この執事元◯◯
私の魂の声に応じたのはひとりの白髪の初老の男性だった。
所謂執事服をカチッと着込んだ目つきの鋭い男である。
確かこの男は…………すまん、名前が思い出せない。
「陛下。でしたら、一度陛下の私室にお下がり頂きお召し物を誂えたく思いますがいかがでしょうか?」
「是非お願いします」
一も二もなくその提案に飛びついた。
「それでは僭越ながら執事長のこの私、セバスが先導させて頂きます。」
言って彼は私の前まで優雅に歩き手を差し出してきた。
……ので掴んだ。
瞬間、レイが執事のセバスを睨む。
……怖っ!
一方セバスは表情を変えることなく私を玉座の間から連れ出してくれた。
数多の臣下なる存在を左右に見ながらの退場なわけだが、皆平伏していて顔がよく見えない。
記憶にあるキャラがどこかにいないかなぁ?
と思い注意深く見たのだが、結局見つけることが出来なかった。
まあ、そんなもんである。
因みにセバスは名前を聞いて辛うじて思い出した。
こいつはガチャの景品じゃない。
イベントでゲットしたキャラだ。
どこかの国を潰して領土を広げた際、元国王を捕らえたのだが、そのまま処刑するか配下に加えるかを選べたので配下にしたのだ。
元王様を使用人にするのを鬼畜と言うか命を助けた私慈悲深いと絶賛すべきか迷うところだ。
勿論、元々の名前は別にあったはずだ。
しかし、ガチャでゲットしたキャラもそうだが、自分の配下に降ったキャラは希望すれば名前をつける事ができ、私は全てのキャラに名前をつけていた。
……で、執事服がクソ似合う風態だからわざわざ課金して執事服を買って着せてセバスと名付けた。
当時は私ってユーモアのセンスあるぅって自画自賛したのだが………
10年の時を経て薄ら寒いギャグがブーメランのように自分に返ってきて泣きたい気分になる。
…と、いうかこいつは本気で私に帰ってきてほしかったのだろうか?
彼から見たら私は国も名前も身分すらも奪い無理矢理従わせる憎い存在ではないのか?
ゲームの流れで彼以外の王族貴族は処刑したしね。
従う理由なくね??
てか、このままここでさくっと殺されるんじゃ?
嫌な予感が頭をよぎる。
しかも私達は今人気のない場所を歩いている。
おまけにセバスは無言だ。
怖い、このまま殺されるフラグが見える。
私は気を紛らわせようと周囲を見渡す。
単なる廊下だが、ゲームでは描かれていなかったので物珍しい。
いや、そもそも城など遊園地のシンデレ○城ぐらいしか知らないのだ、描かれていようがいまいが関係なかった。
「……物珍しいですか?」
「ひぇ!?」
いきなり声をかけられ私はビクつく。
じっと見られるので格好も格好で恥ずかしく下を向いてしまう。
「……まあ……」
「陛下は以前城の内部を移動する際はテレポートの魔法を使っていらっしゃいましたから、こうやって歩かれて内部をゆっくりとご覧になった事がありません。
その為珍しいのでしょう」
「……ああ…」
そういう設定なんだ。
ゲームで拠点であるシュナイザー城で描かれている場所は僅かに三つ。
一つは先程の玉座の間。
確かログインすると最初に出るのがあの玉座の間だった。
そしてもう一つが私室。
この部屋で過ごすことにより体力や魔力を回復させる事が出来た。
そしてもう一箇所を含めて行き来は画面上で選択するだけ。
玉座の間を選択すれば次の瞬間そこにいる仕様だった。
だからその間にある廊下だとか部屋だとかは描かれてなかった。
……その廊下の類いに私が出没しない理由がテレポートというわけだ。
そんな魔法使った覚えはないがまあ、それでいいんじゃないかと思う。
ゲームの仕様ですといって信じてもらえる自信がない。
「どうぞ、陛下の私室でございます。」
いつの間にやら私達は部屋についたようだ。
セバスが開けたドアをくぐれば驚く程広く贅沢な部屋がそこには広がっていた。
ゲームと同じ………だと思う。
なんかこの赤い絨毯とか見覚えあるし。
壁に飾ってある剣にも見覚えがある。
だけど、ゲームで知っていたとはいえ驚愕に値する贅沢な部屋だ。
天蓋付きのベッドなんて初めて見たよ。
「陛下、どうぞお入りください」
「あ…うん……」
思わず止まっていた足を動かし部屋に入った。
もう広すぎて逆に落ち着かない。
なんでこんな広いんだ!?
「陛下、どうぞお座りください」
言ってセバスはソファに私をエスコートし、座らせる。
「ただ今、陛下のお召し物をお持ち致します。
暫しお待ちください」
「あ、お願いします」
面倒かけてすみませんと頭を下げたら眉を顰められた。
うわ、怖い!
しかし、彼はすぐに表情を緩め部屋の奥にある扉を開いて消えていった。
あそこ、何?なんなの?
ドキドキビクビクしながらそちらの方を見続けて暫し。
セバスが大量の布を抱えて出てきた。
なんだぁ……?
「陛下、とりあえず陛下の美しさを引き立たせる事の出来る物を探して参りましたが、何分数が少なすぎまして、ご満足頂けるかはわかりかねますが、どうぞご検分ください」
とりあえず、そうやって持ち上げるのやめてくれないかな?
美しいってそれが本当なら今頃素敵な彼氏の一人や二人………うん、考えるのよそう。
とりあえず、セバスが持ってきた布を改めて見ればそれはどうやら布ではなくドレスのようだ。
………そういえば、アバターを飾る為の小物としてドレスってのもあったなぁ……
見た目が綺麗だからさすがに課金こそしなかったが、手に入れられる機会があればとりあえずゲットしていた。
結構持っていたように思うが……いや、実際彼は山のように服を持ってきている。
少ないはずがない。
……と、いうか、現代日本人にドレスはやめて。
罰ゲーム以外の何者でもないから!
確か……確か、ジーンズとかカーディガンとかもあったはず!!
ドレスは可愛く作ったアバターを飾る物であってアラサー女子が着るものじゃない!
……ってかさ、なんで私はアバターじゃないんだろう?
アバターの外見なんて細かく覚えてないけど、少なくても今より絶対可愛かったはずなんだ。
何故異世界に来てまで見慣れた普通顔と付き合わなくてはならないのか!
「こちらのドレスは王都で流行りの…….」
「ごめん、服ってこっちにあんの?」
話を遮って問いかければセバスは言葉を飲み込み頷いた。
「ちょっと見せてね」
答えを待たずに先程の扉をくぐれば…
クローゼットとか衣装部屋とかそんな単語では語りつくせない程の衣類がそこにはあった。
……待って!!
いくら私でもこんなに手に入れた覚えがない!
……って、あ、親のクレカ……。
とにかく可愛いと思ったものを片っ端からか買ったような……
誰だよ、課金してまでドレスなぞ買ってないとか言った奴!!!!
山のように買ってたじゃねーか!!
……アバターを飾るだけの小物にここまで金を使ってるんだ、記憶にないけど、ゲームの根幹ともいうべき武器防具に関してはもう考えるのを放棄した方が良さそうだ。
兎に角、私はジーンズとかカーディガンとか現代人的な服装を探す。
こんだけあんだ、絶対に手を出しているはず!!
「へ、陛下…」
「これじゃない、これじゃない…あった!」
ジーンズとカーディガンを見つけた。
すぐさまジーンズを履いてカーディガンを羽織る。
いや、下着同然だけど辛うじてタンクトップを着ていてよかったわぁ。
一仕事終えて汗を拭いつつ振り返れば呆然としているセバス。
「………あの……?」
恐る恐る声をかければセバスははっと我に返りそして……
「陛下ぁぁぁあ!」
いきなり叫んだ!
やべ、なんか地雷踏んだ!?
「ひぃ!?」
こ、殺される!??
「どーーして、一言、これが欲しい、あれが欲しい、無いならもってこいと命じないんですか!!
こっちは千年ぶりにお会いして今か今かと尽くす瞬間を待ち望んでいたというのにーー!」
「ご、ごめん…」
「いや、いいんですよ!?
陛下の荒らした部屋の片付けは私の、そう、わ、た、し、の、仕事!!
ええ、尽くしがいのある仕事があってええ、幸せですよ!?」
本当に幸せなんだろうか?
明らかに雰囲気は部屋を散らかした馬鹿娘をしかる母親のそれだ。
「ですけども!!私としましては!!
陛下直々に命じられて動きたいんですよ!
わかりますかね!?この気持ち!!?」
「はい!わかります!わかりましたから!
近い!顔が近い!!」
せっかくの渋い年配男性の顔が台無しですよ!?
「はっ!?も、申し訳ありません、我を忘れました…!」
慌てて跪くセバス。
「いや、いいよ、うん、君の気持ちはわかったよ…….」
「いえ!厳罰を!!」
「いや、必要ないから」
「……そうですか…?」
何故か残念そうなセバス。
いや、何故かも何もない。
理由は察せられるが察したくないので全力スルーだ!
「と、言うかさ、聞きたいんだけど、私の記憶が合ってるんなら貴方、私に国を乗っ取られて一族郎党皆殺しにされてるんだけど、思う所はない訳?」
正直、聞くのが怖かったが今聞かねば一生聞く機会に恵まれない気がしたので思い切って聞いてみた。
「ありませんね」
結果吐き捨てるように言われました。
「え?本当??」
思わず聞き返してしまう。
「……正直に申し上げますと、国を取られ、一族諸共囚われ、妻も子供も母も目の前で斬首刑に処された時はお恨み致しました。」
「そーでしょーとも」
いや、私そんな酷い事したのか。
ゲームでは処刑したの一文で終わってたからさ。
具体的に誰に何をどーしたとかそういう描写がなかったから知らなかったよ……。
「しかし、陛下に温情賜り生きながらえる事が出来、あまつさえ陛下の身の回りの世話を任されお近くにて陛下を見ているうちに私は気づいたのです」
「……何を……」
ごくりと喉を鳴らす。
ゲーム内の私に何を彼は見出したのか。
それから外れたら私は再び彼に恨まれるのか。
その答えを私は聞き逃さないと真剣な面持ちで彼を見た。
「私は人を使うより使われる方が好きだと言うことを!」
ガクっと思わずずっこける。
何言ってんだこいつ。
「私は生まれてこの方ずっと人に指図して生きてきました。
しかし、それは私にとって苦痛そのものでした。
何故なら周囲は私の見た目から勝手に強くて立派な王という幻想を抱いておりそれを壊したらどう思われるか不安で仕方がなかったのです。
慢性的な不安を現実にしないよう、必死で見栄を張って生きてまいりました。
故に、大帝国と戦争になり国を取られ、一族諸共囚われ殺された時は恨み半分、安心半分という不可思議な感情を抱いていたのです。」
「へぇ…」
「そして、陛下は私に第二の人生として今までとは真逆の使用人としての生き方を与えてくださいました。
そのなんと楽なことか!!!
もう見栄を張らなくていい!!
誰に何を思われてもいい!!
元王族がどうした!!
私はもう王族ではない!!
単なる一般市民だ!!!!」
「お、おう…」
セバスの熱弁に押される。
「そんな訳で自由と解放、仕える喜びを与えてくださった陛下への恨みはとうの昔に感謝と忠誠に塗り替えられているのです。」
きっぱりはっきり言い切った!
すげぇ!見たことも聞いたこともないレベルでの筋金入りの奴隷根性だ!
実は演技で暗殺狙い……かとも思ったが、彼自身の戦闘レベルは確か1だったはず。
自分のレベルは全く覚えていないが、ゲームの都合上前線に出て自ら死地を切り開くことも多かった私にはレベル面で言えば彼は絶対に勝てない。
だから暗殺狙いはまずないだろう…と思いたい…。
「それに、今では国を取られた、失ったなどとは微塵も思っておりません」
「…?」
「私の国は大帝国の一部として今も生きているのです」
そう言ってセバスは晴れやかな笑顔を見せてくれた。
ああ、これ本心だ。
演技でこんな晴れやかな笑顔ができる人元の世界の有名俳優にだっていやしない!
私は彼を信用できると判断した。
もし、寝首をかかれたら…
その時は見る目がなかったと思って潔く死ぬしかないなぁ。
「そうかぁ……」
ふと、その大帝国を見て見たくなった。
十年ぶりにログインしたし、今の所帰還方法もわからないなら当時作った国をリアルに見てみるのもいいかもしれない。
そんな気分になったのでセバスに問う。
「国を一望できる場所ってある?」
「勿論、天守閣がございます」
はて、洋風の城で天守閣とはなんなのだろうか。
まあ、展望台みたいな場所があるってことなのだろう。
「じゃあ、連れて行って」
「畏まりました、先導させて頂きます。」
先程とは違い安心して彼の後に着いていく。
予想通り、城で一番高い所が展望台…見張りとしての意味合いであるのだろう…天守閣がそこにはあった。
そして、そこから見たものは……
「「な!?」」
私とセバス同時に声をあげる。
「国が!?」
「無い!?」
私達は互いに顔を見合わせて声をあげる。
眼下にあるはずの国はなくただそこには森が広がっていた。
「そんな馬鹿な!!?
わ、私は毎日ここで国を眺めるのが日課なのです!
今朝も国を見ました!陛下がいらした当時のままの栄えある大帝国が眼下に見えたのです!」
まるで言い訳するようにセバスが言う。
「落ち着いて」
セバスが慌てれば慌てるほど私の頭は冷えていく。
誰かがパニックになってる様子を見ると何故か冷静になれるって本当なんだな。
「こ、これが!このような異常事態に見舞われ、あまつさえ私の国が無くなって落ち着ける筈が………!」
はっとした顔をするセバス
「申し訳ございません。シュナイザー大帝国は余すことなく陛下のもの。
私の物なのでは……」
「それはいいから。それより、落ち着きなさい」
「……!はい……仰せのままに…」
セバスが漸く落ち着いた。
彼を落ち着かせて私は考える。
異常事態。
セバスはそう言ったがそれは今更だ。
ゲームのキャラクターに命が宿り私はこうして異世界にいる。
これが異常事態でなくしてなんだというのか。
だからここでもう一つや二つ異常な事が増えても私の心をかき回すような事にはならない。
それよりも……。
私は元の世界で手にしていた情報を組み合わせるべく思い出していく。
10年ぶりの続編
強くてニューゲーム
異世界建国記
ここは私の知ってるゲームの世界ではない。
続編の世界にいるのだ。
裸一貫でいるのだけは避けたがそれはデータの引き継ぎ効果だろう。
もしそれがなかったら……考えたくもない。
では、何故国がないのか。
国だってデータだ。
私が当時小遣いとバイト代と親のクレカを使い込んで作り上げた大帝国は当時の私の限界そのものであり、挑戦の証であった。
それが引き継げてないという事。
そしてゲームの内容はゲームタイトルで察する事ができる通り建国にある。
つまり。
私は。
再び異世界で国を興すべくここにいるのだ。
その事実に愕然とする。
ゲームじゃないんだよ?現実で国を興せってただの派遣OLに何を求めているんだ、この世界は。
向こう見ずな青春真っ盛りの高校生とは違うんだぞ!?
「……陛下……我々はどうすれば…」
セバスの顔は不安一色だった。
どうすればって私が聞きたい。
……そうだ、まずはとにかく情報が欲しい!
「セバス、玉座の間に集まっていた者たちは今もそこにいる?
いないならもう一度集合をかけることはできる?」
「た、ただ今確認致します………
陛下、未だ臣下は誰一人として玉座の間から移動していないようです。」
「え?」
思わず声をあげる。
着替えて、セバスと話して、天守閣まで来てとそれなりに時間をかけていたと思うのに、まだ玉座の間にいるってなんで??
「お召し替えを終えた後、再入場される陛下を迎えるべくその場から動いていなかった模様です」
え?
私、再入場するなんて言ったか?
……まあ、いいか、最集合かける手間が省けたんだ。
……ところでどうやって彼は玉座の間の様子を知る事が出来たのだろう……?
「陛下、玉座の間に向かわれるので?」
「勿論。兎に角情報が欲しい。
私達は今、この異常に気づいたけど、もしかしたら前から気づいていた者がいたかもしれないし、そこまで行かずともなにがしかの前兆を目にしていたかもしれない。
私達はまずは知ることから始めるべきよ。」
「そ、その通りでございます!」
「じゃあ、玉座の間まで先導を頼む」
「はい!!」
セバスは大きく頷き私を先導する。
……よかった、天守閣から玉座の間まで道がわからないってバレなくて。
どーでもいいけどどーでもよくない事で私は胸を撫で下ろしたのだった。