も、あなたが背負う罪悪感も、すべて僕の法則が引き受けます」
囁いた後、その瞳に、聖剣の輝きにも似た揺るぎない愛の光を宿らせ、レナの額に自らの額を寄せた。
それは一瞬だった。
しかし、その一瞬で、二人の間の法則的な結びつきは、誰にも破れないものとなった。
レナは、涙が頬を伝うのを感じた。
それは、「演算」では説明できない、救済の涙だった。




