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24. 侵入





まだ夜が明けきっておらず、薄闇から空が暁色に染まる頃、恵麻はエストと共に公爵家の奥の部屋にいた。



「…エスト、今更なんだけど、どうやって精霊塔に行くの?」


うっかり忘れていたのだが、ここは公爵家であって、精霊塔や王宮がある王都へはまだ馬車で1日ほどの距離があると聞いていた。

しかしエストは、今から精霊塔へ忍び込むと言っている。どうやって移動する気なのだろうか?


「うん、それはね」

「二人共、準備できたぞ」


エストが口を開くのと同時に、部屋の扉が開き、ダスティンが入ってきた。


「実際に見たほうが早いかな」


そう言うとエストは恵麻を抱き上げ、ダスティンとともに扉の奥へと移動する。


そこには、まさに漫画などで描かれる、魔法陣のようなものがあった。

しかも、光っている。


「これは…?」

「これは転移陣。これを使えば、同じものが設置されている場所へ、瞬時に飛べるんだ」

「ええ!?」



恵麻がこの国に来てから見てきたものは、お世辞にも恵麻の暮らしていた世界とは程遠いとしか言えない交通事情だ。列車のようなものが最高峰で、王都周辺にしかなく、基本は馬車または徒歩。



それがどうだろう、これは元の世界の技術など足元にも及ばない、とんでも技術ではないか。



「そ、そんなすごいものがあるの?」

「うん。でも、国にも転移陣は3つしか無いよ。王宮、国の最南端にあって外交窓口となっているアゼランダ港、そしてここ」

「そんなすごいものが、ここに…?」

「俺の曽祖父さん…当時の王弟が、精霊士と一緒に開発したらしい。まあ、言い出しっぺだからここにあるってことだな」

「すごい技術なんだけど、再現性がないんだ。とにかく構造は複雑だし、設置するだけで国家予算並みの費用がかかる。開発したは良いものの、量産できず今に至るんだよね」

「なるほど…」

「けれど、これがここにあってよかった。これを使えば王宮まで飛べるから、隣接する精霊塔へもすぐだよ」



エストはそう言うと、恵麻を抱いたまま転移陣の真ん中に立つ。

ダスティンはそれを見届けると、壁に取り付けられた大きな赤い宝石のようなものに触れた。



「起動するぞ」

「ダスティン、頼みます」

「あぁ。…二人共、気をつけてな」

「にゃあ」



恵麻が気の抜けた鳴き声を上げると同時に、転移陣が一段と眩しく光る。

恵麻はギュッと目をつぶった。









そして、数刻後。

恵麻とエストは無事に王宮にあるという転移陣に飛び、そこから精霊塔へと向かっていた。

早朝ということもあり、人気はない。それでももちろん、警備の騎士がいるため、エストは目眩ましの術とやらをかけて足早に道を駆けている。



「にゃう…」

「ラナ、大丈夫…?」


走りながらもフラフラとしている恵麻を、エストは小声で心配している。


酔ったのだ。転移陣での移動は一瞬だが、秒速数回転ほどしたような感覚があり、慣れない感覚に恵麻は乗り物酔いを起こした。


「大丈夫、目が回っただけ…」

「無理しないで。厳しければ抱っこするよ」

「大丈夫…」


今は酔っている場合ではない。

恵麻は自分を奮い立たせて、必死にエストの後を走った。





「…ここだよ」


しばらくして目の前に現れたのは、背の高い長細い建物だった。円柱に近い形で、白い壁に所々蔦が伸びている。恐らく、5階建てくらいの高さだろう。

そしてその塔を挟むように、お屋敷のような建物が両脇に建っている。

元の世界ほど背の高い建物がないこの世界においては、かなり大きい部類の建物だと言えた。全て合わせて見れば、この建物だけでちょっとしたお城に見える規模だ。



「思ってたより大きいね。どうやって入るの?」

「解錠方式が変わってなければ良いんだけど」


エストはそう言うと、扉の鍵部分に手をかざし、何やら呟く。

するとカチリと音がして、扉が開いた。



「良かった。変わってない」

「どうやったの?」

「精霊塔の鍵は、基本的には精霊術で開くんだ。登録されている精霊士の霊力に反応する仕組みだよ」

「そうなんだ。あれ、でも…エストは追放されたのに、まだ扉が開くの…?」

「いや、さすがに開かないと思う。私が今やったのは、鍵に対して過剰な霊力をぶつける方法だよ。術を破れるように」

「えーっとつまり、壊したってこと?」

「まぁ、そういうことだね」

「そんな簡単に壊せたら、精霊塔なんて入り放題なんじゃ…?」

「んー、こんなことできるのは、霊力がそれなりにないとだから…私と大士くらいかと思うよ」

「おお…」

「ここからは仕方がないから、鍵は壊していくよ」


脳筋なやり方だが、今回は仕方がないだろう。他に手がない。



エストは同様のやり方で扉をこじ開け、進んでいく。途中見張りの騎士や精霊士もいたが、何とかやりすごし、ついに二人は大士の執務室に到着した。


「ここが執務室。隣が大士の私室だよ。大士はここ数年、王都の屋敷で寝泊まりしているから、この私室の方にはいないはずだけど…一応、気を付けてね。私が霊術具を置いてきたのは、執務室の方だよ」

「分かった、行ってくるね」



エストが鍵を破壊し、恵麻だけが中に入る。

目眩ましをかけているとはいえ、もし部屋を探索中に誰かが入ってきたら、さすがにバレる可能性が高い。そして扉の前にでも立ち塞がられたら、窓から飛び出すくらいしか逃げ道が無くなる。ちなみにここは最上階だ。


というわけで、袋小路である部屋の探索は、予定通り恵麻の仕事だ。

エストは退路を確保するため、部屋の外で待機。




部屋は広く、大きな机が窓際にどんと鎮座している。

机の上には大量の紙束。無造作に羽ペンのようなものが転がっていて、お世辞にも整理整頓されているとは言えない。


部屋の奥には扉が一つ。これはエストが言っていた、私室だろう。

扉に耳を当てて聞き耳を立てたが、音はしない。猫の聴覚をもってしても、人の気配は感じられなかった。


念のため扉の取っ手に飛びつき、扉を開けることにした。3回ジャンプして、何とか成功。



予想通り、私室には誰もいなかった。

大きなベッドとクローゼット、それに机と椅子。誰も使っていないのか、ベッドのシーツはキレイに整えられたままだ。


一応私室も見て回ったが怪しいものは見当たらない。


誰もいないことは確認したので、執務室の方の探索に集中することにした。




(えっと、まずは霊術具…貝みたいな形って言ってたよね…)


エストいわく、音を記録できる霊術具は、本棚の本の奥に隠したらしい。確か上から3段目だったと言っていたけど、確信はないそうなので、ちゃんと調べる必要がありそうだ。



執務室の部屋の壁際には、大きな本棚が2台備え付けられている。恵麻は身軽に本棚の棚に飛び乗ると、まずは3段目を調べるが、めぼしいものは見当たらない。恵麻はもう一度本棚に飛び乗ると、上から一段一段、調べて回った。



(あまり時間はない。さっさと見つけないと…)


調べながらも、何となく本棚に並べられた本を見る。そして恵麻は、ぞっとした。文字が全て、読めないのだ。


(会話は出来ているのに…)


恵麻はエストと、そしてシェドとも問題なく会話が出来ている。町行く人も、ダスティンも、会話はできないが、何を言ってるかは分かる。



でも、エストやシェドと会話ができるのは、シェドの介入があったからだ。

もしかして、人間に戻っても、恵麻はエストやシェド以外と、会話ができないのではないか?

言っていることはわかっても、恵麻の言葉は伝わらないのではないか。



そう考えると、心臓がぎゅっと掴まれた気がする。



(…いや、今は関係ない。とにかく、霊術具を探さないと)



恵麻は頭をぶんぶん振ると、探索に戻る。

改めて本棚の隙間を見て回ると、本の奥に貝殻のようなものが挟まっているのを見つけた。


(あった!!)


恵麻は猫の手で必死に本をずらし、奥にある貝殻のようなものを引きずり出した。

それを咥えると、エストが首からぶら下げてくれた袋に入れる。



(あとは、着服の証拠、だけど…)



予想外に、文字が読めなかったので、こちらの探索は絶望的だ。




実は恵麻は、文字が読めると思い込んでいた。町で見た看板なんかは、何となく意味がわかっていたのだ。だから、きっと文字も読めるのだろうと、そう思っていたのだけれど。

今思えば、看板は一度エストが読んでいるのを聞いていた。だから、同じ文字…例えば宿屋を表す文字なんかは、覚えていたのだろう。



この国ではあまり看板でも文字を使わない。絵で表現されていることが多い。本の類も、公爵家の本棚に並んでいるので初めて見たし、ちゃんと文字を見たのは、この部屋に入ってからが初めてだ。


(識字率が低いのかな)


そもそも、文字を読めることが一般的ではないのかもしれない。それならば、町であまり文字を見かけないのも納得だ。



いずれにせよ、書類の類は恵麻には探せない。が、とりあえず怪しいものがないか、恵麻は部屋を見て回ることにした。





執務室は書類ばかりで、恵麻にはよく分からなかった。しかも本棚の本や机に山積みになった紙束は、ホコリを被っている。大士はどうやら最近、仕事をサボっているようだ。



(ん?)



歩き回っていると、部屋の隅にこれまた紙束に埋もれた金庫のようなものを発見した。

金庫といえば大事なものだが、紙束に埋もれている時点で、大事にされていない。


(でも、紙が新しい気はする)


他に放置された紙と比べて、日焼けの跡もないし、埃っぽくもない。

恵麻は一応、金庫が開いていないか確認した。



(ま、当然か)


金庫には鍵がかかっていて、当然のごとく解錠不可だった。


(でも、エストの真似をしたら、開いたりして)


この金庫には鍵穴が見当たらない。部屋の鍵と同じ、精霊術とやらで鍵がかかっているのだとしたら、大精霊の器である恵麻にも破壊できたりしないだろうか。



恵麻は試しに鍵に手を当て、エストの真似をして唸ってみた。



「まぁ、そう簡単にはいかないか」


鍵はうんともすんとも言わず、ダメ元とはいえ恵麻はちょっぴりがっかりした。

去り際にぺしりと肉球で鍵を叩き、そろそろエストの元に戻ろうと振り返ると、背後でバキン、と音がした。


「…え?」


恐る恐る振り返ると、金庫の鍵が割れている。真っ二つに、だ。


(や、やっちゃった…?)


開いたのは良いが、こんなに壊されていたら侵入者がいましたと言っているも同然だ。


恵麻は慌てて金庫を開け、中を確認する。



そこには真新しい紙束と、よくわからないが石のようなものが入っていた。


先程の音はそこまで大きくはなかったが、音を聞きつけて誰かが駆けつけるとも限らない。

恵麻はとりあえず石を袋に突っ込み、紙束を咥えると部屋を出るために駆け出した。



だが。



バタバタバタ、と足音が聞こえる。

部屋の外からだ。


(やっぱり、やっちゃった…!?)



金庫なくらいだから、開けられたら警備に連絡が行くとか、そんな仕組みになっていたとも限らない。

恵麻は扉の前でうろうろとした。飛び出して、逃げ出すべきか。それとも一度部屋に隠れて様子を伺うか。



緊急事態のときは、恵麻とエストは塔の前で落ち合うことになっている。

なんとか塔の外に出て、エストと合流しなければ。



迷っている内に、足音は部屋のすぐ前まで迫っている。

恵麻は部屋から出ることを諦め、咄嗟に奥の私室に駆け込んだ。



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