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風の記憶  作者: 望月桔梗
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第八章 道標

 暫くは安静を余儀なくされたテイル。退屈凌ぎにと、サライから差し入れされた本を瞬く間に読破してしまい、サライを唖然とさせた。大人しくさせたい意図があった為、かなり分厚く難しい哲学の本を渡したのだ。

「嘘でしょ? これ読むのにたった三日? あ、そうか、字の羅列を追っただけなんですね」

「失礼な奴だな。ちゃんと理解してるよ。これくらい理解するのに本当なら三日もかからないよ。体力が落ちてるから、何度か疲れて寝ちゃったから三日もかかったけど」

 サライの言い様に、ムスッとしたテイルが顔を顰めて言った。

「信じられない。俺がそれ読んだ時一か月はかかったのに。それだけに集中してたわけじゃないのを差し引いたって早すぎる!」

「そう言われてもなぁ」

「もしかして一晩中寝ずに」

「話聞いてたか? 何度か疲れて寝たって言ったぞ。だいたい、目の下に隈なんてないだろう?」

「……。ふわぁ。凄い。何で学者にならなかったんですか?」

「……。わからない」

「あっ! ごめん、なさい」

 急に落ち込んだテイルに、サライは自分の失言が原因だと気付き謝罪した。

「日常会話に支障ないのに、何でなんだろうな。済まない、こんな俺で」

「そんな事ありませんよ! 失言した俺が悪いんです。貴方が悪い訳じゃない。貴方は俺に怒って良いんです」

「……。じゃあ怒らないから続きの本持ってきてくれよ。これで完結じゃないだろう?」

「はい。わかりました。早速次のを持ってきます」

 余程居たたまれなかったのか、サライはすぐに部屋を出て行ってしまった。

「ふぅ。情けない。つくづく半端者だ俺は」

 どんどん落ち込むテイルの思考をやめさせるように、その時扉がノックされた。

「サライ? もう持ってきたのか?」

 思わず口にして、恥じて顔に手を当てる。

「入ってもよろしいでしょうか?」

 女性の声にドキリとするテイル。

「え、あ、はい。すみません、どうぞお入り下さい」

「失礼しますわ」

 断りの言葉の後に静かに開けられる扉からセシリアが姿を見せた。テイルにとっては意識を取り戻してから初めての接見で、不安を隠しきる事は出来なかったが、拒むことはするまいと決めていた。

「こんにちは」

 テイルの方から挨拶をした。

「もう、起き上がっていてよくなったのですか? 横になっていても構いませんよ?」

「大丈夫ですよ。医師からもこれからは少しずつ筋力をつける為に動いても良いと許しを貰いましたから」

 気遣う見知らぬ女性に笑って見せる。

「それは良かった。初めまして、と挨拶するべきでしょうか。憶えていらっしゃいませんよね?」

 ホッとして笑みをこぼすセシリア。次いで探る様に言った。

「すみません」

「構いませんわ。いずれご記憶が戻る事もありましょう。

 私は、以前貴方様に危ない所を助けていただいた者です。この町を治めるセルギオス王に仕える巫女、セシリアと申します」

 恭しく礼を取るセシリア。

「巫女様! おやめ下さい。そのような方が俺なんかに礼を取ってはいけません!」

 慌ててやめさせようとするテイル。

「あら何故ですの? 私にとっては助けて下さった恩人。何も問題はないでしょう?」

「あります! どうかそのように恭しくしないで下さい」

 おろおろするテイルに苦笑し、立ち上がって落ち着かせるセシリア。

「粗末な椅子で申し訳ありませんが、どうかそちらの椅子にお掛け下さい」

「では座らせていただきます」

 ようやくホッとするテイル。

「あの、巫女様」

「セシリアで良いですよ。それに様も要りません。私は見ての通り女なのですから」

「はあ……。では、セシリア、さん」

「何でしょう?」

「俺を助けて下さったのは貴女ですよね?」

「微力ながら。ご恩返しが出来て嬉しゅうございますわ」

 躊躇いがちに話しかけるテイルに、セシリアはにっこりと微笑んで答える。

「有難うございました。俺が以前貴女を助けたのだとしても余りある。このお礼はいずれ必ず」

「ふふ。それではいつまでたっても終わりませんわ。でも、そうですね。折角なので記憶が戻られた時は一つお願いをしますわ」

「ダメですよ」

「え?」

「記憶が戻ったら今のこの時の事を代わりに忘れるかもしれないでしょう?」

「でも記憶が戻ってからでないと叶わない願いですもの。貴方が今を忘れてもお願いしますわ。私達は既に知り合っているんですもの問題はありませんわ」

「……。申し訳ないですが、どうしても信じられません。一国の国王に仕えるようなご立派なお方と俺とじゃ接点なんて持ちようがない。記憶が無くたってそれ位は分かります」

「貴方が記憶が無いのを良い事に、私が嘘をついていると思っているのですね」

「そ、それは。……はい」

 セシリアにヒタと見据えられ、テイルは酷く居たたまれなさそうに身じろぎすると、ようやく正直に答えた。

「では私が貴方に嘘をついて得られるメリットは何でしょうか?」

「わかりません」

「己惚れているのですね。残念ですがメリットなどありませんわ」

 セシリアの冷たい口調に、不快感を滲ませるテイル。

「寄る辺ない今の貴方に出来る事など、たかが知れているでしょうに。役立たずだと言われて悔しいですか?」

「俺は元々こんな人間ですよ。別に今更悔しいなんて思いません。事実ですから」

「巫女の前でよくもそのような白々しい嘘が言えるものですね。

 まぁ、記憶の事で、捻くれて卑屈になる程貴方の心が迷子になっているのでしょう。子供相手に大人げない事を言いましたわね」

 カチンと来たテイル。

「子供ではありません!」

 思わず言い返したテイルは、自分が放ったその言葉にハッとして固まった。

「……何か思い出しましたか?」

 セシリアの声からは先程までの刺々しさはあっさりと消え失せており、腫れ物に触るような声音になっていた。

「誰だ、この男。こいつに言われた言葉。俺がこいつを子供扱いしたのか。……レヴァント……ティス?」

 セシリアの存在を忘れ、ブツブツと言いながら無意識に左手を顔に当て、右手は前に手を伸ばし、何かを掴もうと空をかいている。

「ッ! サライ! サライと、もう一人、それと今の男。何だこの光景」

「テイル様?」

「テイルさん、持ってきましたよ!」

 心配してセシリアが声を掛けようとしたタイミングで、サライが入ってきた。

 テイルがビクッとなり、空をかいていた手がぱたりと掛布団の上に落ちる。

「あ、巫女様、いらしていたんですか。え、あ、俺、お邪魔でした?」

 妙な空気にオドオドするサライ。

「今、お前と、あと二人浮かんだんだ。一緒にいた。ティスってどんな奴だ? 年下みたいだったが」

「え? ティス? ……。あぁ! ルーティス君! 前の名前がレヴァント。俺は貴方から詳しくは聞かされていないからあまり知りませんが、多分今言った一緒にいたもう一人とずっと一緒に旅していた子ですよ。彼を酷く怒らせてしまったみたいで、名前を取り上げられて捨てられたらしいです」

「捨てられた? だから名前を変えた?」

「なんか、レヴァント君が別れの挨拶にテイルさんの所に行った時、捨てられたショックかな、死のうと思ってたみたいで。テイルさんが説得したのだけど、聞く耳持たなかったって。それで部屋に引っ張り込んで子供みたいにお尻を沢山叩いたみたいですよ」

「ああ! そういう事か! だから、子供ではありませんって言われたのか!」

「思い出したんですね」

 嬉しそうに言うサライ。

「少しだけしか、思い出せなかったけどな」

 表情を曇らせて答えるテイルに、巫女は言い聞かせた。

「一つ思い出せれば、自ずと他の事も思い出してきます。落ち込まない、焦らない、一喜一憂しない。それが大事なのです」

「巫女様のお陰ですね。重ね重ね、有難うございました」

 サライが深々と頭を下げて礼を言う。

「私は何も。テイル様、退院なさったらお二人で旅をされては?」

「旅、ですか?」

「はい。お二人の思い出の場所を巡る旅を。旅を続けているうちに、サライ様に出会う前のご自分の記憶も蘇ってくるのでは?」

「……そう、ですね。出来たらいいですね」

「お金の事なら心配いりませんよ。俺達働いて貯めてるし。体力つけて、また一緒に旅をしましょう」

「……。自分の分は自分で何とかしたいけどこんな身体じゃ、思うようにもう動けないと思う。足手纏いにしかならないから」

「俺達の仕事に関して言えば、初めはテイルさん役立たずでしたし、今更ですよ」

 いちいち落ち込みやすくなっているテイルに向かって、笑いながら厳しい言葉をかけるサライ。

「そう、なのか。ごめん」

「そもそもは俺達が、正確には俺が、テイルさんにくっついて行っただけなんですよ。だから初めの頃はそれぞれ別の仕事をして路銀を稼いでいたんです」

「そうなのか?」

「ええ」

「テイルさんがある時、たまたま偶然に俺達の仕事の手伝いをするような状況になった事があって。その件があってから思う所があったみたいで、教えて欲しいって。そこからは一団として動いてましたけど」

「複雑そうだな、俺達の関係って」

 困惑するテイル。

「そうですか? そんな事はないと思いますけど。

 で、一団として動くからにはチームワークが必要だし、即戦力になるならそれに越した事はないんで一からスパルタ教育してあげたんです」

「サライが俺の先生だったのか?」

「まぁ、一時期ですけどね」

「……。ごめん」

「あーもーっ! いい加減鬱陶しいからそういう意味でのごめんはやめてくれません?」

 サライがガリガリと髪を掻きむしって文句を言う。

「う、ご、ごめん」

「ったくもう、言った傍から謝ってるし。そうやっていちいち落ち込むんならまたお仕置きに一切口利かない事にしましょうか?」

「勘弁してくれ! もうあんな辛いの嫌だ」

 半眼でサライが告げたお仕置きの内容に反応して、テイルは身震いして訴えた。

「サライ様のお気持ちも分かりますわ。本当に鬱陶しいですもの」

「み、巫女様まで」

 取りなしてくれるかと思っていたセシリアにまでサライに同調され、情けない声を上げるテイル。

「巫女様もやっぱりそう思われますか?」

「そうですね。でも、テイル様のお気持ちもわかりますわ。

 周囲に誰も知っている人がいない状況というのは、不安なものですもの。まして自分が知らないだけで相手は知っているとなれば、お優しいテイルさんなら相手に申し訳ないと自分を責めてしまうのでしょう。覚えていない自分が、一番辛いにも関わらず」

「巫女様」

 わかってくれる人がいると知り、感動するテイル。

「俺だってそれ位の想像は付きますよ。わかっているけど」

「少しずつ、話して差し上げたら良いのに」

「ダメですよ。だってこの人イノシシなんですから。一つだけって言ったって次から次に聞き出そうとして暴れるんです。幼児より質が悪いったら。なまじ中途半端に知識あるから口もたつし」

 ここぞとばかりに不平不満をぶちまけるサライ。

「サライ、てめぇ! 巫女様に何て事言いふらしやがる! 覚えとけよ! 絶対仕返ししてやるから!」

「忘れまーす。あー聞こえない聞こえない」

 そっぽを向いて耳を塞いで喋る。

「サライのガキ!」

「聞っこえなーい」

 文字通り幼児の喧嘩にポカンとするセシリア。ふぅとため息をついて、パンパンと手を叩いた。

「ハイハイ、兄弟のじゃれ合いはそこまでにして頂戴。ここは病室なのよ」

 セシリアの言葉に、はっとして口を塞ぐ男二人。

「すみません巫女様。すみませんついでに」

「何です?」

「なんか、母親みたいだなって」

 ちらちらと上目遣いに言いにくそうにしながら素直に感想を言うテイル。

「お母さん? 私が? うーん。まぁ、母親代わりが長かったかしら」

「え?」

「ずっと長いこと、テイル様にも関係の深い娘の、精神的再教育をしていましたから」

「俺に深い関係がある? 俺は、俺はその子を探していたんですかっ?」

 身を乗り出し、切羽詰まった表情で問い詰めるテイル。

 苦笑するセシリア。

「成程。確かにそのようですわね」

「ね? 俺が苦労するのもお分かりになったでしょう?」

「ええ。これは、大変ですわね」

「巫女様! そんな奴どうでもいいから答えて下さい!」

「少し冷静になっていただかないと話せませんわ。サライ様をそんな奴だなどと言うなんて。今お話ししても都合の良い所だけ切り取って解釈しかねない。そのような人に私にとっても大切なあの子の事は話せないわ」

 静かだがぴしゃりと言いきったセシリアの表情は、母親が子供を叱る時にするそれと同じだと、ふと思うサライ。

「でも俺は!」

「でもじゃありません! 記憶があるなしに関係なく、言っていい事と悪い事があるのですよ。

 焦っているのは分かりますが、それがずっと傍にいて支えてくれている人に対して言う言葉ですか? とても恥ずかしい事ですよ」

 セシリアは決して怒鳴っているわけではないが、テイルは自然と鼻の奥がツンとして、頭を垂れる。

「ごめんなさい」

 消え入るような声ではあったが、無意識に謝罪の言葉を口にするテイル。

 サライはテイルが気の毒になり、とりなそうと声を掛けようとしたがセシリアに視線で制されてしまった。

「今日はこれで失礼しますわ。退院したら尋ねていらっしゃい。その時は、お話が出来る状態だと良いですね。

 お大事に」

 セシリアは縁を繋いで部屋を出て行った。

居たたまれないサライはセシリアを見送りに後を追って出て行った。

「解ってるけど、冷静になんてなれないよ。こんな……」

 ぽつりと呟き、声を殺して涙を零した。


「俺が言うのもなんですけど。厳し過ぎませんか?」

「甘やかして大目に見たいけれど、許されないのです。テイル様は、神様の試練を課されているから」

「神様の、試練?」

「テイル様が探している娘と再会出来ても、テイル様自身の道が定まっていなければ無意味な事になる。それを神様は懸念しておられるのです」

「巫女様? 何を仰っているのですか? まさか、彼の記憶は、怪我の影響じゃなくて」

「それもあります。でも、神様が関与している事もまた事実。ごめんなさい、サライ様。お力になれなくて」

「そんな。あんまりですよ、こんな」

「記憶自体は少しずつ戻ってきているようですね。でも、一番欲している記憶が戻らなくて苦しいのでしょう。サライ様」

「はい?」

「いずれはその記憶も戻ると思いますが、時間が掛った分、恐らくあの様子では気持ちが先走って周囲の事など何も見えなくなってしまうでしょう。もう傍にいるのも嫌、という事でなければ、叱って引き戻して差し上げて下さい」

「お、俺がですか? 俺にはそんな事、荷が重いですよ」

 神の意志が働いていると知り、その邪魔をする気がして、サライは怖気づいた。

「何も特別な事をしなくても良いのですよ。ただ貴方様が第三者の目で彼を見、疑問を投げかけていて下されば良いのです。それが、彼にとっての道標となるでしょう」

「神様が望んでいないのでしょう? 俺が邪魔するようなことをしたら俺が酷い目に遭うんじゃないんですか?」

「それはあり得ないですわ」

 くすりと笑うセシリア。

「何故です?」

「本当に必要ない者ならば、初めから関わる事は出来ませんもの」

「本当に?」

「そういうものですわ」

「……。わかりました。テイルさんに心の底から失望するまでは、傍にいます。道標になんてなれるか自信ないですけど」

「貴方が道標になるのではなく、貴方とのやり取り、時には大喧嘩もするかもしれませんが、それがきっかけになって、結果として道標になると言うだけの事ですわ。気負わなくて良いのですよ」

「はい。退院したら、王様にもお礼を言わなければいけないので、必ず伺います」

「はい。ではその時はこの子に手紙を託してください」

 セシリアは胸の前で何かを包むような仕草をした。いつの間にかその掌の中に一匹の白猫がいた。

「へっ?」

「この子は私の手伝いをしてくれる。この子の脚に手紙を括りつけて、私の所に行くように言って下されば良いのです」

 驚くサライを尻目に、セシリアはそう説明して猫をサライに渡した。

「は、はい」

「ソピアというの。ソピア、この方との連絡役になって頂戴」

 セシリアが話しかけると、猫は一声鳴いてじっとサライを見つめた。

「よ、宜しくな、ソピア」

 もう一度鳴き、頭をこすり付ける。

「ソピアは人を見る。貴方様が気に入ったみたいですね」

 セシリアは笑って帰って行った。


とうとうやりたくない事をやってしまいました(猫の出現)。猫の所は、現在悩み中。後日変えるかもしれません。

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