第13話 消えないもの
十一月。国際コンクールの結果が出た。
教授から呼ばれたのは、朝だった。
「吉田。入賞した」
それだけだった。
桃子は「はい」と言った。それだけだった。
廊下に出て、壁に背中を預けた。
入賞。
言葉が、すぐに飲み込めなかった。
後日、審査員のコメントが届いた。
教授が桃子に紙を渡した。
英語だった。教授が訳してくれた。
「画面の中心に、小さな雲がある。消しかけたように薄く、今にも消えそうだ。その周りに食卓が重なる。冷たい皿。空の椅子。しかしその上にまた別の層がある。温かい料理。湯気。二膳の箸。全てが透けて見える。消えたはずのものが、層になって残っている」
教授は続けた。
「この作品は喪失を描いていない。回復を描いている。しかもその回復は声高に語られない。ただ静かに、層として積み重なっている。現代アートが忘れた誠実さがここにある」
桃子は紙を見たまま、動けなかった。
喪失じゃなく、回復。
自分では気づいていなかった。
ただ描いただけだった。消えなかったものを。重なってきたものを。
「吉田」
教授の声がした。
「これからどうする」
桃子は顔を上げた。
「描き続けます」
教授は小さく頷いた。
それだけだった。
その夜、桃子は母にメールを送った。
『入賞した』
しばらくして返信が来た。
『そう』
桃子は笑った。
それから一行、追加されていた。
『よかった』
たった四文字だった。
でも桃子には、それで十分だった。
スケッチブックを開く。
今日の自分を、描いた。
窓の外の東京の夜景。手元のスケッチブック。そして遠くにある、あの街の食卓。
全部が、一枚の絵に収まった。
鉛筆を置いて、桃子は思った。
何で生まれてきたんだろう、と思っていた。
今はもう、思わない。
小さい頃から馬鹿にしてきた全員に言いたい。
——バカですけど、何か?
(完)




