第93章:強面の加護と、病室のスカウト合戦
厳戒態勢の病院
終業式での倒走から数日後。 俺、古田降太は、加藤校長が入院している総合病院を訪れていた。 リュックには、お見舞いのフルーツと、心配で画面にへばりついているスマホ(櫻子先輩)が入っている。
「……なんか、空気が重くないか?」
病院の正面玄関には、黒塗りの高級車や、社名の入ったゴツイ業務用トラックがずらりと並んでいた。 ロビーに入ると、アロハシャツやニッカポッカを着た強面の男たちが、静かにたむろしている。 一般の患者さんが怯えて道を避けている。
「……組長の入院か?」
嫌な予感を抱えつつ、俺はナースステーションで病室を聞き、エレベーターに乗った。 最上階の特別個室。 その前の廊下には、さらに密度の高い「濃い人たち」が整列していた。
仁義なきお見舞い
「あ、あの……失礼します」
俺が恐る恐る廊下を通ろうとすると、スキンヘッドにねじり鉢巻の巨漢が、ギロリと俺を睨んだ。
「あン? 誰だボウズ。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「ひっ! い、1年B組の古田です! 校長先生のお見舞いに……」
「……古田?」
その瞬間、巨漢の目がカッと見開かれた。 そして、周りにいた強面たちも一斉に俺を見た。
「おい! こいつが『古田』だそうだ!」 「例の孫弟子か!」
空気が一変した。 スキンヘッドの男が、満面の笑み(怖い)で俺の肩をガシッと掴んだ。
「おお! 待ってたぞ! オヤジ(校長)から話は聞いてる! よく来たな!」
「えっ、あ、はい?」
俺はそのまま、担がれるようにして病室へと連れ込まれた。
社会の更生者たち
病室の中は、花の香りと、男たちの熱気でむせ返るようだった。 ベッドには、点滴を受けた加藤校長が起き上がっている。 顔色は少し戻っているが、やはり痩せたように見える。
「おう、少年。来たか」
「校長先生! ……って、この人たちは?」
ベッドの周りには、パイプ椅子に座った貫禄のある男たちが5人ほど控えていた。 校長は苦笑いしながら紹介した。
「私の、かつての『生徒』たちだ。昔は手のつけられないワルだったが、今は立派な社長さんたちだよ」
スキンヘッドの男: 建設会社の若頭(頭領)。
金髪リーゼントの男: 地域最大の運送会社の社長。
スーツの紳士(顔に傷): イベント設営会社の代表。
作務衣の男: 人気居酒屋チェーンのオーナー。
ニッカポッカの男: 足場鳶の親方。
そうそうたる面々だ。 全員、かつて保護観察官時代の加藤先生に世話になり、更生してそれぞれの業界で成功した猛者たちだった。
「先生が倒れたって聞いて、居ても立っても居られなくてな!」 「俺たちの今の暮らしがあるのは、全部先生のおかげっスから!」
彼らは涙目で校長の手を握っている。 校長の人望の厚さが伺える。
スカウト合戦
「で、お前が古田くんか。先生が『面白い孫ができた』って自慢してたぞ」
建設屋の頭が、俺の背中をバンバン叩く。
「文化祭の脱出ゲーム、噂は聞いてるぜ。発想が飛んでるってな」 「体育祭の借り物競走も見たぞ。あの土壇場での機転、見込みがある」
どうやら、俺の学校での奇行(活躍)は、校長ルートですべて彼らに筒抜けだったらしい。
「なぁ古田くん。高校生になったら、ウチでバイトしねぇか? 日当は弾むぞ」
運送屋の社長が名刺を出してきた。
「抜け駆けはずるいぞ! 古田くん、ウチの居酒屋はどうだ? まかない食べ放題だぞ!」 「いや、ウチのイベント会社だ! お前の企画力があれば、デカいフェスも夢じゃねぇ!」 「足場の上からの景色は最高だぞ! 男を磨くなら鳶だ!」
突然のスカウト合戦が始まった。 強面の社長たちが、お年玉をくれる親戚のおじさんのように、俺を取り囲んで勧誘してくる。
「え、えっと……俺、まだ中2で……」
「予約だ予約! 青田買いってやつよ!」 「先生の孫弟子なら、身元保証も完璧だしな!」
彼らは本気だ。 俺はタジタジになりながらも、悪い気はしなかった。 この人たちは、見た目は怖いが、根は情に厚く、何より加藤先生を心から慕っている。 その「加藤イズム」の輪の中に、俺も入れてもらえたような気がしたからだ。
旅立ちの背中押し
「こらこら、お前たち。少年を困らせるな」
校長がパンと手を叩いた。
「こいつにはこの夏、大事な『宿題(一人旅)』があるんだ。バイトなどしている暇はないぞ」
「おお、そうだった! 若いうちの旅は買ってでもせえってな!」
建設屋の頭が、懐から分厚いポチ袋を取り出した。
「これ、俺からです。……今年もよろしくお願いします」 「いや、これ、俺たちからの餞別だ。旅の足しにしな」
「えっ、そんな、受け取れません!」
「いいから取っとけ! オヤジ(先生)の顔を立ててやってくれ」
無理やりポケットにねじ込まれた。 厚みがすごい。これで日本一周できそうだ。
「少年。……行ってこい」
校長が、静かに言った。
「外の世界を見て、多くの人と出会い、自分の小ささを知るんだ。……彼らのように、な」
校長は、誇らしげに社長たちを見渡した。 かつて道を逸れかけた彼らが、今はこうして社会を支え、他人を助ける立派な大人になっている。 それが、加藤先生の「生きた証」なのだ。
「はい。……行ってきます」
俺は深く頭を下げた。 病室を出る時、背後から「気をつけてな!」「困ったら全国の支店を頼れよ!」という野太いエールが飛んできた。
病院を出ると、夏の太陽が眩しかった。 俺はリュックのベルトを締め直した。 不安はある。でも、俺にはこんなにも頼もしい「バックアップ」がいる。
「さて、まずは東か、西か」
俺は駅に向かって歩き出した。 スマホの中の先輩も、きっとワクワクしているはずだ。 俺たちの、初めての長い旅が始まる。




