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7. 魔法使いに降りかかる受難『その漆』洋館の詰問と星月夜の独白

流哉を中心とした視点となります。

楽しんで頂ければ幸です。


・流哉⇒世界に残された数少ない魔法使い

・立花楓⇒宇深之輪大学の教授、裏の顔は戦場を渡り歩く魔術師崩れ

・新山由紀子⇒宇深之輪高校の教師、産休に入る

・冬城燈華⇒魔術の修行中、宇深之輪高校で生徒会長を務める

・大津秋姫⇒錬金術師、宇深之輪高校で生徒会副会長を務める

 生徒会室の扉が、教頭の手によって静かに閉じられる。

 その向こう側から扉が閉まるまで、二人の視線から外れることはなかった。


 扉で隔たれてなお感じる二人の少女の気配を背中に受けながら、流哉は無言で歩き出した。


 教頭は、まだ何か言いたげに流哉の隣を歩いているが、先ほどの生徒会長とのやり取りで流哉が見せた、ある種の「壁」を感じ取ったのか、口を開くのを躊躇(ちゅうちょ)しているようだった。


「……神代(かみしろ)先生、本日は急なことで大変失礼いたしました。

 明日からのこと、よろしくお願いいたしますぞ」


 結局、エレベーターホールに着く手前で、教頭は当たり障りのない挨拶だけを口にした。

 その声には、先ほどまでの得意げな響きは消え、どこか探るような、あるいは媚びるような色が混じっている。


 流哉の正体──神代家の人間であること、そしてそれ以上に、この若者が持つ得体の知れない雰囲気──に対する、戸惑いと警戒の表れだろう。


 流哉は、それに対して言葉を返すことなく、ただ軽く会釈だけをしてエレベーターに乗り込んだ。

 教頭は、エレベーターの扉が閉まる最後の瞬間まで、深々と頭を下げ続けていた。

 滑稽(こっけい)だ、と内心で呟く。

 権力や名前に弱い人間ほど、扱いやすいものはないが、同時に最も信用できないものでもある。

 力に従順な者とは流されやすい。良くも悪くも、という話しである。


 一階に到着し、重い扉を押し開けると、そこには立花(たちばな)(かえで)新山(にいやま)由紀子(ゆきこ)が待っていた。

 立花は壁に寄りかかり、どこか面白そうな笑みを浮かべている。

 由紀子は、流哉の姿を認めると、ほっとしたような、それでいてまだ心配そうな表情で駆け寄ってきた。


「やれやれ、お疲れ様、流哉(りゅうや)くん。

 なかなか見応えのある顔合わせだったんじゃないかな」


 立花が、からかうような口調で声をかけてくる。 彼は、『おそらく』という憶測の域を出ない話しだが、生徒会室での遭遇を、何らかの手段で把握していたのだろう。

 フリーランスの魔術師としての、彼の情報網の一端か。


 覗き見とは趣味の悪い。


「……お前の仕込みだろう、立花。余計なことを」


 流哉は、低い声で応じる。

 立花が、流哉と燈華たちが同居していることを知っているのかどうか、それは定かではない。

 だが、少なくとも、流哉が宇深之輪高校に赴任すること自体は、立花の『新山由紀子を助けたい』というある種の欲に基づいていることは知っている。


 それを知ってなお、流哉は契約というぜったいのルールを持ち出し、立花から持ちかけられた話しに乗った。


 もっとも、『大学側と結んだ労働条件と全く同一のものでなければ交渉のテーブルへ着かない』という流哉の提示した条件を、高校が受け入れる訳がないと、内心で踏んではいたが……

 立花がどのような手段を用いて、交渉のテーブルを用意したのか、その点に限って興味がないと言えば嘘になる。


「人聞きの悪いことを言うねえ。

 僕はただ、優秀な人材を、適切な場所にご紹介しただけだよ。

 もっとも、君の『条件』には肝を冷やしたがね。

 よくまあ、あの校長が呑んだものだ」


「お前が、裏から何か手を回しただろう」


「さあ、どうだったかな?

 それより、由紀子(ゆきこ)くんが君のことを随分と心配していたよ」


 立花は肩をすくめ、話しを逸らすように由紀子へと視線を向けた。

 その呼び方は、彼女が立花の元教え子であることを示している。


流哉(りゅうや)くん、本当に大丈夫だった……?

 あの生徒会長さんたち──燈華(とうか)秋姫(あき)も、しっかりした良い子たちだけど、あなた、昔から少し……その、周りと馴染むのが得意じゃなかったでしょう?

 ましてお仕事となると……神代のお祖母様のこともあったし、あなたがまた無理をしていないか、心配で……」


 由紀子が、流哉の目を見て真剣な声で尋ねてくる。

 その口調は、単なる教師仲間に対するものではなく、幼い頃から知る五歳年下の青年へ向けられた、姉のような気遣いに満ちていた。

 彼女の家──新山家は、宇深之輪では古くからの家で、神代家とも付き合いが深い。

 先代の魔法使い、神代月夜のことも、そして流哉の幼少期も、彼女は間近で見てきたのだ。


 流哉は内心でわずかに眉を(しか)めた。

 由紀子の言葉には、彼の本質や過去の出来事に対する、否定しようのない理解が含まれている。


「問題ない。仕事は仕事としてこなすだけだ。

 それに、私情を持ち出すほど、オレはもう子供じゃない」


 ぶっきらぼうに答える。

 彼女の純粋な心配は理解できるが、それが今の流哉にとっては過保護にも感じられた。


「そう……なら、いいんだけど。

 でも、何かあったら、私や立花先生に遠慮なく言ってね。

 燈華ちゃんたちのことも、私が話しておけば少しは……」


「余計なお世話だ。あいつらにはあいつらの立場がある。

 オレはオレのやり方でやる」


 流哉は、由紀子の言葉を遮るように言った。

 彼女が冬城(とうじょう)燈華(とうか)大津(おおつ)秋姫(あき)の「姉貴分」であることは知っている。

 だが、学校という公の場で、その関係性を持ち出すのは、余計な波風を立てるだけだ。


 由紀子は、流哉の言葉に少し寂しそうな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。

 彼女は、流哉が一度言い出したら聞かない性格であることも、よく知っているのだ。


「それより、オレはこれで帰る。

 何かあれば、立花経由で連絡をくれ」


 そう言うと、流哉は二人に背を向け、昇降口へと向かった。


「おや、もう帰るのかい?

 少しは労をねぎらおうと思ったんだが」


 立花の軽口が背後から聞こえてくるが、流哉は足を止めなかった。


「……流哉くん、明日、また学校で。無理だけはしないでね」


 由紀子の、最後まで気遣う声も。


 校門を出て、流哉は照り返すアスファルトの上を歩き出した。

 高台にある宇深之輪高校から続く葛折(つづらお)りの坂、そこから見下ろす宇深之輪の街並み。

 それは、数時間前と何も変わらないはずなのに、流哉の目にはどこか異質なものとして映っていた。


 陽炎に揺れる街のビル群、額から滑り落ちる汗、痛いほど刺すように照りつける陽光。

 地面に落ちる影すらも揺らいでいるように見える。


 影を移動する魔術を使うことも考えたが、燈華に認知されたことにより、彼女は自身の魔力探知を網のように広げていることだろう。

 そんな中で堂々と魔術を使う気になどなれず、仕方なく徒歩という選択をとった。


 見慣れたはずの街並みが、自身の目には異常に映る。

 その理由は自身が、この日常風景の中に「教師」という役割で組み込まれてしまったことへの、無意識の抵抗感かもしれない。

 そして、由紀子という、過去を知る存在との再会が、心の奥底で何かを微かに揺らしたことも。


 古い昔ながらの家屋や商店街等が残る場所。

 再開発によって刷新されていく駅周辺。

 過去と現在が交わる街、宇深之輪。

 祖母から受け継いだ役目を残す場所。


 流哉は街中を練り歩きながら、要所要所に祖母が施した魔術の痕跡を辿る。


 特別何かをするわけではない。

 綻びがあれば直すくらいのことはするが、主な目的は祖母の痕跡辿ること。

 このようなことは、突発に外へ出ざるを得なくなった時くらいにしかできない暇つぶしだ。


 合鍵で門を開け、屋敷へと続く石畳のアプローチを歩く。

 午後も遅い時間になり、陽光は西に傾き、長い影を地面に落としていた。

 静寂。

 洋館は、いつも通り、その主に似て寡黙な表情で佇んでいる。

 玄関の扉を開けた瞬間、予想外の出迎えがあった。


「「「おかえりなさい(ませ)!!」」」


 三者三様の、しかしどこか揃った声。

 玄関ホールには、燈華、秋姫、そしてアレクサンドラとクリスティアナの四人が勢揃いしていた。

 紡の姿だけが見えない。

 おそらく、自室に籠っているか、あるいはいつものようにリビングで紅茶のカップでも傾けているのだろう。


 燈華は、学校で見せた生徒会長としての仮面をかなぐり捨て、いつもの快活な、しかし今はどこか詰問するような光を瞳に宿して流哉の前に立ちはだかっている。

 その隣で、秋姫は心配そうに、しかし興味津々といった表情でこちらを見上げている。

 アレクサンドラは腕を組み、面白がるような笑みを浮かべ、クリスティアナは大きな瞳をぱちくりさせながら、純粋な好奇心で流哉を見つめていた。


「……ただいま。何の騒ぎだ、これは」


 流哉は、内心の面倒くささを押し殺し、できるだけ平静を装って尋ねた。

 学校での出来事を、彼女たちがどこまで知っているのか。


「何の騒ぎ、ですって?

 リュウちゃん、あなた、一体どういうことなのよ!」


 燈華が、ずいっと一歩前に出る。

 その勢いは、まるで獲物を追い詰める肉食獣のようだ。


「うちの高校の臨時教員になったって、本当なの!?」


 単刀直入な問い。

 やはり、情報は既に伝わっているらしい。

 教頭か、あるいは他の教師が、生徒会の誰かに漏らしたか。


 あるいは、由紀子が姉心で彼女たちに連絡したのかもしれない。


「ああ、そうだ。何か問題でも?」


 流哉は、肩をすくめてみせる。


「問題でもって……大問題よ!

 なんで私たちに一言も相談なしにそんな勝手なこと……!

 しかも、今日、生徒会室に来た時だって、なんで他人行儀な……!」


 燈華の言葉は、怒りというより、困惑と、そしてどこか裏切られたような響きを含んでいた。


「トウカ、落ち着いて。リュウヤ様も、何か事情がおありだったのでしょう」


 アレクサンドラが、宥めるように燈華の肩に手を置く。

 しかし、その瞳は笑っていた。

 明らかにこの状況を楽しんでいる。


「それにしても、リュウヤがティーチャーねえ。

 どんな授業をするのか、ちょっと見てみたいかもー」


 クリスティアナが、無邪気に言う。

 彼女にとって、これは新しい遊びか何かと同義なのかもしれない。


流哉(りゅうや)さん……本当に、どうしたんですか?

 由紀子(ゆきこ)さんは、あなたが心配だからって言ってましたけど……」


 秋姫が、心配そうな声で尋ねる。

 やはり、由紀子からの情報だったらしい。

 彼女の問いは、燈華のものとは異なり、純粋な疑問と案じる気持ちから発せられているのが分かった。


「話せば長くなるが、それは、お前たちに関係のないことだ」


 流哉は、ソファに深々と腰を下ろしながら言った。

 彼女たちの詰問にいちいち真面目に答えていてはきりがない。


「それでも、話して」


 燈華の真剣な眼差しが、誤魔化すことを許さなかった。


「……はあ。立花(たちばな)と、色々と取引をしたんだ。

 教師云々っていうのは、高校で発生したイレギュラーによるもので、立花が由紀子(ゆきこ)さんに頼まれて教師の代役を探した、それだけの話だ。

 まあ、オレは契約を結んで、その上で押し付けられた。それだけだ」


 事実を、織り交ぜながら詳しくは語らない。

 嘘ではないが、全てでもない。

 契約。その言葉は考えるよりも重いものだ。


「立花教授が……?

 それにイレギュラーって……あ」


 燈華の眉がぴくりと動く。

 その後に流哉の言葉を反芻し、そして一つの答えを導き出したのだろう。


 その表情が、徐々に味のあるものに変わっていく。


「そ、それは災難だったね、リュウちゃん」


 既に視線も泳いでいる。

 確実に、何か答えを知っているに違いない。

 少し突けば簡単にボロを出しそうではある。


「……まあ、色々と、大人にはあるんだ。

 神代の家の人間として、無視できない事情もあったが、これ以上は詮索するな」


 燈華の隠し事にはおおよその検討はついている。

 流哉が帰国する直前に起きた『白骨遺体が見つかった』という事件。

 ことのあらすじは父親から聞いたが、それも元を辿れば祖母が残した不始末のようなもの。

 流哉としては面倒な後片付けが一つ減ったようなものだが、当の燈華はそれに負い目を感じているように見受けられる。


 わざわざ藪蛇を突く気はないから、それ以上踏み込むなという分かりやすく線引きを行う。


「……分かったわ。これ以上は聞かない。

 でも、リュウちゃんが先生なんて、驚いちゃった。

 他の生徒には()()()()と聞かれることになるかも」


「それは間違いないかも。

 特に、トカちゃんに関連してだけど」


「ちょっと待て。それはいったいどういうことか詳しく聞きたいところだ。

 余計な面倒はごめんだからな」


 その言葉に、燈華は少しだけ気まずそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

 どう問いただしたものか、そう考えていた時だった。


 アレクサンドラがパン、と手を叩いた。


「ま、まあ、細かいことや、積もる話しはディナーをしながらにしませんか?

 リュウヤさんが無事帰ってきた記念ってことで、今夜はアタシが腕によりをかけますから」


「わーい! アレックスの料理、楽しみー!」


 クリスティアナが、嬉しそうに声を上げる。

 その能天気なやり取りに、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。


 流哉は、その喧騒を背中で聞きながら、無言で立ち上がり、自室へと向かった。

 燈華を問いただすのは夕食の際でも良い。

 彼女が正直に答えるとは思っていないし、回答を得られるとも思っていない。

 ポーズ以外の何物でもない。


 今はこれ以上、彼女たちの相手をするのは骨が折れる。

 そう思った、それだけだ。


 三階の自室の扉を開け、中に入る。

 そこは、洋館の他のどの部屋とも異なる、流哉だけの空間。

 窓の外には、常に星月夜が広がっている。


 部屋の主の帰還を察知したのか、蝋燭のような淡い光が、ひとりでに灯った。

 ジャケットを脱ぎ捨て、ベッドに身を投げる。

 ギシリ、とスプリングの軋む音が、静寂の中に響いた。


 ……数奇な運命、か。皮肉だな。


 目を閉じると、様々な光景が脳裏をよぎる。


 魔法を継ぐ者として生を受けたこと。

 神代の血を引く者として、この宇深之輪という土地に縛られていること。

 先代である祖母、神代月夜の、厳しくもどこか寂しげだった背中。

 ロンドンでの魔法連盟との厄介な関係。

 そして、この洋館での、奇妙な共同生活。


 今日、再会した由紀子の顔も浮かぶ。

 彼女は、流哉にとって数少ない、幼い頃から変わらず「普通の人間」として接してくれる存在だった。

 彼女の存在は、この歪んだ日常における、僅かながらの「日常」を繋ぎ止めらる為の(アンカー)だったのかもしれない。

 だが、その彼女の心配すら、今の流哉には重荷に感じられる。


 どれも、流哉自身が望んで得たものではない。

 だが、それらは全て、否定しようもなく彼の一部となっていた。


 立花に唆され、あるいは半ば強制的に引き受けさせられた、高校教師という役割。

 それもまた、この数奇な運命の、新たな一ページに過ぎないのだろう。


 面倒だ、と心の底から思う。


 他者と深く関わることは、常に予期せぬ波紋を生む。感情の摩擦、利害の衝突、そして、時には血の匂いすら伴う闘争。


 それでも……


 脳裏に、先ほどの少女たちの顔が浮かぶ。

 生徒会長としての仮面を被った燈華。

 心配そうにこちらを見上げていた秋姫。

 そして、洋館での、素顔の彼女たち。


 彼女たちとの関わりが、これからどう変化していくのか。

 それは、流哉にとって、やはりどこか他人事のようでありながら、完全に無視することもできない、奇妙な予感として胸の内にあった。


 深い溜息。

 それは諦観(ていかん)か、あるいは、まだ名付けようのない何か別の感情の表れか。


 流哉は、ゆっくりと瞼を開いた。

 窓の外の星々は、相変わらず冷たく、そして美しく輝いていた。

 まるで、これから始まる新たな日常と非日常の交錯を、静かに見下ろしているかのように。


 面倒事は、まだ始まったばかりだ。

 その事実だけが、確かな手触りを持って、流哉の意識の底に沈んでいた。

※三上堂司からのお願い※


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

読者の皆様へ筆者からのお願いがございます。

本作を読んで、「面白かった」「続きが気になる」等、少しでも思って頂けましたら、

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これから物語を書き続けていく上でのモチベーションに繋がります。

今後ともよろしくお願いします。

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