第26話 カナンの初嫉妬
防柵づくりの翌日、村は妙に明るかった。
夜を無事に越えられたというだけで、人の顔つきはここまで変わるのかと湊は感心した。
朝食代わりに配られた野菜スープをすすっていると、昨日まで怯えた顔をしていた村人たちが、次々に声をかけてくる。
「ミナト様、この縄の結び方、もう一度教えてくれませんか」
「荷車の位置、うちの畑側でも応用できますか」
「昨夜のあれ、ほんとにすごかったです」
質問は全部、実務的だ。
それが逆に嬉しい。見世物扱いではなく、役立つ人間として見られている。
ただ、その“役立つ人間”に対する感謝が、若い娘たちのあいだでは妙に別方向へ転がっていた。
「異世界の職人様って、思ってたよりちゃんとしてるよね」
「ちゃんとしてるって何」
「もっと変な人かと」
「でも優しい」
聞こえてる。
湊は苦笑しながら、防柵の結束位置を直していた。
その後ろで、カナンの機嫌がだんだん悪くなっていく。
「結びはここ。引く方向そろえるとほどけにくいから」
「わあ、手きれいですね」
「職人だからね」
「異世界でもモテそう」
「それはどうだろう」
そこへ、どすん、と鈍い音が響いた。
カナンが荷木材を必要以上の勢いで地面へ置いたのだ。
村娘たちがびくっとする。
「作業の邪魔だ」
カナンが無愛想に言う。
「あ、ご、ごめんなさい」
娘たちは慌てて散っていった。
湊は唖然とする。
「いまの、ちょっと怖かったよ」
「事実を言っただけだ」
「いや絶対ちょっと機嫌悪いでしょ」
「悪くない」
悪い人の返しだった。
その様子を少し離れた位置から見ていたリゼリアが、ふっと目を細める。
何かを察した顔だ。
昼、村の広場で簡単な休憩を取っていると、村の娘が湊へ花を編んだ紐を差し出してきた。
「これ、お礼です」
「え、俺に?」
「はい。昨日、村を守ってくれたから」
素朴だが丁寧な手仕事だった。
受け取ろうとしたその瞬間、横からすっと白い手が伸びる。
「ありがとうございます」
リゼリアだった。
彼女はにこやかに礼を言い、その紐を湊の手ではなく、自分が受け取る。
村娘が目を瞬かせる。
「殿下?」
「彼はわたくしの大切な方ですので」
さらりと言った。
しかも否定の余地がない笑顔付きで。
湊は咳き込みそうになる。
「王女様、急にギア上げるのやめてもらっていい?」
「偽恋人ですから」
「便利ワードみたいに言う」
「……そうですね。でも、便利だから使えるのです」
カナンはそのやり取りを見て、さらに面白くなさそうな顔になった。
午後、防柵の補修位置を確認しに外周を歩いていると、カナンがぽつりと呟く。
「……軽率だ」
「何が?」
「お前が」
「俺?」
「……手を貸しすぎだ」
そこまで言って、彼女ははっとしたように口を閉じた。
湊は少しだけ考え、それから聞く。
「もしかして、妬いてる?」
「は?」
「いや、違うなら違うでいいんだけど、今の感じかなり――」
「違う!」
即答だった。
ただし声が少し大きい。
「……違う、が」
「が?」
「護衛対象の注意力が低いと困るだけだ」
「なるほど。じゃあ護衛対象に近づく女の子は全員排除で」
「そういう言い方をするな」
頬が少し赤い。
気づいていないなら、それはそれで相当分かりやすい。
その日の夕方、リゼリアがこっそり湊へ花紐を返してきた。
「はい」
「取り上げたままじゃないんだ」
「必要な牽制は終わりましたので」
「王女様、怖いなあ」
「でも、少し面白かったです」
そう言って笑う彼女の視線は、少し先で無愛想に剣の手入れをしているカナンへ向いていた。
湊もつられてそちらを見る。
S級冒険者は、いつも通り無表情を装っている。
けれどその耳が、ほんの少し赤いことに、リゼリアも湊も気づいていた。
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