第三十話 共犯の終わり、あるいは始まり
――これで、終わりですわ。
そう言ったあと。
わたくしは、一歩だけ下がった。
それ以上、前に出る必要はない。
もう。
勝負は、ついている。
静寂。
長い。
誰も、すぐには動けない。
それほどまでに。
盤面は、はっきりとひっくり返っていた。
「……以上だ」
やがて。
誰かが、低く言った。
監査官の声。
少しだけ、硬い。
「本件は再調査とする」
形式的な言葉。
だが。
意味は十分。
断罪は、崩れた。
完全に。
ざわめきが広がる。
抑えきれずに。
誰もが理解している。
今、何が起きたのか。
そして。
誰が勝ったのか。
わたくしは、何も言わない。
言う必要がないから。
それだけでいい。
視線を動かす。
リュシアン。
彼は、動かない。
ただ、静かに立っている。
表情は変わらない。
だが。
わずかに。
ほんの僅かにだけ。
目の奥が、沈んでいる。
「……見事だ」
彼が、もう一度言う。
小さく。
だが。
確かに。
「ええ」
わたくしは頷いた。
「ありがとうございます」
それだけ。
それ以上は、いらない。
彼は、それ以上何も言わなかった。
言えなかったのではない。
言う意味が、もうない。
それだけ。
視線を外す。
もう、彼を見る必要もない。
終わったのだから。
――本当に?
ほんの一瞬だけ。
そんな考えがよぎる。
だが。
すぐに消える。
今は。
それでいい。
「……終わりましたね」
横から声。
アシュレイ。
いつも通り。
何も変わらない顔。
「ええ」
わたくしは答える。
「一応は」
その一言で。
彼が、わずかに笑う。
「“一応”ですか」
「ええ」
肩をすくめる。
「こういうものは、終わりませんもの」
構造は。
消えない。
ただ。
形を変えるだけ。
「……そうですね」
彼は頷く。
理解している。
完全に。
「では」
わずかに。
声を落とす。
「次は、どうなさいますか」
問い。
だが。
選択肢は、いくつもある。
元に戻る。
静かに生きる。
関わらない。
――あるいは。
わたくしは、少しだけ考えた。
ほんの一瞬。
そして。
「そうですわね」
微笑む。
「まだ、終わっていないものを」
間。
「終わらせましょうか」
その答え。
曖昧。
だが。
十分。
アシュレイが、小さく息を吐いた。
「……やはり、そう来ますか」
「当然ですわ」
迷いはない。
最初から。
そういうもの。
視線を動かす。
ミレイユ。
少しだけ離れた場所に立っている。
こちらを見ている。
不安と。
迷いと。
そして。
ほんの少しの。
決意。
「……レティシア様」
彼女が、近づいてくる。
ゆっくりと。
だが。
止まらずに。
「どうしましたの」
「……その」
言葉に詰まる。
だが。
逃げない。
いい。
「わたしは」
小さく。
だが。
はっきりと。
「間違っていなかったでしょうか」
その問い。
重い。
だが。
逃げる必要はない。
「ええ」
わたくしは答える。
迷いなく。
「間違っていませんわ」
それが、答え。
「ただ」
少しだけ。
言葉を足す。
「簡単ではないだけです」
ミレイユの目が、揺れる。
だが。
崩れない。
「……はい」
小さく頷く。
その顔は。
もう、最初とは違う。
わたくしは、ほんの少しだけ目を細めた。
「よろしい」
それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
沈黙。
だが。
悪くない。
むしろ。
心地いい。
――共犯。
その言葉が、頭の中に浮かぶ。
だが。
少しだけ違う。
もう。
ただの“利用”ではない。
それでも。
名前は、まだない。
それでいい。
今は。
視線を上げる。
王宮の高い天井。
変わらない。
何も。
だが。
確実に。
少しだけ。
歪んでいる。
「さて」
わたくしは、歩き出した。
止まらずに。
振り返らずに。
「次は」
小さく。
誰にも聞こえないくらいの声で。
「誰の正しさを、壊しましょうか」
その言葉だけを残して。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
一つの断罪は終わりましたが、
関係も、構造も、まだ終わっていません。
もし少しでも面白いと感じていただけたら、
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また次の物語でお会いできれば幸いです。




