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第140章:消えた歌姫と、鋼鉄の断罪


1. 図書館の空席


8月下旬。夏休みも残りわずかとなったある日の夕方。

俺(古田降太)たちは、学校の図書室で受験勉強会を開いていた。

「……遅いな、塩原さん」

俺は時計を見た。

今日は数学の補習担当として、塩原文子さんが来るはずだった。時間はとっくに過ぎている。

几帳面な彼女が、連絡なしに遅れるなんてありえない。

「古田先輩。……嫌な気配がします」

参考書を読んでいた安倍清和が、バッと顔を上げた。

「この湿った、ネチョッとした気配……。霊的なものじゃありません。もっと人間臭い、歪んだ欲望の波動を感じます」

「欲望?」

「ええ。……方角は、この前の神社の裏手です」

その時、部室のドアが乱暴に開かれた。

雛菊小径(死神)が、青ざめた顔で飛び込んできた。

「た、大変です! 塩原さんの『貞操の危機アラート』が爆鳴りしてます! このままだと、彼女の人生プランが『アイドル』から『引退』に書き換わっちゃいます!」

「なんだって!?」

俺は立ち上がった。

ただ事じゃない。


2. 緊急出動、ボランティア部


『ぬん! 生徒の危機か!!』

校長室プレハブを突き破って、メカ校長が現れた。

今日は「夏休みモード(麦わら帽子着用)」だったが、そのサングラスは赤く発光している。

『座標を特定した! 神社の裏山、獣道に停車中の車両だ!』

「行きましょう! 塩原さんを助けるわよ!」

西野園櫻子先輩が、レースの手袋をギュッと握りしめる。

俺、櫻子、安倍、小径、そしてメカ校長。

ボランティア部オールスターズの緊急出動だ。

移動手段は、もちろん校長だ。

校長が変形……はしないが、その鋼鉄の背中に俺と櫻子先輩が乗り、安倍と小径が全力疾走で追随する。

もはや怪獣映画の進撃である。


3. ハイエースの闇


神社の裏手。鬱蒼とした森の中に、一台の白いハイエースが停まっていた。

窓には目隠しがされ、中は見えない。

車内。

手足を結束バンドで縛られた塩原文子が、後部座席に転がされていた。

口にはガムテープ。制服が少し乱れている。

「へへへ……。塩原ちゃん、俺、ずっと見てたんだよ」

カメラを三脚にセットしているのは、脂ぎった男だった。

よれたTシャツに、大量のアイドルグッズをぶら下げている。

「君は高嶺の花すぎるんだよ。文学少女で、数学もできて……。だからさ、こういう『恥ずかしい姿』を撮って、俺だけのアイドルにしようと思ってね」

「君が可愛すぎるのがいけないんだよ…」

男は下卑た笑みを浮かべ、ビデオカメラの録画ボタンを押そうとした。

「んーっ! んーっ!!」

塩原さんは涙目で睨みつけている。

その目には、恐怖よりも「軽蔑」と、まだ諦めていない「闘志」が宿っていた。

「いい目だなぁ。そのプライドがへし折れる顔が……」

男が手を伸ばした、その時だった。

ズゥゥゥゥゥン……!!

地面が揺れた。

地震? いや、もっと局地的な振動だ。

「あ? なんだ?」

男が動きを止める。

次の瞬間。

メリメリメリメリッ!!!

不快な金属音が響き渡り、ハイエースの天井ルーフが、まるで缶詰の蓋のように「強引にめくり取られた」。

「は……?」

男が見上げると、そこには夕焼け空と――

「憤怒の形相をした鋼鉄の巨人」が、車内を覗き込んでいた。


4. 鋼鉄の断罪ジャッジメント


『……見つけたぞ、外道』

メカ校長の声は、地獄の底から響くように低かった。

その右手の「空き缶プレスアーム」が、剥ぎ取った車の屋根をクシャクシャに握り潰して捨てた。

「ひっ、ひぃぃぃぃ!? な、なんだお前は! ロボット!?」

男が腰を抜かす。

その隙に、影から安倍清和が飛び込んだ。

「急急如律令! 縛!」

安倍が呪符を投げると、男の体は見えない鎖に縛られたように動けなくなった。

続いて、古田降太(俺)と櫻子先輩が車内に駆け込み、塩原さんの拘束を解く。

「塩原さん! 大丈夫か!」

「ぷはっ! ……ふる、たさん……!」

ガムテープを剥がされた塩原さんは、俺の顔を見るなり、張り詰めていた糸が切れて泣き出した。

櫻子先輩が、震える彼女を優しく抱きしめる。

「もう大丈夫よ。……怖かったわね」

先輩は、男の方を向いた。

その美しいガラス玉の瞳が、絶対零度のように冷たく細められた。

「……女の子の尊厳を傷つけようとするなんて。万死に値するわ」

「ひぃっ! ご、ごめんなさい! 出来心で!」

男は泣き叫ぶが、許されるはずがない。

「あのー、ちなみに」

タブレットを持った小径ちゃんが、無慈悲に宣告した。

「貴方の寿命、あと5分で尽きる予定でしたが……




今、校長先生の怒りゲージが突破したので『あと3秒』に短縮されました。南無」


『……覚悟はいいか?』

メカ校長が、男の襟首を掴んで引きずり出した。

『ワシの可愛い孫(生徒)に手を出した罪……。その性根、物理的に叩き直してくれるわ!!』

ウィィィィン!!

アームが回転する。

必殺・教育的指導パンチが炸裂する――直前で、寸止めされた。

その風圧だけで、男の髪の毛が逆立ち、白目を剥いて気絶した。

『フン。……気絶させて警察に突き出す。それが教育者のギリギリの理性だ』

校長は気絶した男を(ゴミ袋のように)縛り上げ、ハイエースの横に転がした。


5. 鋼鉄の騎士ナイト


警察が到着し、犯人は連行された。

ハイエースの中からは、大量の盗撮データなども見つかり、余罪も含めて豚箱行きは確定だ。


神社の境内。


事情聴取を終えた俺たちは、ベンチで休んでいた。

「……皆さん。本当に、ありがとうございました」

塩原さんが、深々と頭を下げた。

まだ少し震えているが、その顔にはいつもの理知的な色が戻っていた。

「私の不注意でした。……アイドルとして、もっと危機管理を持つべきでした」

「そんなことないわよ」

櫻子先輩が、自販機で買った温かいココアを渡した。

「悪いのは全部あいつ。文子ちゃんは何も悪くないわ」

「……はい」

塩原さんはココアを両手で包み込み、一口飲んで、小さく笑った。

「……メカ校長先生が天井を剥がした時、私、王子様が来たかと思いました」

『ブフォッ!?』

横で冷却水を飲んでいた校長がむせた。

『お、王子様……! ワシが……!? いや、ワシはただの通りすがりのサイボーグ教育者だが……』

「いいえ。鋼鉄の王子様です」

塩原さんは真剣な眼差しで校長を見上げた。その瞳には、うっとりとした光が宿っている。

……あれ? 雲行きが怪しいぞ。

「さて、暗くなるし帰ろうか」

俺が立ち上がり、声をかけた。

「塩原さん、家まで送るよ。今日は危ないし」

俺としては当然の気遣いのつもりだった。しかし、塩原さんは首を横に振った。

「お気遣いありがとうございます、古田さん。でも……古田さんには、櫻子先輩や綿貫さんがいらっしゃいますから」

塩原さんはチラリと、俺の両脇を固める二人(正妻と愛人ポジション)を見て、遠慮がちに微笑んだ。

そして、くるりと向きを変え、メカ校長の前に立った。

「あの……校長先生」

『ぬん? なんだね?』

「もしよろしければ……家まで、送っていただけませんか?」

『ワ、ワシが!?』

「はい。……先生のその鋼鉄の背中なら、どんな悪党が来ても安心ですから」

塩原さんは、はにかみながら校長の太い指(鉄製)を、そっと両手で握った。

「それに、もう少しだけ……王子様のお側にいたくて」

プシュゥゥゥゥゥーーーーッ!!!

校長の頭頂部から、真っ赤な蒸気が噴き出した。オーバーヒート寸前だ。

『こ、こ、光栄であるっ!! 生徒の安全を守るのは校長の義務! この加藤起太郎、全身全霊をもってエスコートしよう!!』

「ふふ。ありがとうございます」

こうして、奇妙なカップルが誕生した。


夕暮れの帰り道。


2メートル超の鋼鉄の巨人と、それに寄り添う可憐な美少女。

美女と野獣……いや、「才女とロボット」のシルエットが、長く伸びていく。

「……なんか、いい雰囲気ね」

櫻子先輩がポツリと言った。

「そうですね。……でも中身80歳のおじいちゃんですけどね」

「年の差65歳の純愛か……。文学ね」

俺たちは苦笑いしながら、二人(?)の背中を見送った。

夏の終わりの大事件は、塩原さんの「メカ校長推し」という新たな属性を開花させて幕を閉じた。

(第140章 完)


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