第85話 EP10-11 封鎖の大砦
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
夕暮れに、北の大砦の高い壁が染まる。魔物だらけの危険な草原を忘れる、美しいオレンジ色である。
オレはリード、十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。幼馴染みと村の皆の仇、帝国の将軍シュッツを追う。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
「無事に着けたみたいだぜ、エレノアさん」
オレは、隣に膝を抱えて寝ているエレノアさんに声をかけた。
寝ている。信じられないことに、この悪条件で平然と寝ている。
幌もない荷馬車だ。レジスタンスの面々八人と相乗りで、隊商を装うための荷物も一緒で、体の痛くなる狭さだ。おまけに、風と土煙を受けながら、ガタガタと揺られているのだ。
そうでなくても、ホワイトウルフの群れと戦った後で、オレでも緊張が抜けきれない。これから、帝国軍に閉じられた大砦に入る、という最難関まで待ち受ける。
「……そうか」
エレノアが、起きた。ハスキーボイスで顔をあげ、揺れる荷台に肘を凭れた。被る布の額の辺りを摘まみあげ、広がる草原を見まわした。
エレノアは、三十歳手前の口の悪い女で、赤い短髪の魔物ハンターだ。オレの師匠で、かつては帝国の将軍だった戦闘狂だ。
「壁の高さが、小砦の倍はあるわね」
ハスキーな呟きは、風に流れて消える。
二頭引きの荷馬車が十台、馬車団を成して走る。空は夕焼け、広々とした草原に冷え始めた風が吹く。馬の足音、荷馬車の車輪の音、巻きあがる土煙が、落ち着かない心を逸らせる。
ホワイトウルフに襲われて、運好く馬も荷台も無事だった。馬は訓練された軍馬だそうで、馬たちだけで追撃から逃げきり、ジラルドが笛で呼んだら戻ってきた。ボスを倒したことで群れが散り、総じて被害も少なかった。
「まさか群れ一つとの遭遇だけで済むとは、私の日頃の行いだな。……いや、レジスタンスの零細な情報網のお陰でもあるか」
エレノアが得意げに微笑する。自信の根拠は、数年を共に暮らすオレにも分からない。いつもこんな感じである。
荷馬車が減速しながら、北の大砦の大門の前を通過する。固く閉ざされた巨大な門を、伸びて視界に入る前髪を手で避け、荷台から転げ落ちそうに仰け反って見あげる。産まれて初めて見る大砦の大門は、なるほどこれなら強い魔物でも壊せないと納得してしまうほどに、とんでもなく大きい。
荷馬車はガタンと一際強く揺れて、すぐ横の人間サイズの通用門の前に停まった。
「ここは私が交渉しよう」
エレノアが立ちあがった。被る土色の布を脱ぎ捨て、赤い短髪を、厳つく立派な黒鋼の帝国鎧を、鮮やかな夕焼けに晒した。
レジスタンスが騒めく。帝国の将軍だった、と聞いてはいても、本物を、胸部装甲にある帝国の剣盾の紋章を見てしまうと、驚かずにはいられない。ショックを受けずにはいられない。
集まる戸惑いの視線に、エレノアが微笑で首を傾げる。すぐに、思い当たったと頷く。
「道に迷った隊商を騙るよりは、帝国騎士の方が自然だろう? 騙し通せると己惚れる気はないが、一瞬でも鍵を開けた瞬間に押し入り、皆殺す。異論はあるまい?」
さすがはエレノアさんだ。容赦がない。
「お任せする。自分たちは、少しさがっていよう」
ジラルドが、危険と汚れ役を押しつけることに心苦しげに、しかし代案があろうはずもないと同意する。土色の布を目深に被り、せめてもと、布の下で剣の柄に手をかける。
オレも、レジスタンスの面々も、布を目深に被って、荷馬車の側に集まる。緊張で息が詰まる。いつとも知れない出番が来るまで、見守るしかできない。
そんな周りの気持ちなど知らぬ存ぜぬとばかりに颯爽と、ガチャガチャと黒鋼の帝国鎧を鳴らし、エレノアだけが通用門の前へ歩み出た。
◇
「んっ、んっ、おっほん」
通用門の前で、エレノアが偉ぶって胸を張り、大仰に咳払いをした。取っ手を兼ねた鉄の輪のノッカーを握り、門をガンガンと強く叩いた。
通用門といっても、人間サイズの片開きの、重く分厚い鉄扉だ。強度も大門に引けを取らないだろう。きっと、魔物であろうと簡単には破れない。
カチャリと、門にある小さな覗き窓が開く。厚い鉄扉の向こうに、覗き込む人の両目が見える。すぐに、カチャッと閉じる。
「至急の伝令である。急ぎ、シュッツ将軍にお取次ぎ願いたい」
ハスキーボイスで名乗りをあげた。
間に合っていない。名乗る前に閉じた。顔を見てすぐに閉じた。
「やはり、入れないのか?」
「帝国騎士の見た目だけで入れるなら、苦労はあるまい」
レジスタンスの面々のヒソヒソ話が聞こえる。オレもそう思う。
直後に、通用門が、ギギギと石の通路を擦った。開くわけがないと思っていた門が、驚くことに開いたのだ。
女の帝国騎士が、重そうに肩で鉄扉を押す。完全に押し開くと、エレノアの前に跪く。
「エレノア将軍。いつか必ずお戻りになると、信じておりました」
背が高く、涼やかな大人美人の、女騎士だ。黒鋼の帝国鎧に、薄紫色のサラサラストレートロングヘアだ。
「おおっ、ジュディス殿か、久しいな。貴殿は、シュッツの部下、しかも大門の衛兵に落ちぶれたか」
エレノアが、再会を素直に喜ぶ声音で応えた。
「エレノア将軍の不在に、貴族騎士トップのハーシャが職務を引き継ぎました。元より対立関係にあった士族騎士たちは、他の隊への異動を自ら望むか、隊を追い出されるか、ハーシャ将軍の下にはほとんど残っておりません」
ジュディスが涼やかな微笑で答えた。いかにも代々が騎士の家系の、知心技体の揃った騎士といった趣きだ。
それに比べてエレノアさんは、とオレは思う。本当に士族で騎士だったのか疑わしい。
「それはさて置き、だ」
エレノアが、ジュディスの後方で戸惑い動揺する衛兵たちへと、切れ長の目を向ける。ハスキーボイスで、大仰に咳払いする。
「うぉっほん! シュッツに伝えろ! エレノアがレジスタンスに与し、復讐に来たとな!」
指さし、宣戦布告した。
「そ、そんな、まさか、あの、鉄の女が……?」
動揺の極みで後退る衛兵が、怯えた目で、どこかで聞いた類の二つ名を呟く。
エレノアが渋い顔をする。
「もっとこう、誉め言葉っぽいのはないのか?」
「ひっ、ひぃっ?!」
情けない悲鳴をあげて、衛兵たちが逃げ出した。しかし、ジラルドもレジスタンスの誰も、追い駆けようとはしなかった。追えなかった。
ジュディスと呼ばれた女騎士が、通用路に跪いたまま動かなかったからだ。
「そういうことだが、ジュディス殿。貴殿はどうする? 私を裏切者として、帝国の敵として、斬るの?」
「無論、その復讐の、お供をさせていただきます。地獄の果てまで、お付き合いいたしましょう」
ジュディスは嬉しさを隠さず顔をあげ、涼やかな微笑でエレノアを見あげた。
「そう来なくてはな。貴殿が味方となるなら、心強い」
エレノアが、悪巧みをする悪女の顔で、ニヤリと笑った。
これだからエレノアさんは、本当にもう、もう、これだからエレノアさんは、とオレは残念な気分になっていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第85話 EP10-11 封鎖の大砦/END
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