20. カミングアウト
翌朝、とりあえず計画を立てた二人は、再びダスティンと面会し報告することになった。
「良く眠れたか?」
「お陰さまで」
「にゃおん」
返事をした猫を見て、ダスティンは微笑ましそうに笑う。強面だが、笑うとちょっと可愛い。どうやら彼は猫好きのようだ。
「昨晩、計画を立てました。粗が目立ちますが、時間もないので、もうこれで行くしかないかと」
「聞かせてくれ」
「まずは現状の整理ですが、陛下を説得するにも、大士の陰謀の証拠が必要です。そして当ては2つ。まず一つは、昨日話した通り、私が大士の部屋に仕込んだ霊術具です。バレずにまだあるとして、それを回収すれば、十分な証拠になります」
「そうだな。現状、それが頼みの綱だ」
「それと、こちらはおまけ程度ですが、もう一つ。私がこれまで精霊士として動いてきた中で、今思うと明らかに不自然なものがあります。資金の流れです」
「着服か?」
「恐らくは。精霊塔には大きく、国からの支援金と、各領地からの依頼金が入ってきますが、ここ数年、やたらと各地からの依頼金が入る一方、精霊士の派遣は増えていませんでした。私は当時何の疑問も持たず、他の精霊士が動いていると言う大士の言葉を信じていたのですが…今思えば、依頼金が払われていたのは元精霊士や、大士が斡旋した者が婿入りをした領地ばかりです。依頼金という名目で、大士に資金を流していたのだろうと思います」
「なるほど」
「その証拠が手に入れば、とりあえず大士が清廉潔白ではないということは明らかにできます」
「わかった。では、狙いはお前が設置した霊術具、そして着服の証拠だな」
ダスティンが今回の計画の目的を確認したところで、最大の問題を投げかける。
「それで、その記録媒体と資金に関する資料だが。どうやって入手するか、というところが、最大の難点だな」
「それなんですが」
エストが恵麻をチラリと見たので、恵麻は頷いた。
「私とラナで潜入します」
「は?」
ダスティンが恵麻の方を見る。その顔は明らかに、こいつ何いってんだ?の顔だ。
そりゃ、そうだろう。猫と潜入捜査すると言われて、はいそうですかと言える人はいない。
「ラナは、普通の猫ではありません。というか、猫ではありません」
「まあ、そりゃ、お前が命の恩人だからと大事にしているのは知っているが…」
「そうではなくて、猫ではないのです。彼女は人間です」
「…」
ダスティンのエストを見る目が、何やら憐れみに包まれ始めた。
やはり、簡単には信じてもらえないだろう。
恵麻はダスティンの近くにとことこと進んでいくと、「にゃ」と声を掛けた。
「ダスティン、ラナに話しかけてください。難しい指示でも構いません」
「いや、そう言われてもな…」
ダスティンは戸惑いを隠せない様子だが、あまりに真剣なエストに根負けし、恵麻にいくつか指示を出した。
「ラナ、その棚の上にある花瓶の中から、赤い花を持ってきてくれないか」
「にゃ」
恵麻は言われた通り、棚の上にある花瓶から赤い花を取ってダスティンの元へ戻る。
ダスティンはかなり驚いていたが、まだ、頭の良い猫だとしか思っていないだろう。
「…そうだな…ラナ、俺の上着をとってきてもらえないか?」
「にゃ」
ダスティンは今度は、上着の位置を言わなかった。
でも、恵麻には関係ない。ソファの上に投げ掛けられている上着を咥えると、ダスティンの元へと持っていく。
「…」
ダスティンは黙り込んでしまった。
「信じてもらえないかもしれませんが、彼女は人間の女性です。そして、大精霊シェドバーン様の器です」
「は…?」
エストはそれから、ダスティンに恵麻のことをかいつまんで説明した。
「…つまり、ラナは人間の女性で、こちらの世界に来る際に身体が傷ついてしまったから、シェドバーン様に猫の姿を与えられたと?」
「そういうことです」
「うにゃにゃうにゃ」
「ちなみにラナの言葉は、私にだけはわかります。シェドバーン様にそのように計らってもらったのです」
「にゃあー」
「今は、信じてほしいなーと言っていますね」
「にゃ」
掛け合うエストと恵麻の様子に、ダスティンは頭を抱えた。
「お前が俺に嘘を吐くとは思っていないし、そんな嘘を吐くメリットもないだろう。そうは思うが、何とも信じがたいな…」
「それは仕方ないと思いますが、ですが事実です」
「はあ…」
「にゃあご」
「とにかく、ラナは人間ですので、私達の会話も計画も、全て理解しています。その上で、猫の姿を利用して、精霊塔に忍び込みます」
「にゃ!」
「そうか!猫ならば、警戒されることは少ないか」
「はい、そういうことです。部屋の探索はラナにやってもらいますが、私も同行します」
「いや、なんでだよ!ラナが行ってくれるなら、お前は待機すべきだろう」
ごもっともな突っ込みに、恵麻も思わず頷いた。
だが、エストの意思は変わらない。彼は案外、頑固なところがある。
「ラナでは部屋の位置などわかりませんし、閉まっている扉を開けたりするのに苦労するでしょう。私は目眩ましの術をかけて、彼女のフォローをします。精霊塔の鍵は精霊術で開くものが多いので、私が行った方が良いシーンも多いはずです」
「お前な…、危険だろう」
「正直どう考えても、ラナを一人であの精霊塔へ向かわせるなんてこと、できません。どうしても無理です。心配で吐きそうだ」
「エスト…」
「にゃ…」
ダスティンと恵麻はそっと見つめ合った。今なら彼とわかり合える気がする。
「…わかったよ。元々大士の方はお前に任せる約束だったしな」
「ありがとうございます、ダスティン」
「証拠が手に入ったら、俺の出番だ。陛下の説得にかかる」
「わかりました。侵入は明朝行います」
「明日か?早いな」
「精霊塔の警備が最も手薄になるのは早朝です。大士が計画を実行に移すまで、そう時間もないと思いますし、善は急げです」
「そうか。二人とも、くれぐれも気を付けろよ」
「はい」
「にゃ!」
恵麻が元気良く返事をすると、ダスティンがひょいと恵麻を抱き上げた。
「しかし、ラナ、お前本当に人間なのか?どう見ても猫だが…」
「にゃーん、にゃあご…」
(そうなのよ、人間なのよ…もう猫に慣れちゃったけど)
恵麻が深々とため息を吐きつつ相づちを打つと、エストがすかさず恵麻を取り返した。
「ラナは人間ですよ。しかも女性です。軽々しく触るのはどうかと」
「今は猫だし、お前も触ってるじゃねえか」
「私はラナに許可を得ています」
「…じゃあ俺も許可をもらえば良いんだな?なぁ、ラナ」
ダスティンは何とも面白がっている様子で、ラナに許可を求める。
別に抱っこくらい構わない。でも、これまでの経験でエストが何だか嫌がりそうなことはわかっているので、とりあえず無難な返事をすることにした。
「にゃにゃにあご」
(有事の際はお願いします)
「…だめだって言ってるよ」
(エストさん?)
恵麻がじとりとエストを睨み、エストがすっと恵麻から目を逸らす。
二人のやり取りを見て、ダスティンは心底面白そうに、大声で笑った。
「あのエストが猫とはいえ女と気軽にやり取りするとはな。これは明日、槍でも降りそうだ」




