第54話 マッチングアプリの正体
祖父のスマホは、相変わらず妙にしぶとかった。
充電ケーブルを挿してもいないのに落ちないし、古い機種のはずなのに妙な処理だけは滑らかだ。
中を調べようとしても、普通の設定画面では何も出てこない。
「じいちゃん、ほんと何者だったんだ」
「何度目だ、その感想」
とカナン。
「何度でも言うよ」
手掛かりになったのは、旧鍵板だった。
金属板をスマホの背面へ近づけた瞬間、画面が一度だけ暗くなり、見慣れない保守メニューが立ち上がったのだ。
「うわ」
項目は日本語でも英語でもない。
だが、祖父の手記にあった略号と並べると、だいたい読める。
接続安定率。
境界遅延。
救難優先度。
候補抽出。
アプリというより、完全に接続装置の管理画面だった。
「恋愛要素どこいった」
「最初からなかったんだろ」
カナンが冷たく言う。
「夢のないこと言うな」
さらに深いログを開く。
過去の接続試行、失敗履歴、遮断理由。
その末尾に、祖父自身が残した短い注記があった。
『見た目は柔らかくしろ。現代人は、助けを求める装置より、遊び道具の方を先に触る』
「やっぱり性格が悪い」
「賢い、の間違いでは」
「両方」
つまり、あのマッチングアプリ風の見た目は全部偽装だ。
向こう側では救難魔道具。
こちら側では軽薄なアプリ。
そのズレのおかげで、湊は警戒より先にメッセージを開いた。
そしてログの候補抽出欄には、さらにろくでもないことが書かれていた。
候補抽出ログ。
工式を読む癖。
現地外技能。
錨点との近さ。
接触継続率。
「接触継続率?」
「お前がどれだけ怪しまれずに開くか、ってことだろ」
カナンが言う。
「俺、採点されてたの?」
「たぶん高得点だった」
嬉しくない。
だが、召喚の理屈はようやく綺麗に繋がった。
リゼリアが湊を恋愛感情で選んだから呼べたわけではない。
彼女は国難の中で救難術式を起動した。
祖父のシステムは、条件に近い誰かへ手を伸ばした。
その接触窓口として“もっとも警戒されにくい見た目”を作った。
それがマッチングアプリだった。
「ふざけた見た目なのに、やってることは重いな」
その一方で、ログの中にはもっと現実的な情報もあった。
接続が安定する時間帯。
扉の負荷上限。
現代側から持ち込んだ物資の定着率。
『電子制御品は境界越え後、精度保証なし』
『高密度電源は不安定化要因』
『金属工具は適応率高』
「ああ、そういうルールか」
だからスマホそのものは向こうで万能じゃなかった。
だから祖父は結局、工具と図面を中心に残していた。
さらに末尾には、帰還条件に近い項目があった。
『安定帰還には両側錨点の補修が必要』
『一方のみの応急開放は短時間』
「錨点」
「扉そのものだろうな」
カナンが言う。
向こう側では、源蔵が遺した退避路の扉――王城地下封印室と同じ工式系統の出口だ。
こちら側では祖父の蔵。
どちらか片方だけ直しても足りない。
だから帰るには、蔵側の工式もちゃんと補修する必要がある。
湊は保守画面を閉じず、そのままスクリーンショット代わりに祖父ノートへ写し取っていく。
カナンも横から覗き込み、用語を向こうの言い方へ置き換えていく。
「これ、殿下に見せれば安心するかも」
「するかな」
「少なくとも、お前が“偶然だけで巻き込まれたわけじゃない”ことは伝わる」
その一言は思ったより重かった。
湊はあの国で役に立った。
でも同時に、異物でもあった。
だから召喚理由に理屈が通るだけで、立つ位置が少し変わる。
使い捨ての偶然ではない。
だが、選ばれた英雄でもない。
届く場所にいたから、手を伸ばされた。
なら、戻る理由も十分だ。
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