第22話 ウチの娘が反抗期
あれからアリーゼとディルクの婚約はいったん保留ということになった。
もっと大人になって、物事の分別や客観視ができるようになってからでも遅くはない、と言うのが俺とベルジェ公爵の出した結論だった。
最も、ディルクには定期的にアリーゼに挑ませるつもりらしいし、定期的な交流も都度行っていくということになった。
そして時が経つのは早いもので、5年が経ち、アリーゼは10歳になった。
かなり身長も伸びて、大人びてきたアリーゼ。
剣術の方もかなり上達してきて、魔術も本格的に習い始めている。
いまだディルクとの婚約は許していない状況で、全て勝ち越している。
それでもちょっとずつ仲良くなってきているようだった。
ウチに入れたカイ含める孤児たちも、同様に立派に成長している。
カイもセバスに育てられて、執事として十分なものを身に付け始めているし、子供たちの中には家を出て料理人になったりお嫁にいったりする人も出てきた。
まあでも大半はアリーゼと変わらない歳なので、まだウチで修行中だ。
そしてそんなアリーゼだが、現在、少し問題を抱えていた。
「お父様と一緒の桶で洗濯しないでください」
「お父様と同じコップで水を飲みたくないです」
――そう、完全に反抗期を迎えていたのだった。
***
「う~む」
俺は執務室の机に向き合って、腕を組み唸っていた。
机の上には手つかずの書類たち。
傍に控えていた執事のセバスは俺に呆れたような視線を向けていた。
「デニス様。書類が手つかずになっておりますよ」
「う~む」
「デニス様、デニス様!」
「どうしたものか……」
「デニス様ッ!」
耳元で叫ばれて、俺はようやくセバスが呼んでいたことに気がついた。
「ああ、どうしたセバス」
「どうした、じゃありません。今日の分の書類が全然片付いてないですよ」
「ああ……そうか、そうだったね」
俺が薄らボンヤリとそう言うと、セバスは呆れたようにため息をついた。
「お嬢様に嫌われて落ち込むのは分かるのですが、さっさと仕事してください」
「……嫌われてなんかいない」
「そうですか? 『勝手に部屋に入ってこないで!』とか『お父様と一緒のお風呂には入りたくない!』とか、言われていますけど?」
「そっ、それは嫌いになったとかではなくて! ただちょっと反抗期なだけだ! すぐに戻るんだ!」
いや、そうなのか?
本当にそうなのか?
くそっ……! どうすれば今までの素直で可愛いアリーゼに戻ってくれるんだ……!
そう頭を悩ませていると、ドタドタと廊下を歩く音が聞こえてくる。
その音は部屋の前で止まり、思いきり扉が開いた。
そこには何故か怒り心頭のアリーゼが仁王立ちしていた。
「お父様ッ!」
「はっ、はいっ! なんでしょう!」
「どうして時間になっても来てくれないのですか!? 私は待っていたのですよ!」
そう言われて部屋の柱時計を見てみると既に13時を過ぎていた。
午後で、アリーゼと遊ぶ時間になっていた。
悩みすぎて時間が過ぎていたことにも気がつかなかった。
「す、すまな――「もう、お父様なんか大嫌い!」
大嫌い。
大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い……。
エコーがかかったようにその言葉が脳内で反響していく。
ガーーーーン。
これには流石の俺でも落ち込むぞ……。
そしてアリーゼは扉をバタンと締めて部屋を出ていってしまった。
くそっ……!
絶対に仲直りしてみせる!
反抗期を乗り越えて仲良し親子に戻るんだ!
俺はそう決意すると、部屋を飛び出し庭に向かうのだった。
***
「な、なあ、アリーゼ」
「なんですか、私との約束を忘れて遅刻をしたお父様」
……皮肉たっぷりにそう言われて、やっぱり落ち込む。
だが!
ここでへこたれる俺ではないのだ!
「せっかくなら一緒に遊ばないか?」
「今日は遊びません。何故ならお父様が遅刻なされたので」
……ぐぅ。
とりつく島もないとはまさにこのこと。
「な、なあ、アリーゼ。どうすれば許してくれるか?」
「……私は許しません。そこで反省していてください」
むっ、難しい……!
年頃の女の子って難しいよ!
「そもそもお父様が遅刻したのが悪いんです。……私の楽しみだったのに」
「本当にごめん。ほら、今からでもまだ時間はあるんだし、遅くないんじゃないかな……?」
俺がそう言うと、アリーゼはやれやれといった感じでこう言った。
「仕方がないです。お父様がそこまで私と遊びたいなら。どうしてもというなら、一緒に遊びましょう」
「ああ、どうしてもだ。どうしても一緒に遊びたい」
「本当に仕方がないですね……。今日だけですよ、遅刻を許すのは」
彼女はそう本当に仕方がないといった風を装うが、口元はニヤついていてどこか嬉しそうだった。
「ありがとう! 助かるよ!」
俺はそんなアリーゼに感謝の言葉を伝える。
彼女はそれに対して顔を背けながら、こう言った。
「本当に、今日だけですからね。もう今後は絶対に遅刻は許しませんからね」
その口元は、やっぱりどこか嬉しそうにしているのだった。




