Ex.二月十四日 午前三時 流哉所有の菜園/二月十四日 午前三時 西園寺邸のキッチン
バレンタインエピソードの続きにつき、誰の視点という訳ではありません。
楽しんで頂けたら幸いです。
加筆と修正を行いました(2025/02/16)
深い森林が広がる。
木々の間をすり抜ける風は、森林の中央、木々の生えていない草原へと吹き抜ける。
夜空に浮かぶ月以外に自然の光源は存在せず、森との境界部分に設置してあるランタンだけが唯一の光源。
そのランタンには現在灯りとなる火は入れられていないが、周辺は月明かりだけで十分見渡せるほどに明るい。
その中、森と草原の境界付近に吊るされたハンモックにこの場所の主である神代流哉は揺られて眠っている。
一人の少女が様子を見に近寄り、よく寝ているのを確認すると、自身の長い髪が主人の顔にかからないように配慮してから頬に軽く口づけをする。
その場を離れて、草原に設置されているテーブルに向かって歩いて行く。
「主の様子はどうでしたか?」
青みの強い青紫色の髪を編み上げてまとめている若い女性が、戻ってきた金髪の少女に話しかける。
備え付けられた椅子に座り、優雅にハーブティーを飲んでいる。
森から出てきて、月明かり照らされた少女の髪は月明かりが反射してよく輝いていた。
「よく眠っている。
私のハンモックだというのに……今度何かをお願いしても許されるだろうか?」
「何を言っているの。
いつも仕事をサボって寝ているだけなんだから、こういう時くらい主の役に立たなくてどうするの。
いつもは主や先代が黙認しているから何も言わないだけなんだから」
「主には感謝しているよ。
戦うくらいしか能がない私でもここに置いてくれているんだから」
歳の頃はまだ二十を過ぎたかどうかくらいの女性と、十七歳か十八歳くらいの少女は、草原内に作られた薬草畑の端に設置してあるテーブルにティーセットを広げ、備え付けの椅子に座りティータイムを楽しんでいる。
二人が視線を向ける先では金髪の少女よりも幼い少女が、大きな金属製のジョウロを大事そうに抱えて水やりの作業をしていた。
「アイツはいつも元気だな」
金髪の少女は元気に水やりを行っている。
「誰かがサボって働かない分も働いてくれているんだけど?」
青紫髪の女性は呆れたと言わんばかりの表情で金髪の少女を見つめて言う。
「これは余計な事を言ったようだ」
「まあ、今日は主もいるから。ソレもあっていつもよりも張り切っているわ」
空に浮かぶ月とその明かり、深い森林、草原と薬草畑。
この場所を巡り続ける風を除けば、この場所にあるのはそれだけだ。
主に頼まれた薬草、霊草を育てることが彼女たちの仕事。
たまに主に呼ばれて外に出ることもあるが、彼女たちの世界は基本ここで完結している。
それ故に、主である流哉がこの場所を訪ねてきてくれるのは、彼女たちの数少ない楽しみでもある。
「さて、そろそろ起こした方が良いかしら」
「まだ良くないか?
日頃の疲れを取りにここへ来ている訳だし、もう少し寝かせておいてあげてもいいのではないか」
「貴女は……まあ、主には起こしてくれとしか言われていませんし、もう少しだけ疲れを取っていてもらいましょうか」
彼女たちが流哉を起こすのはこれより三時間後。
流哉は予定よりも寝ていたことに驚くが、彼女たちを褒めることはあっても叱ることはなかった。
薬草畑の部屋を後にしてから、急いでパソコンの前に向かうのであった。
場所は戻って、
二月十四日 午前三時 西園寺邸のキッチン
無事、チョコレートの製作が終わったのか、冬城燈華達はキッチンで片づけを進めている。
使った道具類は既に洗い終わっており、作業をしていた台の上も綺麗に拭きあげられていて、家主である西園寺紡が最後のチェックを行っている。
頼めば色々貸してくれ、場所の提供をしてくれる紡だが、綺麗にして返さないと暫くの間口をきいてもらえない。
紡のチェックを一際緊張して待っているのは燈華であり、その様子から過去に一度経験があるのも燈華だけのようだ。
「うん。綺麗になっているわね」
「良かった……紡、キッチンを貸してくれてありがとう」
「紡さん、ありがとうございました。
これからお茶を淹れますけど、何か希望があります?」
「久しぶりにヒメの淹れたロイヤルが飲みたいわ」
「ロイヤルミルクティーですね、分かりました」
燈華と大津秋姫はキッチンを貸してくれたことへの礼を言い、お茶の準備を始めた。
秋姫が主になって作業をしているが、燈華はしっかりとサポートに入っている。
「ツムギ、キッチンを貸してくれてアリガトー。
初めて作ったけど、アレックスとヒメのおかげで良い物が出来たと思う」
「クリスは初めてとは思えないくらい上手にできていたわよ。
全員の分を作りましたので、お茶の時間に感想を聞かせてくださいね、ツムギ」
「私の評価は厳しいわよ?」
「初めての手作りチョコレートってことを含めて評価してくださいね」
紡を含めた『私立水乃宮学園』組はテーブルとお菓子の準備を始める。
用意しているお菓子は、紡のお気に入りである宇深之輪駅前の老舗洋菓子店のクッキー。
このクッキーが紡から提供されるのは、秋姫がロイヤルミルクティーを淹れる時だけである。
紡にとって、秋姫の淹れるロイヤルミルクティーはお気に入りのお菓子を出すほど気に入っているという証拠に他ならない。
「さあ、できたよー」
「お待たせしました」
燈華と秋姫はティーセットを持ってテーブルにやって来た。
人数分のティーカップとソーサーを用意し、ティーポットの中身、ロイヤルミルクティーを注ぐ。
燈華と秋姫も座り、静かに夜中の打ち上げは始まった。
少女達の夜中の茶会も終わり、各自部屋へと戻っていく。
勝負は起きた時、そこから始まる。
どのタイミングで流哉へ渡すのかという駆け引きも、既に始まっていた。
バレンタインエピソードの続き、楽しんで頂けたでしょうか。
流哉の菜園にいる人たちはまだ本編では出てきていませんが、おいおい必ず登場させますので、お待ちいただけたらと思います。
昨日も後書きに書きましたが、今週一杯は既に終わっていますが、バレンタインのエピソードを書きたいと思います。
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