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13.大精霊も若い頃はヤンチャだったようです



シェドはまた日が満ちる頃に来い、と言ったが、それがいつなのかは恵麻にもエストにもわからなかった。

また日が昇ったらという意味かと思い、翌日の日中に同じ場所へと出向いたがシェドは現れず。

結局二人は近くの洞窟を拠点に、焦る気持ちを押さえ、またシェドに会える日を待つことにした。



「全く、いくら人間に疎いからって、シェドって適当すぎる。このまま1年位会えなかったらどうするつもりなのかな」

「さすがにそこまで会えないことは無いと思うけれど…精霊は人とは違う存在だからね。時間感覚がかなり違うのは、仕方ないかもしれない」

「だったら代替わりとやらに人間を巻き込まないでほしいよね…」


恵麻が呆れた調子で言うと、なぜかエストが申し訳無さそうに眉を下げる。


「ラナからしたら、本当に迷惑な話だよね。元の世界から強制的に連れてこられたわけだし…その、ごめんね」

「えっ!?どうしてエストが謝るの!エストのせいじゃないでしょ」

「そうだけど、何となく」



常々思っていたが、エストは人が良すぎる。

ここまで素直な好青年だと、逆に怖いくらいだ。

彼に責任を感じさせないためにも、恵麻は元の世界での生活を少し話すことにした。


「いいの。ちょうど、元の世界で仕事とかうまく行ってなかったし、いい気分転換だって思えるくらいよ」

「ラナの仕事って、どういう仕事だったの?」

「えっと、会社…って、通じないよね。うーん、要は大きな組織で、作ったものを売ったり、書類を作ったり計算したり、事務作業をしたり。それが結構、大変で」

「商会みたいな感じかな。忙しかったの?」

「うん。朝から働いて、日付が変わっても帰れないくらい」

「えっ…?」

「毎日毎日朝から晩まで働いて、しかも好きな仕事じゃなかったから全然楽しくなくて。もう疲れたーって思ってたときに、事故に遭って、それで気づいたらここにいたんだ」

「朝から夜まで…って、そんなに働いたら、倒れてしまうよ」

「あ、こっちの世界ではそんな働き方はしない?」

「仕事は日が昇ってから、夕の鐘が鳴ったら終わりだよ。それ以降も働いているのは医者とか緊急性の高い職種だけだね」

「わあ…ホワイト…」

「?」


エストは不思議そうに首をかしげている。

異世界はなんとも労働者に優しいようだ。


「まあ、だから、ここでの生活もそれなりに楽しんでいるから。エストが気にすることじゃないからね」

「それなら、いいんだけれど」

「それより、私も聞いていい?エストって、精霊士…ってやつなんだよね?それってどんな仕事なの?」

「そうか、ラナの世界には精霊はいないんだっけ」

「うん」


エストはしばらく考え込んでいたが、ゆっくりと話し出した。


「そうだな…。精霊士の仕事は多岐にわたるけど、今一番多いのは、街の整備かな」

「街の整備?」

「精霊術を使うには、素質と鍛練が必要なんだけれど、今は霊術具っていう道具があって、それを使えば誰でも簡単な精霊術が使えるんだ。それを応用して、町に灯りを設置したり、火を起こせる道具をおいたり、水を各家庭にひいたりしている。でもそれを作るのもメンテナンスも、簡単にはできないんだ。精霊士は、そういう仕事を請け負ってる」


精霊というくらいだから、勝手に儀式とか神秘的な仕事を思い浮かべていたが、どうやらメインはインフラ業のようだ。 


「なるほど…。精霊術って、誰でも使える訳じゃないんだね」

「うん、残念ながらね。だから精霊術が使える人は、どんな場面でも重宝されるよ。精霊士もそんなに多くはいないから、大体は大きな街の整備に駆り出されてて、人手不足」

「エストが前に、人は精霊術がなければもう生活できないって言ってたもんね」

「うん。精霊術がなければ大抵の人は火も起こせないし、水も飲めないよ」

「電気じゃん…」

「?」


エストはまたしても不思議そうに首を傾げたが、さらに続けてくれた。


「あと多い仕事は、精霊術を必要としている人のところに赴いて、手助けすることかな。例えば水害があった土地に赴いて復興を手伝ったり、開拓をしている土地の整備をしたり…あまりないけれど、騎士と組んで治安維持に駆り出されることもある」

「なんだか、公共事業に関する何でも屋さんって感じなのね」

「ふふ、そうだね。精霊士は国に所属するから、民のため求められればどこへでも、という感じだよ」

「大変そう…」

「まぁ私は、立場がそれなりに上になっていたから、地方に派遣されることはなかったかな。主に王都周辺の仕事が多かったよ」

「なるほど」



こうしてエストと話ができるようになって、この世界の雰囲気が、何となくわかってきたと思う。まだ恵麻は町を見たことがないが、灯りがあって、火を起こせて、水道があるということは、それなりに生活レベルは高いのではないだろうか。

エストが着ている服も、縫製もしっかりしているし装飾も細かく美しい。

エストが時々川で体を洗っていたから、お風呂の文化もありそうだ。水洗トイレがあったら嬉しいなと思ったが、さすがに男性のエストにトイレ事情を根掘り葉掘り聞くのは自重した。



「エストはやっぱり色んな精霊術が使えるの?」

「そうだね、一応そのつもりだよ。まあ、20年近く修行してきたわけだし、それなりにはね」

「…エストって、いくつなの?」

「22になるよ」

「やっぱり年下…!」

「え、ラナ、年上なの?」

「私、24歳だもの」

「それは…見えないね」

「まあ、今は猫ですから」


その後、一般常識と思われる認識を擦り合わせてみて、時間や年月日の数え方は大体似たようなものだということがわかった。

つまりエストは紛うことなき年下である。



「やっぱり町を見てみたいなあ。森しか見たことないし」

「もう一度シェドバーン様にお会いできたら、ラナを連れていきたい街があるんだ」

「へえ!どんなところ?」

「私の幼馴染みが領主をしている街だよ。私に精霊士以外の友人はほぼいないから、現状、唯一頼れる存在だ。彼は恐らく、大士側の人間ではない」

「なるほど…」

「でも、大きな街だから、そういう意味でもきっと楽しんでもらえるはずだ。それに、その街に行くまでの間にも、いくつか町や村は通るだろうから、ラナには色んなものを見せてあげられると思う」

「わあ…!」


のんびり観光などしている場合ではないことはわかっているが、何せ恵麻にとっては全てが初体験だ。正直、ワクワクが止まらない。


恵麻がそわそわしているのに気付いたのか、エストはクスリと笑うと恵麻の頭をそっと撫でる。


「シェドバーン様を守ることができれば、猶予は少しはあるはずだから。できるだけ、楽しんで過ごそう。ラナにとっては初めて見るものばかりのはずだし」

「うん!」


猫の体ではグルメや買い物、おしゃれの類いは楽しめないのは残念だ。

でも、きっと見ているだけでも楽しいはず。


「私はまだ猫だけど、見ているだけでもきっと楽しいよね。それに、エストと一緒だし。それだけでも絶対楽しい!」

「そう、かな?」

「そうだよ。二人で森で過ごすだけでも楽しかったんだから、町になんて出たら楽しすぎて大変かも」

「…そっか、そうだよね」


エストは町を歩くことを想像したのか、なんだか楽しそうだ。

心なしか、頬や耳も赤いし、恵麻と同じようにワクワクしてくれていると嬉しい。

エストは最近辛い思いをしてきたはずだし、少しでも一緒に楽しい時を過ごせたらいいと思う。




「…ふぁ。なんだ、お前たちか」

「…この声!!」



エストと雑談をしていたら、それを聞いていたのか、眠そうな声が辺りに響く。

一度会ったら忘れない、あのお方の登場だ。


「シェド!やっと会えた!」

「なんだ、我に用か?ならばもっと早く来れば良かったものを」

「来てたっつーーーーの!」

「そうだったか?」


なんだか大精霊様に対して、もはや敬意も何もなくなっている気がするが、恵麻は異世界人なので仕方ないということにする。


恵麻はひとつ咳払いをすると、シェドに近寄った。


「あのね、大事な話があって来たの。聞いてくれる?」

「ふん。なんだ?我はまだ眠い。手短にな」

「エスト、お願い」


エストはともすれば寝てしまいそうなシェドに必死に状況を説明した。

大士の企み。封印のこと。そして、代替わりが近いシェドをまず狙っているということ。



「…ですから、シェドバーン様には身を隠していただきたいのです。万が一にも貴方が封印されてしまうようなことがあれば、この国はおしまいです」

「…ふん、見くびられたものだ」


はじめは退屈そうに話を聞いていたシェドは、話が封印や、シェドを狙っているところに及ぶと、徐々に不穏な雰囲気を醸し出しはじめた。

そしてエストが話し終えた今、シェドは不機嫌さを隠すことなく、眉間にシワを寄せて腕を組んでいる。


「我をたかだか人間が作った道具ごときで封印だと?馬鹿馬鹿しい。我がそんなものに脅かされることがあるはずがなかろう」


その台詞はまさに油断しきった強キャラそのものといった感じで、恵麻は焦った。


「でも、本当に何があるかわからないじゃない。念には念を入れるべきだよ」

「あり得ん。警戒する必要もない」

「そう言わずに!大体、大精霊を封印できる霊術具の存在を、シェドは予想できたの?効果があるにしろないにしろ、そういう目的のものを人間が開発できたっていうのは、警戒してもいいと思う」

「ふん…」


シェドは鼻をならすと、おもむろにエストに視線を投げる。


「おい、お前。その霊術具とやらは、お前のいう大士とかいう男が作ったのか?」

「いえ、私が聞いた限りでは、古代遺跡から出土したものだと」

「…」


シェドはそれを聞いて少し考え込んだ。


「古代のものだと、なにかまずいの?」

「我々が霊力を与える契約を結んだばかりの人間は、我々も加減がわからなかったからか、やたらと霊力の強い者がいた。そういう者が作り出したものならば、多少は脅威かもしれんな」

「完全に飼い猫に手を噛まれている…」

「まあ、私は若い頃少々やんちゃだったからな。機嫌ひとつで町をいくつか吹っ飛ばしたこともある。故に、古代遺跡でそういった代物が残っていても、おかしくはない」

「何やってるのよ…」


やはりシェドは理解できない存在だ。こうして話していると通じ合える気がしてきてしまうが、根本からして違う。


「やっぱり、気を付けてほしい。シェドが心配なのよ。私とシェドは、代替わりが終わるまで、お互いなくてはならない存在なのでしょう?」

「…ふむ」



適当に想像したことだが、シェドの器となった今、元の体に戻るのも、元の世界に帰るのも、恐らくシェドが必要不可欠なはずだ。だからシェドに何かあっては、困る。



恵麻が真剣に訴えると、シェドは少しだけ理解してくれたのか、それとも恵麻との押し問答に飽きたのか、ふわりと浮き上がった。


「仕方ない。お前の願いなら、聞き入れよう。我はしばらく身を隠す」

「シェド…!」

「時が満ちたら、お前の元へ行こう。その大士とかいう男はその際、我が処分してやる」

「え」

「その男がいる限り、面倒ごとは起きるのであろう?殺すのが一番良い」


確かに、大士はこの世界の判断基準で言えば悪い男なのだろう。

でも、大士はエストの父親代わりだった人だ。

そんな単純に、殺していいよなんて、言えない。


「…シェド、大士は私たちで何とかするから、殺すのは待ってくれないかな」

「これ以上我に指図するのか?」


シェドが再度不穏な空気を漂わせる。

恵麻は彼の出す威圧感に当てられてごくりと喉をならした。

でも、簡単にはひけない。


「…大士のことは、人間側の不始末でしょう?シェドが手を下すのは簡単なことだと思うけど、ここは、ちゃんと人間側でけじめをつけさせてほしいの。それで、また大士のような人が出ないようにして、次の大士もきちんとした人にして…えっと…」

「ラナ…」


恵麻が言い訳を考えて言葉をつまらせていると、話を聞いていたエストがそっと恵麻の横に立った。


「シェドバーン様、どうか大士のことは、私に任せてくださいませんか。彼は私の父親なのです」

「エスト…」

「人間にとって親というものは、それなりに情のある存在です。…殺す必要があるのなら、私が殺します」

「エスト!?」


この世界での殺人がどういう位置付けなのかわからないが、猫でさえ大切に扱うエストから親を殺すなんて言葉が出るとは思わず、恵麻は動揺した。


「ふん。…ふふ、わかった。その男についてもお前達に任せよう。だがな、我は面倒は嫌いだ。お前の事情も知らん。気にくわなければ、全て壊す」

「…承知いたしました」


エストが頷くと、シェドはまたあくびをして高く浮いた。


「では、エマ。お前が人に戻れる頃、また会おう」

「あ…!待って!まだ聞きたいことが…!」


恵麻の言葉を待つことなく、シェドはまた消えてしまった。


「また…!また、元の世界のこと聞けなかった…!」

「ラナ…」


恵麻がまた、しっぽをたしたしと叩きつけていると、エストが申し訳なさそうに声をかけてきたので、恵麻ははっと我に返った。


「あ、ご、ごめんエスト。気にしないで。それより、大士のこと…本気じゃないよね?」

「…うん、シェドバーン様に納得していただけるには、あれくらい言わないといけないかと思って」

「…そうだよね」


そうは見えなかった。

エストはとても、真剣な顔をしていたから。



でも、彼の表情を見る限り、やはり人を殺すとか、そういうことに関する認識は恵麻と同様で、抵抗があるはずだと感じた。


だったら恵麻のやるべきことは、ひとつだ。


「エスト、大士はちゃんと捕まえて、然るべき罰を受けてもらおうよ。こっちの法律とか良くわからないけど、大士は悪いことをしているんでしょ?」

「…うん、そうだね」

「私も手伝うから。一緒に頑張ろうね」

「ラナ」

「異世界人で代替わりが終わったら何の関係もない私に言われても説得力がないかもしれないけど…。この世界の人間ではないからこそ、私、大士の権力とか全然怖くないし。むしろ猫だし。いくらでも体張れちゃうから!だから、ね」

「…うん、ありがとう、ラナ。巻き込んでごめん」

「エストのせいじゃないって。強いていうならシェドには謝ってほしいわ」


恵麻が笑いながら悪態をつくと、エストも苦笑いを見せた。


「とにかく、シェド問題は一旦解決!だよね。これからどうするの?」

「あ…。そうだね。まずは森を出よう。早い方がいい」

「そっか。じゃあ、山小屋に戻って支度かな?」

「うん、そうだね」



また丸1日歩くのは気がひけるが、どちらにしろ森の出口は山小屋の方が近い。

二人は互いを励まし合いながらなんとか歩き続け、夜が来る前にようやく、山小屋へ帰宅した。




恵麻の仕事はあえてふわっとさせてます。本筋には関わりませんので、スルー下さい。

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