第84話 EP10-10 エレノア
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
森の木々と茂みと草が入り交じる。高い葉の間から、細く陽光が差す。風が吹いて、木の葉がバサバサと騒ぐ。
ホワイトウルフの群れに包囲され、森に逃げ込んだ。森の奥へと走るうちに、百人が散り散りになった。この場の六人も、森の中で四十匹ほどのホワイトウルフに囲まれてしまった。
ある程度の視線が通れば、ホワイトウルフは統率ある兵となり、連係する。群れのボスがいれば、ボスの命令に絶対服従の、死を恐れぬ強兵ともなる。
群れの中に、他より一回り大きなホワイトウルフがいる。十中八九、群れのボスである。
その近くには、他のザコより迫力のある奴が四匹いる。指揮官の経験と勘から、他より強い精鋭だと分かる。
勝ち目も、逃げ道もない。策を弄する戦力もない。天才軍師で一騎当千で絶世の美女の私でも、どうにもできない。
私は、エレノア。かつては帝国の将軍で、魔物の溢れる今は魔物ハンターだ。後悔と罪悪感を薄めるために青年の仇討ちを手伝うような、つまらない女だ。
「囮としては、十分な働きよ。騎士ジラルドなら、きっと無事に、北の大砦に辿り着いてくれるわ」
私は、微笑した。無茶な指示に従い、やり遂げてくれたレジスタンス五人を、明るいハスキーボイスで労った。
五人は、何も答えなかった。囲まれたことを再確認して、終わりを悟って、肩を寄せ合った。背中が絶望していた。
「まぁ、軍人の最期なんて、こんなものか」
独り言を呟く。
足元を確認する。周囲を見まわす。天を仰ぐように、高い葉の間から細く差す陽光を、見あげる。
込みあげる感情に、ククッ、と笑う。
「クッ、アーハッハッハッ!」
笑う。長剣を振りあげ、頭上に掲げ、差す光を刀身に煌めかせる。
「頭の悪いボスね、わざわざ姿を現すなんて! ここでボスを討ち取れば、一発逆転、私たちの勝ちよ!」
私の声に、しかし誰も反応しなかった。たった六人で、四十匹相手にボスを倒すなんて不可能だと、私自身ですら理解していた。
「グルルルッ」
精鋭ホワイトウルフ四匹が、私を警戒して、ボスの前に進み出た。私たちからボスへの射線まで塞がれて、いよいよ打つ手なしだ。
私が単独で斬り込んだとして、精鋭に足止めされて、ザコ三十匹以上の波状攻撃を受ける。ボスには届かず、精鋭の一匹も倒せず、ボロ雑巾にされる。
五人が連係してくれるなら、多少は善戦できる。ザコに刻まれる前に、精鋭を何匹か倒して、運が好ければボスに傷をつけられるかも知れない。
当然、私も五人もベストに近いコンディションが必須だ。疲労困憊で戦意を挫かれた現状なんて、論外だ。
最低限、五人の戦意を復活させる。士気を高め、最高潮まで引きあげる。
「それでも、最後まで、死力を尽くしなさい! 私たちが、こいつらを一匹でも多く倒せば、一人でも多くの仲間が助かるかも知れない! 今から倒すザコ一匹が、ハルシア王女を殺すはずだった一匹かも知れない!」
言葉に熱を込める。私には、指揮官には、これしかできない。各々の体を動かすのは、各々の心しかない。
「そうなれば、あなたたちは、ハルシア王女を救った英雄よ! 王国再興の、立役者の一人よ!」
絶望して当然の今さら、王族だの王国だのが戦う理由になるとは思わなかった。でも、レジスタンスの面々は、ボロ教会でヒーラーとして、ときには命懸けで、人々の治療に明け暮れるハルシアという少女を知っていた。きっと、治療を受けたこともあるはずだ。
「ハルシア王女の笑顔のために、あとほんの少しだけ、気力を振り絞りなさい! 子供たちに、平和に笑える未来を残せるなら、命なんて安いものでしょ!」
ハスキーボイスを張りあげた。力の限り鼓舞した。
男が、頽れそうだった膝を、短槍で支える。年長の女が、寄りかかるのをやめて、一歩踏み出す。
『うぉーっ!!!』
五人が、雄叫びをあげた。背中から絶望が消えた。守るために、命を投げ出し戦う覚悟が溢れた。
奇跡が起きた。奇跡を起こせた。
ホワイトウルフ四十匹の警戒が、いよいよ、この六人に集中する。
ボスが一歩さがった。ボスに一歩たりとも近づけまいと、精鋭とザコが包囲の輪を一歩狭めた。今まさに飛びかかろうと、低く身構えた。
木の葉が、バサバサと騒ぐ。
「ギャフッ?!」
上から降ってきたリードが、逆手に握った長剣でホワイトウルフのボスを貫いた。ボスは一つ吠えて、消えた。少し大きめの宝石が、草の上に落ちた。
何が起きたか分からないと、ホワイトウルフどもの顔にあった。レジスタンス五人の顔にもあった。
私以外が呆気に取られて、リードを見つめる。リードは両膝を地に着いたまま、集まる視線の先で、逆手に握った長剣をクルリと回し、順手に持ちかえる。立ちあがり、腰の高さに構える。
私は、楽しすぎて、口元を吊りあげる。長剣片手に、精鋭四匹に飛びかかる。
「アハハッ!」
笑いながら、袈裟懸けに斬りつける。刃を引き戻して、胴へと突き立てる。
反応できなかった精鋭二匹を倒した。残る二匹は、さすが精鋭、反応して素早く飛び退いた。
笑う。ここまで綺麗に策が嵌まるのは、模擬戦でも滅多にない。状況も分からず音だけを頼りにリードが来るか、が不確定要素すぎるようで、どこかで信じていた自分に感嘆する。
笑って、口元を吊りあげたまま、ホワイトウルフの精鋭二匹に声をかける。
「言葉なんて通じないだろうけど、一応、教えてあげるわ。包囲して勝ちを確信してから、負ける可能性を考えるのをやめてたでしょ? だから、負けたのよ」
ホワイトウルフどもが、恐怖した。表情なんて分からない。そんな気がしただけだ。
「グルルル」
精鋭二匹が低く唸って、踵を返して、逃げ出した。ザコどもも、怯えた足取りで追従した。
「アハハハハッ!」
ホワイトウルフの見えなくなった森で、私は高く笑った。自分でも笑ってしまうくらいの、大逆転勝利だった。
◇
ホワイトウルフが逃げ去った森の中で、リードと向き合う。レジスタンス五人は、傷の治療をしている。
「どうして追ってきたの、リード? 私が囮になっているうちに、逃げないとダメでしょ?」
私は、ハスキーボイスで説教した。師匠だから、厳しく接するのだ。リードを強くするためだ。
でも、心のどこかで、嬉しく思う。私を心配して、教えに反してまで、危険を冒して助けに来てくれたのである。
「いやー。強いから放っといても合流してくる、って言ったんだけど」
リードが、気後れを顔に出して、頭を掻く。一歩後退って、少しでも距離を空けようと仰け反る。
「ジラルドさんとハルシアさんが、仲間を見捨てることはできない!、皆で捜す!、の一点張りでさ。仕方なく、オレが一人で捜す条件で納得してもらったんだ」
私は一瞬で理解した。リードは私の心配なんてしていなかった。
「うわっ?! エレノアさん、怒ると皺増えるって」
リードが私の表情の変化を見て、さらに距離を空けようと仰け反る。その頭を、握り拳で小突く。
「痛っ! いや、オレは悪くないだろ?」
不満げにするリードを、微笑で睨む。
「ん? そう?」
私は、エレノア。魔物の溢れる帝国で、魔物ハンターをして、弟子の青年リードと暮らす。後悔と罪悪感を薄めるために、その仇討ちを手伝うような、つまらない女だ。
でも、つまらない女でいいかとも思う。こんな生き方も悪くない。私はリードに救われたと、ずっと前から知っている。
◇
模擬戦の対戦相手は、皆が口を揃える。
「追い詰めて、勝利を確信して、勝ちを決めようとすると、なぜか、指揮官を討たれて逆転負けするのだ。負けて初めて、罠だったと気付く。蜘蛛の巣のように幾重にも張り巡らされた罠に、自ら飛び込んだのだ、とな」
いつしかその女将軍は、とある二つ名で、味方にも恐れられるようになった。
かつて帝国にいた、若き天才軍師で一騎当千で絶世の美女の、今となっては、昔話だ。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第84話 EP10-10 将狩りスパイダー/END
読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでくれる人がいると、書く励みになります。




