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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第89話 強国スパイ殲滅戦

火の手は、予想より一刻早く上がった。


西門。

兵站局。

北塔。

そして王都南区の橋。


青鷹の工作員と買収兵が同時に動き、王都を四つに裂こうとする。

狙われた場所は、捕えた工作員の供述通り。

つまり、こちらの図面通りでもあった。

だが、今回は裂けない。


「北塔、囮成功! 敵戦力は想定以下!」

通話板が光る。

「兵站局、分散在庫無事!」


湊が事前に敷いた流れは、ほとんどが生きていた。

ただ一か所――西門だけが、図面からはみ出した。


「西門、買収兵の数が事前情報より多い! 第一列、押し込まれてます!」


火の手が一刻早かったぶん、西門はまだ結界の交代を組み切れていなかった。

そこへ想定を超える数がぶつかり、最前列の結界板が一枚、また一枚と弾かれていく。


「無理に押し返すな」

湊は即座に通話板へ返した。

「第二列まで下げろ。空いた分は北側の予備導線で塞ぐ」


下がる。

だが、崩れない。

昨夜叩き込んだ三人一組の交代が、欠けた人数のままでも噛み合った。

前列が退いた一拍を、中列がそっくり受け継ぐ。

遅れて駆けつけた交代要員が加わると、押し込まれていた線は、じわりと押し返しへ転じる。


「西門、持ち直し! 避難誘導、開始します!」


完璧ではなかった。

それでも、一か所綻んだくらいで全体は崩れない。

湊が二日かけて組んだのは、そういう形だった。


王都は混乱している。

でも崩れてはいない。

それだけで敵の算段は狂う。


通話板の向こうでは、リゼリアの声が飛び続けていた。

「買収された兵は、できる限り殺さず拘束してください。武器を捨てた者は、その場で手当てを」

声は一晩中、揺れなかった。

ただ一度だけ、拘束した兵の数を報告されたとき、返事までに短い間が空いた。

買収されたとはいえ、その全員が、彼女の国の兵だ。

板越しでも分かる。

王女は震えを、声に出ない場所で殺している。

「……続けてください」

次の指示は、もういつもの声だった。


兵站局では在庫を掴めなかった青鷹が空振りし、北塔では囮に食いついた工作員が丸ごと閉じ込められた。


そして南橋には、レイス・ヴァルタがいた。


「やっと出たな」

カナンが大剣を抜く。


レイスは青い羽根章を翻し、乾いた笑みを浮かべた。

「辺境で尻尾を踏まれた時から、お前とは決着をつけると思っていた」


「私は思ってない。今決めた」


二人が同時に踏み込む。

橋上の石が鳴る。

レイスは速い。

短剣二本で間合いを散らし、要所だけを刈りに来る。

だがカナンはさらに一段速かった。


専用大剣が軽い。

脚部補助具が着地を殺さない。

二撃目、三撃目の繋がりが以前と別物だ。


だが、レイスも長く修羅場を踏んできた男だった。

ひと合わせで、カナンの剣が変わったことを察する。

速度の上がった連撃へ、起こりを狙って短剣を合わせてきた。

浅く、それでも確かに、カナンの二の腕へ一筋の朱が走る。


「へえ」

カナンの目つきが、戦士のものになった。

「やるじゃないか」


レイスは答えない。

踏み込みの角度を一手ごとに変え、カナンの新しい間合いを読み切ろうとする。

辺境で何人もの兵を沈めてきた、本物の実働隊長の手だった。


だが――読み切るには、半拍だけ足りなかった。


「何をした、あの職人に」

レイスが顔を歪める。


「最適化だ」

カナンは笑う。

「羨ましいか?」


それでも、勝負は長引かなかった。

浅手と引き換えにカナンの間合いを完全に外され、レイスが橋欄干へ回って逃げを打とうとした瞬間、湊が事前に仕込んだ足止め楔が石畳から立ち上がる。

ほんの一拍。

でも、それで十分だった。


カナンの刃が、青い羽根章ごと相手の短剣を叩き落とす。

返しの柄打ちで意識が飛び、レイスは橋上に崩れた。


「終わりだ」

カナンが吐き捨てる。


王都各地でも、同じ報告が次々と届いた。

通信網。

分散補給。

避難導線。

防壁運用。

全部が噛み合い、青鷹の同時蜂起は一つずつ潰れていく。


リゼリアは王城から指示を飛ばし続け、アルヴェインは地方兵を乱さず動かし、湊は板越しに街全体の継ぎ目を締め続けた。


強国スパイ殲滅戦。

大げさな名前に聞こえるかもしれない。

でも、その夜の王都では確かに、長く巣食っていた外の手足が一本ずつ引き剥がされていた。


ルーメリアは、もう食われるだけの国ではなかった。

少なくとも今夜、王都そのものがそれを証明していた。


夜が明けきる前、縛り上げたレイスは城の地下牢へ護送されることになった。

その間際、意識を取り戻した男は、湊を見て薄く笑った。


「蜂起が読まれていたのは、いい。負けも認める。だがな、職人」

レイスは声を落とした。

「開始の刻を早めろと言ってきたのが誰か、俺も知らん。指示は、いつも王城の中から来た」


「なんでそれを俺に言う」


「沈む船から、一人だけ濡れずに降りる男がいる。それが気に食わんだけだ」


それきり、男は口を閉じた。

王城の中から。

湊の脳裏に、地図の西棟補助室を一瞬だけなぞっていった、穏やかな視線がよぎる。

確証はない。

だが、殲滅戦の終わった王都のどこかで、まだ一本だけ、切れていない糸が静かに揺れていた。


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