48. エストの決意
翌日、天気にも恵まれ、恵麻とエストはのんびりと王都の街を歩いていた。
さすがに王都にはエストの知人もいるし、そもそもエストは目立つので、髪色を変えて一般庶民の服を着ている。恵麻はそのままだけど、まあ大丈夫だろう。
「なんかさ、初めて街を歩いたときのこと思い出すね。エストこんな感じで変装してたっけ」
「ああ、アノンのこと?懐かしいね。あの時ラナはまだ猫で、私の肩に乗ってたね」
「うん、猫もなかなか居心地良かったよ」
王都の街はとにかく賑やかだ。キーラやシンシアとも何度か出かけたけれど、とても一日では回りきれない。
その規模は元の世界の繁華街とも言えるレベルだ。違うのは、日が落ちると飲み屋以外の店は閉まるところ。そしてその飲み屋も、朝まで開いているところはない。
恵麻はエストと共に、特に目的もなくブラブラと街を歩いた。気になるお店があったら覗いてみたり、屋台でお饅頭のようなお菓子を買って公園で食べたり。
エストは終始楽しそうで、美味しそうにお饅頭を頬張る姿は10代にも見える。
(こうしてると、本当に普通の、男の子だよね)
ドラゴン相手に一人で戦ったり、王宮で自分よりずっと年上の貴族たちを相手にしているなんて、きっと普段のエストを見たら誰も想像しないだろう。
何かにつけて恵麻に物を贈ろうとするエストをなんとか宥めている内、あっという間に夕食の時間になった。
店はエストが手配してくれていた、少し小洒落たレストランだ。恵麻がごちそうすると言ったのに、結局店の手配はエストにさせてしまった。申し訳ない。
食事はどれも美味しくて、少しだけお酒も飲んだが飲みやすく、恵麻は上機嫌だった。エストは意外なことに、お酒に全く酔わない体質らしい。「私にとっては正直、水と変わらないんだよね」と言いながらグラスを傾けるエストは、もはや魔王だ。対して恵麻はあまり強い方ではない。一杯だけ飲んだ状態で、ちょっとふわふわしている。
わいわい、がやがや。
店は心地よい喧騒に包まれている。
「…あのね、ラナ」
「うん?」
一通り料理を堪能したところで、エストはカトラリーを置くとゆっくりと話し出す。
「私ね、今、大士にならないかって言われているんだ」
「…、そっか」
老人になってしまった元大士は、色んな罪が明らかになっているけれど、本人が最早罪を償える状態ではないため、精霊塔の地下に幽閉されているということだ。恐らく、何もしなくても、もう長くないだろうとのこと。
自分がしでかしたことも忘れているようで、時々面会に現れるエストを嬉しそうに出迎えているらしい。
「正直、もう精霊塔も王宮も、懲り懲りなんだ。ずっと、国のために、民のためになると思ってやってきたことが、全部大士の掌の上で、信じていた人たちも皆、裏ではぜんぜん違うことを考えてて。国どころか、人とも、関わりたくない気分だったんだよ」
「エスト…」
恵麻の脳裏に、森で一緒に過ごしていた当時のエストの姿が思い出される。
彼は穏やかで、寂しそうで、何かを諦めていた。
「ラナに出会って、一緒に過ごして、精霊士としての私だけじゃなくて、ただの私も好きだって言ってもらえて…それにラナは、当然のように私が精霊士ではなくなった場合の生き方のことも、考えてた。覚えてる?これからの仕事選びに治安は大事だって、力説してくれたよね」
「…もちろん、覚えてるよ。その、事態の深刻さを把握していなかったというのもあるけれど、精霊士っていうのは一種の職業だって思ってたから…エストがそれ以外の生き方をするのも、当然だと思ってた。でも、私は今もそう思ってるよ。エストは好きに生きるべきだし、外野に何かを強制することは出来ないと思う」
エストはずっと誰かのために生きてきた。
確かにエストには他の人にない、精霊士としての才能がある。それは国にとってとても有用だ。でも、これからは彼の好きなように生きたって、良いじゃないか。才能があるからって個人を殺して良いことにはならないはずだ。
「ありがとう、ラナ。…私は、もう、好きに生きたいんだ」
「うん」
「だからね、大士になろうと思う」
「…そっか」
「あれ。…驚かないんだね?」
「うーん、そうだね。エストがどの道を選んでも応援するつもりだったから」
「…ラナには敵わないな」
エストは苦笑している。
そんなことはない。恵麻なんて、エストの足元にも及ばない。
「好きに生きたい。私の幸せをつかみたい。そう思って、その上で…自分が見て見ぬふりをしたがために誰かが不幸になっていたら、やっぱり自分も幸せになれないって、思ったんだ。…ほら、旅をしていた時、王都に近い村でも想像以上に貧しい暮らしをしていたことがあったよね。私の力だけで、そういうところ全部を変えていけるとは思えないけれど、でも、何もしないのはやっぱり、嫌だ。…だから、私の好きにするために、大士になろうと思うよ」
エストはそう言うと、何か吹っ切れたような顔をして笑っている。
先程街を歩いていたエストは少年のようだったのに、今目の前にいるエストはずっと年上の大人の男性みたいな顔をしている。
「…うん、エストらしい。とっても素敵だと思うよ。陰ながら、応援してる」
「ありがとう、ラナ」
恵麻にはそう言って笑うエストが、とても眩しく見えた。
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