2.嫌な予感は外れない『その弐』砂塵の記憶、図書館の肖像
今回も流哉の視点です。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/02/24)
黒いというよりかは、色味が少し濃い程度の肌の女性。
砂漠の民が持ち合わせる特徴。
『美人に睨まれるのはご褒美だ』と宣う友人ですら黙ってしまった鋭い眼光が、流哉だけに向けられている。
「や、やあ。久しぶり」
「お久しぶりです、我が主。
ご健勝なようで何よりです」
「あ、ああ。君も元気そうで何よりだよ」
多少の会話には付き合ってくれるようだが、獲物を射止めんとする猛禽類のような鋭い眼光はそのままだ。
早く要件を聞き出して、機嫌を直してもらえるように心がけよう。
そして、この様子をニヤニヤと笑いながら見ている男に仕事を回すように言っておこう。
「それで、セレイネ殿。何か用事があるとレクスから聞いたんだが……」
「レクス殿の頼みとはいえ、最近収められる本は魔術書以外が多い気がするのですが……私の気のせいでしょうか?」
「気のせい……ではないな」
「どういうことか図書館で伺いたいのですが?」
「分かりました」
振り返る仕草で長い髪が揺れる。
髪の隙間より、普通の人とは異なる長い耳が一瞬だけ見えた。
図書館の司書長を務める女性、セレイネは妖精とのハーフであり、紀元前を生き抜いた優秀な魔術師だ。
セレイネの案内に従い、目の前にそびえる図書館へと踏み込む。
扉を潜り抜けた先は、広大な砂漠が広がっていた。
宝物庫の片隅より少しだけ歩いた先、図書館の幻影の先は石畳と砂漠が広がる。
石畳が敷かれ、整備された道の遥か先に、陽炎に揺られる建物が見える。
蜃気楼の中に見える場所が、流哉が祖母から引き継いだ図書館、『魔導図書館』だ。
古の時代より噂される蜃気楼の中に存在する図書館であり、祖母が見つけて自身の部屋の一部へと変えてしまった建物。
未だ解明しきれていない神秘の塊だ。
「まさかと思うが、この砂漠を歩いて行くわけじゃないよな?」
流哉が尋ねると、セレイネはわずかに首を横に振った。
「まさか。絨毯を使います」
セレイネは、ハンカチほどの布を取りだし、広げた。
すると、それは一枚の絨毯へと変貌した。
手織りの絨毯で、ハンカチのサイズに折りたためるような大きさや厚さではない。
そうある事が当然のように主人の足元に浮かんでいる。
「では、行きましょうか」
そう言うと、セレイナは自身と本だけを絨毯に積んで出発を合図する。
まさか……自分だけが絨毯を使って、主は歩かせるつもりらしい。
本当に、良い性格をしている。
「先に行きますよ」
「分かったよ、レクスと後から行く」
流哉が頷くと、『遅くならないように』とだけ言って、本を積んだ絨毯はゆったりと砂漠の空を進んでいく。
残された流哉とレクスは、後を追うべく石畳の上を進んだ。
自身の部屋、その中の世界だが……砂漠も込みで一つの世界。
照りつける太陽は再現されたものだが、灼熱の砂漠からの放熱は本物だ。
蒸し暑くないのだけが救いだと思うしかない。
軽々進む戦士の男と二人きりで砂漠を進むのは嬉しくはないものの、助かっているのは事実だ。
砂漠の歩き方等、日本人が心得ているものではない。
「今日は一際機嫌が悪かったな、司書長殿は」
レクスは、砂漠の陽炎の中に消えていくセレイネの背中を見つめながら、そう呟いた。
その声には、わずかに困惑と、そして好奇心が滲んでいる。
「そういう日もあるだろう」
流哉は、レクスの言葉に短く答えた。
セレイネの機嫌が悪い理由は、おおよそ見当がついている。
しかし、それをレクスに説明するのは面倒だった。
「女心とは分からぬものだな」
レクスは、そう言いながら、肩を竦めた。
その表情は、まるで理解できないものを見るように、不思議そうだった。
「男には理解できないものだからな」
流哉は、レクスの言葉に同意するように頷いた。
セレイネの機嫌を直すのは、至難の技だ。
特に、彼女が怒っている理由が、流哉自身に関係している場合は。
しばらく物思いに耽るレクスに付き合い、進む速度が少し遅くなる。
砂漠の熱気が、じわりと肌を焦がす。
過去の話しを振るのはどうだろうか。
この男が現在をどう思っているのか……きっと何も思っていないだろう。
過去についてはどう思っているのか、何か未練を残しているのか。
仮にも英雄と称され、多くの臣下を従えた男だ。
きっと、こんな機会でもなければ聞くこともなかったことを尋ねることにした。
「お前には未練とかってあるのか?」
流哉は、ふいにそう尋ねた。
「未練?」
レクスは、流哉の言葉を反芻するように、そう呟いた。
その表情は、遠く昔の記憶を掘り返すような、どこかぼんやりとしていた。
「そう、やり残したことでも構わんが」
流哉は、レクスの言葉に頷きながら、そう付け加えた。
「やり残したことはあるが、未練はないな。
選択したことに後悔はないし、それを未練と言ってしまうような男に、誰もついては来ないよ」
その声は、砂漠の熱気に溶け込むように、静かで、そして穏やかだった。
レクスは、そう言い切ると、ふっと笑みを浮かべた。
その表情は、まるで過去の栄光を懐かしむように、誇らしげだった。
少し驚いたような表情を見せるが、直ぐにいつもの小馬鹿にしたような顔に戻る。
文明の黎明期、神々という超常の存在に喧嘩を売った男は返答をした。
その声には、確固たる自信と、そして微かな寂しさが滲んでいた。
「予想通りの返答をするんだな。
誰にだって後悔の一つくらいはあるモノだって思っていたが」
流哉は、そう言いながら、レクスの反応を窺う。
わずかな失望と、微かな期待。好奇心がないと言えば嘘になる。
「へえ、主にも後悔なんてものがあるとは驚きだ。
過去を振り返っても意味がないっていつも言うのにねぇ。
まあ、完全に後悔がないなんて言ったら嘘になるか。
この俺も多くの事をやり残した。そのことを後悔と言えばそうなるのかなぁ」
レクスは、そう言いながら、砂漠の彼方を見つめた。
どこか遠く、過去にでも思いを馳せているのか、緩やかだった歩みは完全に止まった。
昔話など性に合わないといつも言っている男が、今日ばかりは少し様子が違う。
やる気のなさでいつも誤魔化されてきたが……もう一歩踏み込んでみるか。
「お前のやり残したことっていうのには興味があるな」
流哉は、レクスにそう尋ねた。
砂漠の風に溶け込むように、静かで、そして穏やかに。
「話しても意味がないって割り切っていたんだがなぁ。
手に入るモノは全て手に入れてきたし……」
レクスは、砂漠の地平線を見つめながら、そう言う。
その瞳は、かつて手にした栄光と、失われた何かを求めて彷徨っているようだ。
望んだものは自分で手に入れてきた自負というやつか。
生前の行動や選択に後悔などなく、未練など残す前に実力でどうにでもしてきたのだ。
その自信は、レクスという存在を形作る、欠けてはならないピースのようなものなのだろう。
「相変わらず憎たらしい返答をする。
なあ、図書館へ着くまでの少し時間で良いから、お前の話しを聞かせてくれないか?
現代までに残った文献には一切記されていない、レクスの旅路を」
単純な興味、それだけを根拠に流哉はレクスへと尋ねる。
無碍にはさらないという、確かな自信とともに。
「今更、何の意味もない話しだが……主がここまで聞いてくるのは珍しい。
単純に他人の身の上話を聞きたいのか、それとも人類史とやらに新たなページを刻みたいのか……」
レクスは、流哉の言葉を聞き、わずかに目を細めた。
その表情は、まるで流哉の真意を測りかねているようだった。
「純粋な興味だな。別に人類史なんてモノには興味なんてない」
流哉は、レクスからの視線をまじまじと見つめ返す。
人類史なんてものには本当に興味はないのだ。
「………………別に秘密にしておくことでもなし、良いか。
道中の暇つぶしに話してやろう。主なら変な気を起こすこともないだろう」
レクスは、しばらく考え込んだ後、そう言った。
いつもより長い時間考えていたが、誤魔化したりしようという雰囲気ではない。
ここまできてホラを拭くような奴ではないし、太古の思い出話しを聞くとしよう。
流哉は、レクスの言葉に頷き、砂漠の道を歩き始めた。
流哉の視点、どうでしたか。
今回から流哉の部屋の中、その中にある祖母から受け継いだ扉の先。
流哉の大切な場所と、そこに住まう住人たちとの絡みです。
まずは図書館に関係の深い人から。
少しづつ流哉の周りについて出していければと思ってます。
楽しみにして頂けたら幸いです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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