第24話 素直になれない親子
「アリーゼ! 山が見えてきたよ! ほら、見てごらん!」
現在。
俺とアリーゼは山登りをするために馬車で麓まで移動しているところだった。
しかし馬車内はどこか気まずくて、俺は無理にテンションを上げてそう言った。
「お父様、あまりはしゃがないでください」
「うっ、すまんすまん」
「全く……子供みたいですね」
「ははっ、子供のアリーゼにそんなこと言われるなんて――ガシッ!
俺の言葉を遮ろうとアリーゼが脛を蹴ってきた。
い、痛い……。
まあ、今のは俺が悪いか。
ちょっと反抗期の娘とどう接すれば良いのか分からなくて困った結果、変なことを言ってしまった。
反省反省。
「デニス様、アリーゼ様、着きましたよ」
御者台から顔を覗かせたセバスがそう言う。
小窓を開けて外を見てみると、確かに山の麓の森の中に到着していた。
「じゃあ行こうか、アリーゼ」
「むう……お父様がどうしてもというのなら」
「どうしても俺はアリーゼと行きたい」
「なら仕方がないですね。ちょっとだけですよ?」
アリーゼはそっぽを向いてそう言い、俺の手を借りて馬車を降りるのだった。
***
アリーゼは自分の感情がよく分からなくなっていた。
一歩先を歩く父を見る。
この道は大丈夫か、崩れたりしないか、と安全を確認してくれていて、やっぱりそんな父がアリーゼは好きだ。
しかしその『好き』という気持ちを素直に表現できなかった。
自分からその言葉を伝えるのは何だか負けた気がする。
何故だか分からないけど、自分のそんな気持ちに気がつくと、恥ずかしくなってしまう。
それが嫌で、そして素直な気持ちも伝えられなくて、心がごっちゃになって、つい冷たくしてしまうのだ。
「はあ……」
思わずため息が漏れる。
父が自分にとても気を使っているのが手に取るように分かった。
そのことが余計にアリーゼの心を締め付ける。
父は全く悪いことをしていないのに、自分のせいで傷つけてしまっている。
その自覚は、アリーゼにじわじわと罪悪感を抱かせた。
自分にだって昔みたいにところ構わず甘えたい気持ちもある。
が、そんな簡単な事じゃないのだ。
そう上手く自分の感情をコントロールできたら、苦労していない。
「アリーゼ。そろそろ休憩するかい?」
父はアリーゼに優しく聞いた。
なのに、アリーゼは冷たくこう返してしまう。
「私を舐めないでください」
「ははっ、ごめんごめん。アリーゼは毎日俺と特訓してるもんな。ちゃんと体力はあるよな」
本当はそんなこと言いたくないのに。
そんな冷たい言い方をしたくはないのに。
どうしても、勝手にそうなってしまうのだ。
憂鬱だ。
どうして自分はこうなんだろうと、アリーゼは再び重たいため息を零す。
ああ……、また昔みたいに素直な自分になれたらなぁ……。
***
さっきからアリーゼがため息を零している。
そのことが気がかりで、休憩するかと尋ねたのだが冷たく返された。
でもあれは確かに俺が悪いよな。
アリーゼだって毎日頑張ってるのに、そんな簡単に心配されたらプライドが傷つくよな。
う~ん。
いっそのこと、何でため息をついているか聞いてみるか……?
いや、そんなことしたら余計に嫌われるだけだ。
どうしたもんか……。
そして俺たちは黙々としたまま山登りを続けていく。
心なしか空模様も少し怪しくなってきた。
そんな中、俺たちは山を登り続ける。
ひたすらに登り続ける。
そして約二時間ほど掛けて、俺たちはようやく山頂に辿り着いた。
「アリーゼ。ここを抜けたら景色が見えるようになるはずだよ」
俺の言葉にアリーゼは返さない。
今は疲れているのもあるだろうけど、そのことすらも俺の心に寂しさを生んだ。
木々を抜け、一望できる広場に抜けた。
もうさっきまでの怪しい雲はなく晴れ渡っていた。
圧巻の景色だった。
山々の連なりが聳え、その広大な山の斜面を上から眺めるこの感じは、どこか心を晴れやかにしてくれる。
「……お父様」
「どうした、アリーゼ」
「美しいですね」
「そうだろう?」
「今日は……連れてきてくれてありがとうございます」
俺は目を見開いた。
「いや……俺はアリーゼと……アリーゼと……」
「お父様、ごめんなさい。私、大好きなお父様に冷たくしてしまっていて……」
「いっ、いや! 俺の方こそ気持ちを汲めなくてごめん!」
俺が頭を下げると、アリーゼは小さく笑った。
「ふふっ、何でお父様が謝るんですか? 悪いのは私なのに」
「俺だって、悪いところはあったかもしれないからなぁ……」
「そんなところなんて一つも……あ、ありました。流石に庭だとしても靴を履くときは靴下を履いてください」
「は、はい。すみません」
何だか俺とアリーゼとの力関係が逆転してきている気がする。
まあ俺が尻に敷かれるタイプで、レーアが尻に敷くタイプだったからな。
レーアの値を濃く受け継いでいるアリーゼは、間違いなく異性を尻に敷くタイプになるんだろうなと、そう思うのだった。




