第3話 婚約者と寮で過ごす日
飛び級の生徒は、すぐに入学することになる。
夏までは学校があるため、飛び級の生徒は、一つ前の授業にはいるか、事前学習を担当の教師とするか、の二択になる。
ノクティルカは、事前学習をマーリンから学ぶことになった。どちらにしろ、彼の家庭教師はマーリンなのでいいのだろう。それに、マーリンもまた彼が無事に合格できたことを喜んでいる。
これから夕食の人もいれば、夕食が終わった人もいる時間帯。星寮の人たちは皆自由に寮外や学校外に出ている。
そんな時間帯に、マーリン学院長は来てお茶を淹れていた。ノクティルカのことは父親のテオドールさんが前まで送ってくれて、彼は今すぐにでも学院に来るはずだ。
「引きこもっていたアイツをやる気にさせたんだから自身を持てよ」
「でも、すべて彼の力だと思うけど」
「そうだな。まぁ、でも……お前が支えただろ?」
マーリンから紅茶をわたされて、ジェネシスは一口飲む。この学院長、紅茶を淹れるのが上手いのだ。無駄な才能を開花させているように思うけど。ニカッと、無邪気に笑う先生は、自分のも用意している。
「温かい。彼にも、優しくしてくれる人がいるって分かってほしいわ」
「あぁ、そうだな。多分、大丈夫だ。そろそろ来ると思うぞ」
紅茶を飲み終わる頃に、ゆっくりと寮の扉が開いた。荷物を持ってノクティルカがやってくる。
今日は私服だが、制服はもうすでに準備しているらしい。数日で届くだろうとのことだった。
「来ましたよ、先生」
「漸く、飛び級を受け入れてくれて嬉しい」
ペリドットの目が緩む、マーリンを見つけて安心したらしい。多分、一人でここまで来たのだろう。不安に満ちた表情がゆっくりと溶けていく。
「さて、明日は学院の中を案内してやってくれ、ジェネシス。ノクティルカ、何かあればオレに報告すること。分かるな?」
「はぁい、先生」
「いい子だ、よくできました」
マーリンは、彼にも紅茶を淹れる。そして、ノクティルカはそのまま砂糖も入れずに飲んだ。確かに、マーリンが淹れる紅茶は渋くはないけど。
どうやら、ノクティルカは甘いものはあまり好まないらしい。
「甘いもの苦手?」
「ん……そうでもないけどなぁ。でも勉強の前か後しか食べないかな。自分でもよくわからないんだよね」
「そうなの? まぁ、それならまたお茶会をしましょうね」
彼は飲み干すと「部屋はどこです?」と、尋ねる。不安そうで彼の声が震えている気がするのだ。
「セオドアに頼むことになる。ローズフィールド家だ、特に問題ないだろ?」
「はい……」
ノクティルカは少し俯きながら頷く。ジェネシスは少し悲しい気持ちになる。不安な気持ちをずっと持ってこれから生活するのだろうか。
「よし、男子寮は私が案内しよう。来なさい」
「はい……先生」
彼はマーリン学院長の後をついていく。しばらくは待つことになるだろうと、本を開いて読んでいたが、二十分も経たずに戻ってきた。
「早かったわね」
「まぁ、部屋に荷物を置いただけだからね」
肩をすくめた彼は、少し照れくさそうだ。ノクティルカは、私の横に座り直す。手には本を持っているからここで読む気なのかもしれない。
後から追いかけてきたマーリン先生は「じゃあ後はよろしくな」と、仕事に戻っていった。
「何処か行く? 夕飯は食べてきたかしら?」
「家で食べてきたよ」
あら、なら……私も食べたし今日は外に出るのはやめよう。そう考えて、ジェネシスは提案する。
「あら、それならよかったわ。明日は朝食から食堂にいきましょう。そこから、案内するわ」
「そうするよ。この中は先生に案内してもらったし、大丈夫……」
彼は、微笑み机に突っ伏した。本を読む気じゃなかったのかしら? と、首を傾けたくなる。
「やっぱりさ、怖いんだ……。こうして、入学できて、僕は安心したんだ。でも、もうあの事件は知られている。僕は君に迷惑をかける」
「そんなことない。私は、そんな事ないわよ。迷惑なんか思わない」
「そうかな……。そうだったら、嬉しいんだけどね」
へにゃりと笑う彼は何処か、儚げでジェネシスは手を伸ばして抱きしめた。
「ジェネシス……?」
「大丈夫よ、そんなつらそうな顔しなくていいの」
「僕、そんなにつらそう?」
「えぇ、辛そうよ……」
ノクティルカは「そっか」と、呟いて息を吐いた。随分と、気を張っていたようだった。
「そんな気は持ってないんだけど。不安なのかもな」
エラはいつの間にか彼の膝のうえにいて、伸びをしている。彼がその子の背を撫でていた。
「明日から、学院長室通いだよ。嫌だな」
「勉強が嫌なのかしら?」
「そういうことではないよ、ほら……どうしても、噂は回ってしまっているからね。言われるんだろうなって思うんだよ」
しかし、彼は「でも」と、話を続けた。
「家族の皆が信じてくれるから、少し頑張ってみようと思う。君が一緒にいてくれるなら心強いよ。だから僕のこと、見捨てないでね」
「見捨てたりはしないわよ。貴方、見捨てられると思っているの?」
「……ほんの少し、まだ不安なんだ」
彼は、私を見て穏やかに笑う。少し眉が下がった微笑みは、拒絶でもない。前向きで優しいものだった。
見捨てられたくない。その気持ちは誰だって持つものだろう。だからこそ、支えてあげたくなった。
「なら、頑張りましょうね」
「うん、ありがとう。嬉しいよ」
彼の笑みは初めて会った時よりも温かくて、優しくて彼の変化が嬉しかった。
こうして、日々彼自身が自分の成長を見せてくれるのはとても嬉しい。
「私は、貴方が変わろうとしていることが嬉しいわ。だから、捨てたりしないもの。一緒に、頑張りまししょうね」
「そう? 見捨てずにいてくれたから、変われたんだよ。君に、愛してもらえるように頑張るからね」
ノクティルカは、立ち上がり「部屋に戻ってるから、また明日」と、言う。だから、私は頷いて、明日の朝の予定を立てた。
「そうね、また明日に貴方を紹介させて」
「……。嫌だなぁ」
少し照れたようにそれでいて、不安そうに彼は精霊を抱きしめる。
「大丈夫よ、何不安がっているの?」
「ごめんって、気にしていないよ。ジェネシスがいるからね。また、明日」
「えぇ、また明日ね。待っているわ」
彼を見送り、男子寮へと入った。それに、安心してソファーに座れば。ちょうど、食事を終えた生徒たちが入ってくる。そのまま、それぞれが椅子やソファーに座り、団らんを始めている。
もう既に多くの生徒たちの食事が終わる時間、星寮の生徒たちが集まってくる時間帯へと突入した。
ノクティルカが無事に誰にも会わずに到着できていたらいいなと、ため息をついた。




