可愛らしいお馬鹿さん
魔法の世界を閉じ込めたような部屋に私はいる。
天井高くまで入れられた本棚には魔法陣が描かれていて、軽量化と床に固定されていることが分かる。
薄暗く、それでも確かに日光が入る優しい部屋だ。
そんな部屋の中で、ジェネシスは今さっき婚約者となった年下の少年と対面していた。
「こっ、こ、こんなボクを愛してくれなくていい。こ、婚約はやめておこう。ジェネシスさん」
「酷いことをおっしゃいますわね!」
月の光を模写したような髪色を持つ少年は、落ち着きがないようにそわそわと腕のなかにいる精霊を抱きしめた。その精霊は、淡い空色の白ともいえる姿をしており一般的に見ない色だ。
シャチの姿をしており、胸ヒレで器用に彼をなぐさめている。
魔法が必須なこの世界だけど、こんなにも緊密に接している精霊と契約者はみたことがない。
「ほら、ボクはこの通り酷いからね?」
だけど、不安そうに震えているのは……言っていることが場違いでどんなに、愚かなことなのか、わかっているに違いない。だからこそ、こちらの顔も見てくれない。
それに、どうして、婚約を結んで早々に婚約破棄をしなくてはならないのか。
会って、すぐに言われた言葉にジェネシスは、怒りを覚えた。確かに……彼自身が知らない他者に攻撃的かもしれないとは、彼の父親から言われたことだけど。
こんなに、失礼なことはない。
「婚約破棄なんてしませんわよ! それに、結ぶわ」
ジェネシスはピシリッと指を刺した。その彼は、おびえて後ずさり、先ほどより強くその腕のなかの精霊を抱きしめた。そのせいで、キュピィと鳴き声を上げられていた。ピシピシと尾びれで叩かれている。
今年、十二歳になったはずの彼は何処か幼い。私は十五歳、彼とは三歳の差があるけれど、ほんの少し幼い気がするのだ。
そんな彼はノクティルカ・シルヴァブライト、私ジェネシス・ブレアチェスターの婚約者である。
ほんの、数時間前に婚約が結ばれたばかりの婚約者だ。だからこそ、今こうして、シルヴァブライトのタウンハウスに呼ばれている。
そんなほぼ、初対面ではあるが彼をほんの少しだけしっていることがある。
七歳の頃、公爵令息として殿下と出会ったとき、彼は殿下の契約精霊の契約を切ったと言う。半分、都市伝説と化した噂話がある。
今日聞いた話では、精霊に愛された彼だからこその出来事だったらしい。
彼に悪戯しようとした殿下を嫌い、ノクティルカにその精霊が精霊契約を切らせたのだという。精霊の愛し子には、精霊契約を外から与えて切る力があるのだとか。
そして、国王陛下は彼を放っておけないとして、次期魔法大臣に指名した。
危険分子を見張ろうとしたのだろう。そう、彼の父親は言っていた。
なにせ、彼を処すことはできない。精霊からの反撃が怖いから。下手すれば、国全体に影響が及ぶと予想したのだという。精霊は契約者の魔力を高めてくれる大切なパートナーなのだから、そっぽを向かれると困るわけだった。
そして、何故魔法大臣につかせようとするのかというと、現大臣は彼の父親テオドール・シルヴァブライトだからだ。だからこそ管理が出来やすいと判断されたのだろう。そう、私のお父様が言っていた。
それだけを、ジェネシスは知っている。けれど、本人の人となりとかそういうのは知らない。
ペリドットの目が潤み、へにゃりとした口元がヒクヒクと次の言葉を探すように動いた。
「……ボクは、君と、君の、精霊の絆を壊したくない。精霊は、ボクを優先してしまう」
「私は、その力が嫌だとか怖いとか思わないわ」
へにゃりと目尻を下げた彼はため息をつく。そして私の目線から、逃げるように顔を背ける。自信なんかないのだと、それが手に取るようにわかる。
「ボクと婚約しても。社交界には、行かないよ」
そう話してから、また考え込んでしまう。
この調子で、彼は十二歳になっても社交界に出ようとしない。領地の視察にはついて来たり、仕事場には何も言わずについてくることはあるとは、聞いた。
そんな彼に変わってほしくて、前の七歳頃の活発な彼に戻ってほしくて、彼の父親のテオドールさんは私のとの婚約を無理やり進めたという。そんな話を、テオドールさん本人から聞いている。
婚約までにテオドールさんが話してくれた経緯を思い出していた。そして、その間に言おうか言うまいか葛藤していたのだろう彼が口を開く。
「王子はボクを気味が悪いと言った。それでも?」
「えぇ、王子が何と言おうと、私は貴方を気味が悪いなんて思わないわ。だって、興味があるもの。精霊王に愛されるって、素敵ね」
彼は目を見開き、そして不安そうにため息を付く。
でも、彼はここから逃げようとはしない。それが、ジェネシスには嬉しかった。
だって、婚約者は悪い人ではなさそうだもの。
「わ、悪かった。と、思ってる……。初めて会ったのに、悪いこと言った」
「婚約したのだもの、そんな事言われると悲しいわ」
うっ、と喉に何かを詰まらせたような声を出し、彼は項垂れた。どうやら、悪い人ではないらしい。叱られているって、理解しているし、原因は自分にあると反省もしている。
「……どうしたら、許してくれる? 社交界以外なら君との約束を守る努力をするから」
俯いて、ぼそぼそと言われた言葉にジェネシスは、どうしようかと考える。いろんな事を、思いつくけれど。ジェネシスは、簡単でお互いを知る始めの大切な事を思い出した。
「なら、ジェシーって呼んでくださる?」
そして、考え込んでから彼は頷いてくれる。ジェネシスは、素直な婚約者が可愛く思えてきた。
「これから、宜しく。ジェシー」
「宜しくお願いするわ、なんて、呼べば良いの?」
「ルカ、でいい。お父様もお母様もそう呼ぶから」
顔を上げて、へにゃりと今度は笑顔を見せた。そしてその笑顔が、とてもかわいらしいものだった。
初めましてで婚約破棄しようとする可愛らしいお馬鹿さん。
そんな彼をテオドールさんの言いつけの通りに、変えなくてはならない。まずは、彼自身に自信を持ってもらおう。
「それに、ボクは学校に行けないから……。ボクと婚約しても、なかなか会えないと思うよ」
「えぇ、ちょっと待って。行けないって、どういう事なのかしら!?」
ジェネシスはそんな事をテオドールさんから聞いていない。だから、驚いてどういう事か尋ねる。
すると、彼はきょとんとしてから彼は目をつむり首を振ったのだった。
その姿がどうにも彼に影があるように見えて辛かった。




