Ex.流哉の災難、ホワイトデーのお返し『その弐』教授室の午餐、喫茶店シュテルンシュヌッペ
更新遅くなりました。
今回も流哉の視点となります。
楽しんで頂けたら幸いです。
一部話しの繋がり上で齟齬のあった部分を修正致しました(2022/04/06)
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/03/20)
三月十三日 正午 立花楓の研究室
午前から続いた打ち合わせはようやく一段落を迎えた。
研究室の空気は、午前中の熱気をまだ残しており、薄い埃が陽光にきらめいていた。
整然と並べられた書棚、読み込まれた本と、書棚に入り切らずに床へ直置きされた本の山、そして、乱雑に積み上げられた資料の山。
それらは全て立花楓が積み重ねてきた研究の証だ。
少しばかりの休憩を途中に挟んだものの、ほぼパソコンに各自で打ち込みながら会話を続けていた。
話し合った内容は大学入試における最後の試験に出題する内容だった。
「それにしても……この内容は難題が多いように感じるが?」
神代流哉は、ディスプレイに映し出された試験問題を眺めながら、眉をひそめた。
それは、まるで難解なパズルを解き明かそうとする学者のように、真剣な眼差しであった。
「それくらいで良いんですよ。そもそも最終の試験はある程度のふるい落としが目的ですから」
立花楓は、いつものように涼やかな笑みを浮かべ、流哉に答えた。
その表情は、まるで全てを見透かしているかのように、余裕に満ちていた。
「えり好みできるほどの人気があると?」
「ほぼほぼ定員は今までの試験で揃っていますから。
最終の試験は難易度が多少跳ね上がっても、ここに来たいという目的を持った人は、問題なく受かるでしょう。
最終試験には面接もありますから」
「それはご苦労なことだ」
想像していた以上に苦労がありそうな試験内容に、流哉は辟易する。
ただ、目の前で自分よりも疲れた顔をしている立花を見てしまうと、流哉はこれ以上何も言えなくなった。
立花の疲労は、単なる肉体的なものだけでなく、精神的なものも含まれているように見えた。
「さて、作業の手は一度止めて、お昼にしましょう。
これ以上缶詰作業を続けては気分が下がる一方です」
「そうだな。ここらへんで気分の転換はした方が良い」
立花が言い出したことだが、流哉はその提案に賛同する。
このまま籠って作業を続けても良いことは絶対にないと言い切れるからだ。
「それでは……どこかへ食べに出ましょう。
弁当を買ってここで食べる気力はありませんし、かといって食堂は閉まっているうえに今は大学の敷地の外へ行きたい気分です」
立花は、まるで子供のように目を輝かせ、流哉に提案した。
その瞳は、まるで長い間閉じ込められていた鳥が、ようやく外の世界へ飛び出すかのように、自由への渇望を滲ませていた。
「それなら……少し遠いが宇深之輪駅前に行くか?
何件か知っている店があるぞ」
「それなら直ぐにでも電車で移動しましょう、善は急げと言いますし」
「提案しておいてなんだが……良いのか?
一時間やそこらで戻っては来られないぞ」
「良いんです。流哉君のおかげで進捗具合はだいぶ進んでいますし、お昼で二時間使おうとも問題ないでしょう」
「まあ、アンタがそれで良いなら何も言わない」
余程疲れているのか、立花は笑みを浮かべながら急かしてくる。
流哉は重い腰を上げ、大学最寄りの駅へ向かうべく研究室を後にし、大学構内へと踏み出す。
思いの外、大学へ来ている教授たちは多いらしく、『民俗学』の部屋が割り振られているフロアの全ての研究室には明かりが付いているようだ。
どこの階からかは分からないが、悲痛な叫びも聞こえてくる。
それは、まるで断末魔のように鬼気迫るものだった。
「ああ、また悲鳴が聞こえますね」
「また? よくある事なのか?」
「ええ、恐らくですが今日は英語を担当している教授の誰かでしょう。
ミハエルさんは母国へ帰国していますし、残っている人たちで私たちのように試験の問題を制作しているんだと思います。
今朝方に英語の試験の内容を変更するように指示でもあったんじゃないですかね?」
「それは地獄だな……手伝うつもりはないけど」
「僕もゴメンです」
立花と話している間に駅へと着き、都合の良いことに踏切が閉まる音が聞こえてくる。
立花との会話も自動的に終了となり、ホームへ入ってきた電車へと乗り込む。
宇深之輪駅へ降り立った流哉と立花は、駅前の賑わったエリアを抜け出す。
駅前は数多くのチェーン店や居酒屋、ラーメン屋が軒を連ねている。
宇深之輪駅が大きくなるにつれて新しい店も増えたが、流哉の行きつけの店は昔から町にある店が多い。
流哉にとって駅前にある行きつけの店は老舗の菓子屋だけ。
他の店は全て駅より程よく距離が離れた場所にある。
路地の奥まった場所にある喫茶店『シュテルンシュヌッペ』へ訪れた。
古びたレンガ造りの建物は、まるで時の流れから取り残されたように、静かに佇んでいた。
「落ち着いた雰囲気の良いお店ですね」
立花は、古びたレンガ造りの建物を眺めながら、感嘆の声を漏らした。
「祖母さんに連れてきてもらった店で、オレの行きつけの店はだいたいそんな感じだ。
マスター二階の奥の席、使わせてもらうね」
「贔屓にしてくださってありがとうございます、神代様。
あとでメニューを持って行きますね」
店のマスターに声をかけて、二階の席へと向かう。
お昼時という事もあってか、一階の店内は賑わっているが、二階へ通されるのは主に常連の客だけ。
見知った顔も多く、軽く会釈をして席に着く。
「一階と違って二階は静かですね」
「二階へ通されるのは常連が多いからな。
ここのルールには『静かな一時を過ごす』っていうのがあって、五月蠅くする人間は上には通されないんだ」
「良いですね」
「まあ、喋る声の大きさに気を付ければ話していても大丈夫だから安心していい」
少ししてマスターの奥さんがお冷と一緒にメニューを持ってくる。
祖母さんと来ていた頃より変わった所もあるが、変わらない所もある。
初めてココへ連れてきて貰った時に祖母が頼んでくれたメニューは相変わらず同じ場所にあった。
時が止まったかのように、あの日の記憶を鮮明に呼び起こした。
「オレの頼むものは決まっているから、ゆっくり選ぶと良い」
「そうさせてもらいます」
立花が頼むものを吟味している間に喉を潤す事にする。
この喫茶店のお冷は檸檬の果汁が少しだけ混ぜられていて、程よい酸味がより一層の清涼感を得られる。
一杯目を飲み干し、ピッチャーから追加を注ぐ。
「決まりました。悩みましたが、一番人気のハンバーグにします」
「それならさっさと注文をするか」
シュテルンシュヌッペには呼び鈴と言った物の類は置いてない。
二階の席にいる客は、必然的に直接声をかけに下に降りなければならない。
「ハンバーグはセットにするのか?」
「はい。『シェフの気まぐれセット』でお願いします」
「分かった」
一階へと降り、調理中のマスターへ声をかける。
カウンターの中では、マスターが手際よく調理を進めていた。
その手つきには、一切の無駄がなく、流れるように作業を進めていた。
「注文良いかな?」
「少しだけ待ってもらえますか?」
「大丈夫です」
マスターが調理の仕上げに入っているのをカウンターに座りながら眺める。
手際の良さは相変わらずの様子で、見ていて楽しい。
仕上げのフランベを終えて、完成された料理はジュウジュウと音を立てている。
食欲を刺激するような暴力的な香りに、思わず息を呑みそうになる。
「お待たせしました、注文をお願いします」
「自分は“いつもの”をお願いします。
もう一つはハンバーグとシェフの気まぐれセットで」
「ご注文ありがとうございます。お飲み物はどうなさいますか?」
「料理が来るまでに決めておきます」
「ご注文承りました」
注文を終えると、二階の席へ速やかに戻る。
一階のカウンター席付近は戦場だ。
注文をする客、会計を頼む客が入り混じる。
マスターや奥さんの邪魔をしないようにその場を素早く離れるのは、この店に通う者の大抵は知っていることだ。
ホワイトデーの話しの続き、どうでしたか。
前回に続き、流哉の視点でこの話しは続く予定です。
話しを作成しながら投稿しているのですが、あと一話で終わるのか……
締まりが悪ければ、もう一話追加して四話くらいでまとめようと思っています。
お付き合い頂ければ幸いです。
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