12.嫌な予感は外れない『その拾弐』神話の織、刀匠の剣
流哉の視点で進みます。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/03/18)
くすんだ青が輝きに変わるほど磨き上げた。
群青色に輝く二つの『異世界門の鍵』を眺める。
それは、海底に沈む宝玉のように、静かに、だが確かな存在感を放つ。
汚れやくすんだ部分が無いかを念入りに確認し、磨くために用意した道具の片付けをすることにした。
バケツの中身を『水飲みの瓶』へ捨て、再び『渇きしらずの水差し』から水を注ぐ。
汚れた布を綺麗な水ですすぎ、布とバケツ、二つの魔導器をミスティに返すが……
「主、この道具は全部蔵の中から持ってきたモノだから、主が片付けてくれた方が早くないか?」
ミスティは、受け取った魔導器を磨き、光に当てながらその輝きを確かめるように目を細めた。
そして、僅かに微笑むと、それを流哉へ差し出しながら言った。
その言葉はただサボりたいとか、面倒といった感情からくるものではないということを流哉は分かっている。
ミスティは非常に勤勉であり、こと魔導器の扱いに関してはその性格が色濃く出る。
それに、ミスティはただ効率を求めてそう言っているのではない。
その表情は、湖面にたつさざ波のように、僅かに歪んでいた。
彼女には彼女の目的があるのだろう。
「蔵の中から持ってきたのか」
ミスティの言葉に流哉は驚く。
彼女の持ってきた布は、流哉の記憶にないものであり、それを流哉の持ち物であると認識していない。
宝物庫の中にあるものは、全て流哉の持ち物である。
それは宝物庫の内部で作成されたものも含めて。
しかし、それらを全て自身の所有物であると、個別に認識をしているわけではない。
「そうだ。主が蔵の中で召喚できるとは知らなかったから」
ミスティは当然のように答えた。
その言葉に悪気はなく、『早く片付けてくれ』と最速しているかのようだった。
「分かった。そういう事ならオレが片付けた方が早いな」
流哉は頷き、床に置いたままの道具にそれぞれの場所へ戻るように蔵の能力を使用する。
硬いはずの床に、水面に走るような波紋が広がると、道具はその中へ飲み込まれていく。
その様は、鏡のように凪いだ湖面へ沈み込んでいくような、不可思議な光景だった。
それぞれの道具はミスティが持ってきた位置へと返るはず。
波紋が収まった時にその場に何も残っていないから、ちゃんと戻ったのだろう。
「あの道具は何処から持って来たんだ?
水瓶と水差しはよく使うから分かったが……」
流哉は、ミスティへ尋ねる。
単純な興味からくる問いかけである。
「バケツと布はこの『博物館』の用具入れから、『水飲みの瓶』と『渇きしらずの水差し』は展示物から持ってきた」
ミスティは、迷いなく答えた。
その言葉には、魔導器を収められている蔵の管理を任される一族としての自信に溢れている。
「用具入れなんてあったのか」
「使った布は毎回しっかり取り替えているからな」
ミスティは、流哉の問いかけに食い気味に答えた。
用具入れがあったことは初めて知ったが、迷いなく二つの魔導器を持ち出した辺りよく使っているんだろう。
綺麗な水を魔力と引き換えに出し続ける『渇きしらずの水差し』と、液体ならどんなモノでも飲み干す『水飲みの瓶』の二つは非常に便利な割にはリスクなく使える物だ。
基本この宝物庫の中にあるモノは流哉が許可を出せば、住人は自由に使用できるように許可を出している。
宝物庫の中身は何よりも流哉の召喚が優先される仕様になっている、住人の誰かが使っていたとしても……
「召喚の対象にミスティたちが補充している布もあるわけか……勝手に使わないように気を付けないとな」
意図せず宝物庫の中に追加された物。
偶然とはいえ、流哉はその存在を認知してしまった。
以後、この宝物庫のどこかにある用具入れ、その中にある布切れは、流哉が望めば宝物庫の外へ呼び出すことが可能となる。
たとえ、ドワーフの誰かが使っていたとしても。
「使ったら『使った』と一言声をかけてくれればそこまで問題でもないぞ。
主が『アラクレの織布』を汚れで真っ黒にした時のことを考えれば、用意した布を使ったと言われた方が断然マシだ」
ミスティはどこか当てつけるように、顔をしかめながら言う。
以前に流哉が契約魔術における契約書を作成した際、誤ってインク壷をひっくり返したことがあった。
当時、『アラクレの織布』で汚れを拭き取り、そのまま宝物庫へしまった。
それを流哉の蔵を管理しているバルザスが発見し、ドワーフたちが住む工房付近だけではなく、宝物庫中に轟くほどの咆哮が発せられた。
アラクネという神話時代の生物が作成した貴重な魔導器を汚してしまったという、ドワーフの嘆きと焦燥からくるものだった。
後日、そのことを流哉は魔導図書館の司書長であるセレイネから伝え聞いた。
その時の慌てようは凄まじく、騒音の文句を言いに行ったセレイネが哀れに思うほどには、普段冷静で寡黙なバルザスの顔色は悪くかったそうだ。
一流の職人やドワーフたちが総動員で必死に修復作業を行なっていたらしい。
工房の街を中心に付近にまで響き渡る槌の音、街の中に立ち込める金属を叩き続けたことによる熱気、響くドワーフ達と職人達による怒号とため息。
広がる焦げ付いた金属の匂い、バルザスの指揮する咆哮が響き渡る中、ドワーフの女性達を中心となり、『アラクネの織り布』の修繕作業が行われていたそうだ。
その様子から察するに、ドワーフたちは流哉が汚したままの『アラクレの織布』を、必死になって綺麗に修復したのだろう。
自身の持ち物をどう使おうと流哉の自由ではあるが、それがお気に召さないのだろう。
「アラクネたちが織った布を使っただけでそこまで言われなきゃならないんだ?」
流哉は素直に不満を口にした。
「問題大有りだ。蜘蛛の糸で織った布っていうだけでも問題だけど、それ以上にアラクネが自身の糸を使って織った布なんていうのは神話時代の物だぞ。
主や月夜がデタラメなのは重々知っている事だけど、神話時代の貴重品を普段使いするのは止めて欲しい」
ミスティの言葉は、厳しく、そして、どこか必死な形相だった。
蜘蛛の糸を織る方法はドワーフであっても知らない技術体系なのだろう。
まして、アラクネという神話時代の生物が作成した物となれば、必死になるのかもしれない。
「そう言われてもなぁ……その問題にしている布はこの宝物庫の中で織られたモノだぞ?
オレの持ち物をどう使おうとオレの自由だろう」
流哉は開き直ったように言う。
ミスティが先ほどから言っている『アラクネの織布』は、宝物庫内の薬草畑、その区画にある森に住まうアラクネたちが流哉の為に織ってくれたモノだ。
アラクネ。
それは、神話時代の頃より語り継がれる織物の名手。
しかし、その名は単なる技術の象徴に留まらず、神々とその才を競い合い、その才能ゆえに女神の怒りを買い、蜘蛛の姿に変えられたという逸話をもつ。
神々でさえ賞賛するその腕に誇りを持ち、その織りなす糸は、神々の加護を受ける。
糸の性質は、金属のように非常に丈夫でありながら、柔軟性を持ち合わせ、アラクネの神性以下の神秘によって侵されない。
その糸は魔力を纏い、あらゆるものを断ち切る。
そして、刃物によって断ち切ることはできないという概念を宿す。
宝物庫に住まうアラクネたちは、神話時代の個体の血と技術を受け継ぐ存在であり、流哉のためにその糸を織り、作品を作る。
丈夫でありながらも柔らかく、肌触りもいいという文句のつけようもない最高の布だ。
流哉の持ち物で、布だけでなく、普段使いするハンカチや衣服、宝物庫へ繋がる扉の外の部屋で敷いてある絨毯など、織物の関係はほぼアラクネたちの作品である。
今更、普段使いしているモノを止めろと言われても、流哉は困ってしまう。
「まだまだ私たちが知らない場所がある事は、おいおい言及するとして、私たちが言っているのは『どうしてもソレでなければダメ』という状況以外で、使用するのを控えて欲しいってことだ」
ミスティは難しいことを要求している訳ではないという勢いで言及してくる。
「そんなに雑巾にしたことを責められるのか……」
「私たちの目が届く内は、そんな暴挙は許さないぞ」
どうやら汚れを拭きとるのにアラクネの織った布を使うのではなく、ドワーフ達が用意した布でやって欲しいという事らしい。
貴重なものをぞんざいに扱わないで欲しいという嘆願とも言えるだろう。
その言葉の裏にあるのは、『アラクネの織布』を少しでも融通して欲しいということだろうが……まぁ、せっかく織ってくれた織物を、雑巾にしたのはアラクネ達に悪いと、流哉も思っていたところだ。
少しは進言を聞き入れるとしよう……アラクネの布を融通してやるつもりは更々ないが。
「分かった。アラクネ達にも悪いと思っていたところだし、今後は雑巾のようにはしない。
それよりも、当初の目的を達成する方を優先するとしようか。
目的の物は目の前にあるわけだし……」
流哉は無理矢理話しを断ち切って、『異世界門の鍵』が展示してある隣の場所を見る。
そこに飾られているのは何本かの剣。
展示場所の隅に書かれているのは『主の友人が打ちしモノ』とあり、今回ミスティが見せても良いモノとして選んだモノ。
流哉の大切な友人が、流哉の為に鍛造してくれた大切な愛剣たちが展示されている場所。
「いつ見ても壮観だな」
流哉は、感嘆の言葉をこぼす。
「主の特に大切なモノなんだろう?
ここの住人の誰が見ても分かるほどに、ここの刀剣類からは主の気配を感じる。
中には嫉妬に狂う者もいるかもしれないな」
ミスティは当然のように言う。
主人の大切に扱っているものを任されている誇りなのか、それともこの剣を鍛え上げた職人への憧憬なのか、あるいは嫉妬なのか。
「大切な友人が、オレの為に作ってくれたモノなんだ。
誰が何と言おうとも、ここにある剣こそが、オレの武器であり、最高の剣だ」
流哉は力強く言う。
その声には、友人への感謝と、己の剣への確かな誇りが込められていた。
ここにある剣で『切り捨てた数知れず』と言われることはあるが、そこまで頻繁に抜いてはいない。
友の剣を抜くに値する敵にのみ、流哉はその剣を抜いてきた。
その事実はこの先も決して変わらない。
流哉がここにある剣を抜くのは、冥土への土産にするには十分過ぎる。
「主にとってその友人は特別な人だったんだな」
ミスティは少し羨ましそうに言った。
「ああ、初めて会った時のことは今でもよく覚えている。あの煩わしい連盟の学び舎に行って、良かったと思える数少ない出会いだった。
オレは生涯の友を得たという掛け替えのない経験だ」
流哉は懐かしむように言う。
過ぎ去りし日々を彩る数少ない思い出。
この喜びに満ちた思い出は、今後も流哉の心を明るく照らすだろう。
「そこまで主に思われるなんて妬けてしまうな」
ミスティは拗ねるような、からかうような、そんな態度で言った。
「何を勘違いしているのか知らんが、そいつは男だ」
流哉はそんなミスティへ、呆れたように言い放った。
「主が認める程に腕が良い職人ってところに嫉妬しているんだ」
ミスティは悔しそうにそう言った。
彼女の嫉妬も理解できる。
ドワーフ達ですら届くかどうかという境地に人が辿り着いた。
その事実は驚嘆に値すると同時に悔しいのだろう。
刀剣を打つという点において、神の境地に届いた男。
流哉の数少ない友人にして、稀代の刀鍛冶。
生涯を流哉の為だけにその槌を振るい、流哉と流哉の頼みの為だけに刀剣を制作した。
もう二度と会えないことを除けば、最高の剣職人だ。
今回の話し、どうでしたか。
流哉は自分の蔵の中に何が入っているのかよく分かっていません。
本人は放り込むだけ放り込んでそのままってことも多いです。
流哉の宝物庫の中には貴重品ばかりということだけ覚えて貰えればと思います。
※三上堂司からのお願い※
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