5.今日の事は今日の内に。『その弐』穏やかな朝食の時間
今回は燈華の視点です。
楽しんで読んで頂けたら幸いです。
クリスの表記をクリスティアナに変更いたしました(2022/1/16)
加筆と修正を行いました(2025/1/1)
バスルームで髪を拭き終え、ドライヤーでしっかりと乾かしてから出てきた燈華が目にしたのは、ソファーで静かに寝息を立てている紡の姿であった。
テーブルの上に放置されたティーポットに触れる。
まだ完全に冷めきっていないポットから察するに、紡が寝てしまったのはここ二、三分のことだろう。
紡の肩を軽くゆする。
眠そうに目をこする仕草とかは可愛いのに、と燈華は思うが、思うだけにしておく。余計なことを口に出して貧乏くじを引くのはごめんだ。
「起きた? こんな所で寝ていると風邪引くよ」
「燈華。そう、私、寝てしまっていたのね」
「お風呂は?」
「今日はいいわ。私はもう寝るから、貴女も早く寝なさい」
「今日はいいって、紡、明日は学校休みなの?」
「適当に理由をつけて休むわ。少し気になる事があるし、お風呂は朝起きたら入るから」
「休むって……いいね、紡の所は自由で」
「私が素行も成績も問題ない優等生だから、多少の事では怪しまれないわ。
それにイギリスでは飛び級で大学生だったのよ?
ハイスクール程度の勉強は終えているからどうにでもなるの」
普段の紡の姿からは想像できないけど、彼女が通っているお嬢様学校では優等生で通っているらしい。
イギリスからの帰国子女で、イギリスでは高校を飛び級して大学へ通っていたというのだから、初めて聞いた時は驚いた。
でも、確かに授業の範囲で分からないことを聞けば分かりやすく教えてくれるし、非常に勉強はできる。
「貴女は後先考えずに生徒会長なんて引き受けるからいけないのよ。
引き受けなければもう少し時間を上手く使えたと私は思うわ。
じゃあ、燈華。おやすみ」
「はいはい、おやすみ」
紡はノロノロと自室へと向かって行く。
紡を見送り、ポットの中からお茶を拝借する。
まだ、少しだけ温かい紅茶で喉を潤す。
ティーポットとカップをシンクへと運び、片付ける。自室へと足を運ぶ最中、紡に言われた事を思い返す。
「“生徒会長なんて引き受けなければ良かったのに”か、確かにその通りね。
私は自分に出来る事は全てやろうと思って引き受けたけど、正直容量オーバーもいいところ。もう少し、先を見据えて行動しないと」
紡の言葉に考え込んでいるうちに自室の前まで来てしまった。
斜め前の部屋から明かりがこぼれている。
さて、秋姫はあの様子だと朝方までかかりそうかな?
私も疲れているし、明日は遅れて行く事を連絡して……
秋姫の邪魔をしないよう部屋へ入り、そのままベッドへ横になると眠気が一気に襲ってくる。
燈華の意識は沈んで行く。
数時間後、燈華は目覚ましにいつも通りの時間に起こされ、軽く伸びをして、重たい瞼を擦りながらリビングへと下りて行く。
リビングには既に二人の同居する友人が朝食の準備をしている。
長い亜麻色をした髪の少女はエプロンをつけて調理をしており、もう一人の淡い灰色のウエーブがかった少女は食器を並べていた。
「おはよう。二人とも早いわね」
「おはようトウカ。昨日は遅かったみたいだね。
私達も起きていようと思ったんだけど、朝食の当番だったの思い出して」
「気にしないで良いよ、クリス。私達もあそこまで遅くなる予定じゃなかったんだけどね……」
「今朝、ツムギから話しは聴いたから大体の事は把握しているよ。
朝食の準備はもう少しで終わるから燈華は座って待っていて」
淡い灰色のウェーブのかかった髪の彼女の名をクリスティアナ・ヴィスタチカ。親しい間柄の呼び名はクリス。
連盟を介して紡のところへ来た人で、紡からの紹介で一年前に知り合い、その日の内に意気投合した外国籍の友人。
現在、紡の館で共に生活する仲間だ。
テーブルに着くと直に亜麻色の髪の少女がコーヒーを片手に寄ってくる。
「おはよう、トウカ。昨日はお疲れさま」
「ありがとう、アレックス。今日の朝食はアレックスが?」
「ええ、私達二人はもう済ませたから、あとはトウカ達の分だけなんだけど」
「紡は起きたんじゃなかったの?」
「また寝てしまったわ」
昨日の様子から一度起きた事でさえ奇跡だろう。
すぐ起きて来ることなんて絶望的であることは二人も分かっていることだ。
「私の分も含めてラップしておいてくれる?
二人とも今日は起きてくるのは遅いだろうから、起きてきたら一緒に食べるよ」
「オーケー。ツムギには欠席することを担任に話しておくと、起きてきたら伝えてくれる?」
「うん、分かった。ちゃんと伝えておくよ。
私も半日休んでから学校へ行くから」
「じゃあ、お願いするね。クリス、私達はそろそろ行くから準備お願い」
「はーい」
コーヒーを手渡してくれたエプロン姿の亜麻色の長い髪の少女の名をアレクサンドラ・コメスター。親しい間柄の呼び名はアレックス。
紡の通う学園へクリスと共に転校してきた外国籍の少女。
紡とは長い付き合いらしい。
二人と紡の通う私立水乃宮学園は隣町の海ヶ崎にあるお嬢様学校で、移動には時間がかかる。
いつもは運転手不明の謎の自家用車で送り迎えがあるが、今日は紡が休みの為、それもない。
結果、二人はいつもの倍以上の時間をかけて移動するしかない。
「ツムギのこと、よろしくお願いします」
「行ってくるね、トウカ」
「二人ともいってらっしゃい」
「はい、行ってきます。
それから、トウカ。カップを持ったまま出歩くのは行儀がよろしくないですよ」
「アレックス、お小言はいいから早く行かないと」
駆け出そうとするクリスティアナが、アレクサンドラの腕を引っ張って催促している。
「待って二人とも。普通に行ったら間に合わないでしょ?
紡から鍵を預かっているから地下への扉を開けるよ」
慌てて駆け出そうとする二人を呼び止め、中庭へと誘導する。
中庭の中央、地面に取って付けたようにある扉の鍵穴へ差し込み、鍵を開ける。
扉の中には地下深くへと続く縦穴、それだけがそこにはあった。
「ここを下りるというよりは落ちて、道なりに行けば駅の中に出るよ。二人とも落下速度を軽減する魔術は使える?」
「それは問題ないわ。でも明かりは点くの?」
「そうそう、真っ暗闇じゃタイミングが分からないから明かりが点かなきゃ降りられないよ?」
「大丈夫、暗いのは偽装。本当は明るいから。心配ならこれ持って行く?」
燈華は小さな宝石を差し出す。
商品的な価値なんて見出せない、屑石。
差し出された石を不思議そうに見つめる二人だが、すぐに察しがついたようだ。
「もしかして光石?」
「そう、光石だよ。これがあれば大丈夫でしょ?」
宝石の屑石に発光の魔術を込めた懐中電灯の代わりにしかならない光石。
懐中電灯の方がはるかに安上がりだけど、何度でも再利用が出来て、その上壊れにくい。
見習い魔術師が魔力コントロールの練習によく作る量産品。
紡の屋敷にも燈華が作った光石が大量にストックされている。
外国籍コンビの二人へ燈華はそんな光石を渡す。
「ありがとう。じゃあ行ってくるわね」
「いってらっしゃい、アレックス。クリスも」
「うん。いってきます、トウカ」
アレクサンドラとクリスティアナの二人は一切の躊躇いもなく穴へと落ちて行く。
燈華は扉を閉め、鍵を掛けなおしてからリビングへと戻る。
リビングへ戻るとそこには先ほどまでそれぞれの自室でぐっすりと眠っていたはずの二人がテーブルに着いていた。
紡は紅茶を口にして、秋姫はボーっとし、手探りで席に着く。
燈華を視界に捉えた紡が視線と無言で朝食を催促してくる。
燈華はキッチンに立つとトースターに食パンを二切れ放り込む。
「二人ともおはよう。ヒメは朝食どうする?」
「おはよう燈華。ついでに紅茶のおかわりを用意してくれる?」
「あ、おはよう、とかちゃん。うん、食べるよー」
紡は秋姫の台詞に目を丸くし、燈華へと視線を投げてくる。
燈華は紡の視線をかわし、トースターから焼きあがった食パンを取り出し、斜めに切り、皿に盛り付ける。
自分用の食パンをトースターへ入れるのを忘れずに。
トーストの乗った皿とアレックスが作ってくれたおかずの皿を、紡と秋姫それぞれの前に置く。
「ヒメはまだ完全に目が覚めてないだけよ。気取っていない時なんてあんな感じよ」
「そうなの。とても珍しいものを見たわ」
二人が見つめる中、秋姫はトーストにかじりつこうとして外している。
燈華は三人分の紅茶を淹れ、自分の分のトーストとおかずの皿を乗せたお盆と共にテーブルへと戻る。
秋姫が頭をかしげている。
「ヒメ、眼鏡をかけ忘れているよ」
「あ、どうもボヤケて見えると思ったら」
「ゴメンね。あまり寝てないんでしょ」
「大丈夫。あと微調整で終わるから」
それを最後に三人の朝食は七時三十分、普段よりは遅い時間に、いつも通り静かに始まった。
いつも通りの朝食、会話のない静かな朝が始まる。
燈華の視点、どうでしたか。
新しい人物も出てきて、混乱してないと良いのですが……
燈華たちの日常が続きますが、楽しんで頂ければ幸いです。
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