第137章:人魚姫の海水浴と、鋼鉄のスイカ割り
1. 球体関節の悩みと、ラッシュガード
7月下旬。夏休みが始まった。
俺たちボランティア部(+その他大勢)は、電車に乗って海に来ていた。
「うわぁぁ……! これが、海……!」
駅に降り立った瞬間、西野園櫻子先輩が感嘆の声を上げた。
麦わら帽子に、白のワンピース。その姿は避暑地のお嬢様のようだが、彼女の表情は子供のように輝いている。
「49年ぶりよ……。幽霊の時は、校門から出られなかったから、潮の匂いを嗅ぐのも久しぶりだわ」
「よかったですね、先輩」
俺(古田降太)が微笑むと、隣でオカルト部部長の綿貫なのはが、得意げに鼻を鳴らした。
「感謝しなさいよね。あんたの『水着コーデ』、私が選んであげたんだから」
そう。櫻子さんの体は「球体関節人形」。肌を露出すると、肘や膝の関節が見えてしまい、大騒ぎになる。
そこでなのはが選んだのが、「長袖のラッシュガード(パーカータイプ)」と「スイムトレンカ(足首まであるレギンス)」を組み合わせた、完全防備かつオシャレなマリンスタイルだった。
「ええ、助かったわ綿貫さん。これなら関節も隠せるし、日焼けで変色するのも防げるもの」
「変色って……あんた素材は何なのよ」
「秘密よ(ビスクドール等に使われる高級陶磁器製)」
2. 鋼鉄のライフセーバー
砂浜に到着すると、すでに先客がいた。
『監視よし! 遊泳区域よし! クラゲなし!』
監視台の横に、身長2メートル超の鋼鉄の巨人が仁王立ちしていた。
メカ校長だ。彼は赤ふんどし……ではなく、赤いライフセーバーのパンツ(特注サイズ)を履き、首からホイッスルを下げている。
「校長、なんで先にいるんですか」
『おお、来たか少年! ワシは早朝から来て、不審なサメがいないかパトロールしていたのだ!』
「サメなんているわけないでしょ……」
『甘いぞ! 海は何が起こるか分からん! ……ちなみにワシは「完全防水加工(水深1000m対応)」だが、重すぎて泳げない(沈む)から、陸で監視役だ!』
さすがメカ。ハイスペックなのにポンコツだ。
「わぁ〜! 海だ〜! かき氷だ〜!」
その後ろから、黒い水着を着た雛菊小径が走ってきた。手にはすでにイカ焼きを持っている。
「おい死神、仕事は?」
「有給です! この海域の魂データは正常値です! 遊びましょう!」
完全に馴染んでいる。
こうして、俺たちの海水浴が始まった。
3. 鋼鉄のスイカ割り
ひとしきり泳いだ後、砂浜で「スイカ割り」が始まった。
チャレンジャーは、目隠しをした赤城(野球部エース)。
「右だ! いや、もう少し左!」 「そこだ赤城! 振り下ろせ!」
クラスメイトの声援を受け、赤城が棒を振り下ろす。
バゴォッ!!
「ぎゃああああっ!?」
鈍い金属音が響き、赤城の手が痺れた。
彼が叩いたのはスイカではなく、「砂に埋まって日光浴をしていたメカ校長の頭」だった。
『……ぬん? 今、蚊が止まったか?』
「硬ぇよ校長!! ていうか紛らわしいとこに埋まってんな!」
『すまんすまん。ソーラー充電中だった。……詫びに、ワシが割ってやろう』
メカ校長は砂から起き上がると、スイカの前に立った。
そして、右腕の「空き缶プレスアーム」を展開する。
『ぬんっ!!』
パァァァンッ!!
手刀一閃。
スイカは細胞レベルで切断されたかのように、断面も鮮やかに真っ二つに割れた。
「すげぇ……」「包丁いらずだ……」
『さあ食え! 断面が美しいと味も良いぞ!』
生徒たちにスイカを振る舞うメカ校長。もはや先生というより、海の家の親父である。
4. 生きている温度
喧騒から少し離れて。
俺と櫻子先輩は、波打ち際に座って足を浸していた。
「……冷たい」
先輩が、トレンカ越しの足を波に打たせながら呟いた。
「冷たくて、気持ちいいわ。……それに、太陽が熱い」
彼女は自分の頬(陶器製だが、今はほんのり赤い)を触った。
「幽霊だった49年間、ずっと『寒かった』の。私の時間は止まっていて、世界はいつも薄暗いフィルター越しに見えていた」
先輩は、眩しそうに海平線を眺めた。
「でも今は、熱いわ。……肌がジリジリする感じも、波の音も、スイカの甘い匂いも、全部が鮮やかで……情報量が多すぎて、パンクしちゃいそう」
「……それが、『生きてる』ってことですよ」
俺が言うと、先輩は振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。
「そうね。……ありがとう、ふるふる君。私を、この『熱い世界』に連れ戻してくれて」
先輩が、俺の手をギュッと握った。
その手は、冷たい陶器の質感ではなく、太陽の熱を吸って、確かに温かかった。
「……あ、あの二人、手ぇ繋いでる!」
「ヒューヒュー!」
遠くから、なのはや赤城たちの冷やかす声が聞こえる。
俺たちは顔を見合わせて笑った。
「……帰りましょうか、みんなの所へ」
「ええ。次はカキ氷を食べなきゃね」
人形姫は、もう泡になって消えたりしない。
俺たちの夏は、まだまだこれからだ。
(第137章 完)




