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15. わりと裏ボスが似合うと思う



初めての人里である港町は、とても良いところだった。

町の人は大方親切で、買い物をするのにもおまけをしてくれたり値引きをしてくれたり、エストの顔面力によるものもある気がするが、とにかく変なことにはならない。夜になっても女性一人で歩いている姿を見たので、治安も悪くはなさそうだった。

恵麻は猫なので、好きにうろついていたが。



エストは安いところではあるが、宿をとって宿泊していた。

設備を見たら、共同ではあるがトイレやお風呂らしきものもあって、食事はナイフとフォークスタイル。時計はない。一般人にとって時計は高価なので、町に一つはある鐘の音で大体の行動を決めているらしい。


違うところはあるが、驚くような違いもない。

それがこの国の生活様式だった。



2日ほど滞在したら、次の町へ向かった。

恵麻とエストは徒歩だが、移動手段は馬がメインだそうだ。馬車か、騎馬。でも高いし乗り合い馬車はゆっくり走るようで、大抵の庶民は徒歩で移動するらしい。



ちなみに王都のような大きな都や街の周辺には、列車のようなものが存在するらしいが、エストの話を聞いて恵麻が想像しているだけなので、形は違うかもしれない。とにかく精霊術の結晶なのだと、エストは言っていた。船も同様で、一般人は乗らずに一生を終えるような代物らしく、故に海を隔てた国々との交流もそこまで盛んではないとのこと。



本当に、お話の中の世界のようだ。

エストは時々猫に話しかける不審者になりかけながらも、一生懸命色々なことを話してくれた。





もう慣れっこの野宿を挟みながら数日歩き、二人は次の町へと到着した。

ここは町というより、村だ。畑のようなものが広がっていて、ポツリポツリと家がある。家は大抵平屋で小さい。聞いたところによると宿は1件だけのようで、恵麻からすると民宿のような場所だった。


でも、村の広場のようなところには精霊術を利用した水道施設があったし、夜は灯りが少ないので恵麻のような猫の目がなければそもそも出歩けない状態ではあったが、村人が痩せ細っているとかそういうこともない。

本当に、静かな田舎といった雰囲気だった。




「あんた、旅をしているのかい」


一泊して翌日、出発の準備をしていると、宿のおかみさんがエストに話しかけてきた。


「はい、旅の途中でして」

「どっちの方にいくんだい?」

「これからは、北に向かいますが」


エストが答えると、おかみさんは北か、と呟く。


「北というと、目指しているのはアリヤナクアの街かい?」

「…はい、そこも通ると思います」

「アリヤナクアは良いが、そこに至るまではまだ遠い。それに今、治安が悪いよ。十分気を付けな」

「治安が?そこまで悪いのですか」

「元々貧しい村が多かったところに、ここ最近災害続きだったようだよ。食えなくなると土地は荒れる。仕方のないことだ」

「騎士や、精霊士は…」

「騎士様に精霊士様?こんな田舎に、来るわけないじゃないか」

「来ない?では、この村の設備はどうしているのですか」

「運良く村に精霊術の使える者が多少でもいれば、そいつがやる。いなければ終わりさ。…あんた、良いとこの出身なんだねえ」

「そう…ですか」



エストはおかみさんにお礼を言うと、村を出た。

追われる身なので、エストは精霊士であることなど隠して旅をしている。だから今、村の手助けをすることも、もちろんできない。


「エスト、大丈夫?」

「あ…、うん、大丈夫だよ。ごめん、気を遣わせちゃったね」

「ううん。心配しただけ」

「ありがとう。…この国に精霊術が行き届いていない場所があることはもちろん分かっていたし、精霊術が皆が使えるものではない以上、人も資材も有限だから。こんなこと言ってはいけないのだろうけど、豊かさに差が出るのは、現状避けられないことだと思う。…でも、この辺りが貧しいっていうのは、ちょっと予想外だった」

「そうなの?」

「この辺りは確かに主要都市はないけれど、でも、王都からそこまで離れているわけではないんだ。私たちが今向かっているアリヤナクアも、公爵領で国の中ではかなり大きい部類に入る。王都からケームノックの森、港町アノン、アリヤナクア。今いるこの辺りは、近くはないけれど、今挙げた大きな街から、ものすごく遠いわけではないんだ」

「確かに。時間はかかるけど、歩いて向かっているわけだしね」

「そう。そんな大きな街に挟まれている場所なのに、貧しくて治安が悪く、騎士も精霊士も派遣されることがないって言うのは…ちょっと想定外だったんだよ」

「そっか…確かにそれは、気になるね」

「情けないよ。私は何も知らなかったんだな。私は昔から王都周辺ばかりに派遣されていて、実は地方にはほとんど行ったことがないんだ。もしかしたら私が考えているよりずっと、この国は貧富の差が激しいのかもしれない」



エストはそう呟くと、視線を下げる。

限りある資源を取り合う限り、貧富の差はどうしても生まれるのだろう。悲しいけれど、それが現実だ。



「でも、じゃあ、その現状を今知れたってことは、何か今後に活きるかもね」

「今後に?」

「うん。エストがこれからも精霊士でいるなら、こう…活動の方針決定に活きるかも。現場を実際に見た上での判断って大事だし。でも、精霊士をやめたとしても、住む場所とか考える上で大事じゃない?治安って」

「住む場所?…私の?」

「え?うん、エストの。エストは今回の件、色々片付いたら、好きに生きていけるんでしょ?」

「え、…そう、かな?」

「落ち着いて暮らしていくとしたら、治安とか町の豊かさって重要じゃない。仕事選びにも関わるし」

「仕事」

「豊かさは職種の豊富さにも繋がるよね?あ、でも、精霊術が使えたら、かなり重宝されるんだっけ。食べていく分には困らなそう」


恵麻が独り言のように呟いていると、エストがポカンと口を開けてこちらを見ていることに気付いた。


「え、エスト?どうしたの?私、何か変なこと言った?」

「あ、いや、ごめん。何でもないよ。…ただ、好きに生きていくって発想が、なんか、斬新で」

「ざ、斬新?そうかな?」

「いや、普通はそうじゃないんだと思うけど…何ていうか、自分で自分の生きる道を、そういえば決めたことが、あまりなかったから。精霊士になるっていう選択肢以外、存在していなかったし」

「あ…」


そういえば、そうだ。

エストの身の上話をちゃんと聞いたことは無いけれど、彼は幼い頃から精霊士になるよう修行をしてきたのだ。

今はこうして大士を倒す旅をしているが、それも、別にエストが好きでやっていることではないだろう。そうする必要があるというだけだ。


恵麻だって、人のことは言えない。

元の世界での自分は、お世辞にも幸せだったとは言えなかったし。

でも、だからこそ、エストには幸せになってほしかった。


「ごめんね、エスト。私、エストの事情も知らず、なんかお気楽なこと言ってるのかもしれない。でも、前も言ったけど、エストはずっと頑張ってきたんだから、これからは好きなことやって、好きに生きて、幸せになるべきだよ」

「好きなこと…」


エストは恵麻の言葉を噛みしめるように繰り返すと、下を向いてしまう。

やはり余計なことを言ったかなと、恵麻を後悔の念が襲った。


謝るべきかと視線を彷徨わせていると、ふと、エストが顔を上げ、恵麻をしっかりと見つめた。


「…うん。好きに、生きるよ。そうすべきだと、私も思う」


そう言ったエストの顔色はすこし明るく見えて、恵麻はとても、嬉しくなった。


「じゃあ、まずはこの旅を無事終えないとね!」

「うん、そうだね。それに、この機会にこの国のことを知れるのは、良いことだと思う。せっかくだし色々勉強しようと思うよ」

「そうだね」

「とにかく、おかみさんが言うには治安が悪いんだ。ラナ、気をつけてね」

「猫は強盗にも遭わないし、平気よ。エストこそ」

「大丈夫。こう見えて、私は結構強いんだよ」


確かにエストって、闇落ちしたら裏ボスとかになりそうだなと、恵麻は思った。    



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