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09

「な、鳴海さん……助けてください」


 ジュースを飲みながらぼけっと眺めていたらちなつちゃんから求められてしまった。

 あたしは若干興奮気味な雪を止めて、彼女の横に座る。


「はぁ……疲れました」

「あはは……お疲れ」

「連れてきたのならしっかり見ておいてください!」

「ごめん……」


 あぁ……だけど千捺とはあんな風になってるのになにやってるんだろう。

 あの子はもう無理だからこの子と関わればいいだなんて薄情な考え方をしているとか?

 そういう消去法での選び方はできるだけ避けたいところではあるが……。


「もう帰りましょうか」

「え、やっぱり嫌だった?」

「いえ、確かめたかったことを確認できたので大丈夫です」


 確かめたかったことってなんだろう。

 

「私も帰ります、こんなところにいても意味ないので」


 じゃあなんで来たのって話だけど……。

 とにかく、あたし達は来て早々家へと帰ることになった。

 そこで問題だったのは、どうしてかちなつちゃんが付いてくるということだ。

 彼女だけは可愛らしい私服を着ていることからどこら辺に住んでいるのか分からない。


「ちなつちゃんはどこら辺に住んでいるんですか?」

「えっと、そこら辺です」

「おぉ、偶然にも近いですね、明希ちゃんのお家と」

「当たり前です、天門さんは近距離の方としか会いませんから」


 あの子が言っていた仲間が多いというのはこういうことなんだろう。

 天門さんのおかげでちなつちゃんに会えたし、そう悪いことでもない気がする。

 良くないのは千捺を彼女に重ねてしまっていることだろうか。


「えと、雪……さんは県外から来ているんですよね?」

「はい、土曜日と日曜日は明希ちゃんのお家に泊めてもらうと決めたんです。きちんとお母さんを説得しました」


 そういえば部活は土曜日にないんだろうか。

 高校のテニス部はそこまで本格的じゃないとか?


「わざわざ県外から来る理由ってなんでですか? 交通費とかも馬鹿にならないですよね?」

「それはそうですけど……私は単純に明希ちゃんと一緒にいたいだけですよ。家族ですから」

「へえ、なら変な感情はないってことですか?」


 彼女は足を止め、横にいる雪を見上げる。

 雪もまた足を止めてそんな彼女を静かに見ていた。


「変な感情?」

「特別な意味で好きとかそういうのはないってことですよね? って言ってるんです」


 なんかこれじゃああたしを取り合いしているかのよう。

 そうではないのに自分って結構モテるんじゃないかとか馬鹿みたいに考えてしまった。

 ふたりは静かに見合う。

 視線を逸らすことなく見続けている間に、なにを考えているのだろうか。


「まあまあ、ちょっと寒いし早く帰ろうよ」

「「そうですね」」


 そういう話は自分のいないところでしてほしい。

 だってそうでしょ、そんな感情なんて微塵もないんだから聞いたって無駄だ。

 それに近くで雰囲気を悪くされると居心地が悪い。

 面倒くさいことに巻き込まれたくない、勝手に変なこと聞かれてがっかりしたくない。


「鳴海さーんっ」


 天門さんがあたし達を追ってきたようだ。

 他の皆がいないことから解散してきたことが分かる。

 そう考えるとあたし達のせいで申し訳ないことをしてしまったなと罪悪感が出てきた。


「我妻さんが近くの公園で待ってるって!」

「千捺が? うん、教えてくれてありがと」

「うんっ、頑張ってね!」

「――? う、うん」


 天門さんは去り、公園に向かおうとしたあたしの足が止まる。

 どうせ暇つぶしだとか言われるくらいなら、行かない方がマシなのではないか。

 話しかけないって言ったんだから会うのはおかしいのではないか。

 色々とごちゃごちゃ雑念が出てきて、中々前に進めずにいた。


「明希ちゃん、先にお家に帰っていますね」

「あ、うん――あれ? ちなつちゃんは?」

「さあ? 天門さんを見ている間にいなくなってましたよ?」

「そうなんだ……とにかく、気をつけてね」

「はい、明希ちゃんも気をつけてくださいね」


 って、行くみたいな流れになっちゃってるじゃん。

 そしてどうしてわざわざ天門さん経由で伝えてくるんだそれを。

 そんなに会いにくい、言いづらい、会いたくない、言いたくない相手と会う理由は?


「でも、行かないと風邪引いちゃうよね……」


 ちょっと頑固なところがあるのは知っているし、来るまで意地になって待ちそうだ。


「千捺……」

「来てくれたんだね」


 うん、間違いなくいつもの千捺がそこにいる。

 ちょっと確かめるために髪に触れてみたり、持ち上げてみたりもしたけど、結局千捺だなという答えしか出なかった。


「にゃ、にゃにしゅるのっ!?」

「え? ああ、ごめん。ほら、前に言ったでしょ? ちなつちゃんって子と凄く似てるからさ」


 興味ないと言われるだけならあれだけど、暇つぶしと言われつい早退した日を思い出す。

 いや、分かるよ、だってあたしも最初はこちらから仲良くしようとは思っていなかった。

 片方がそういうつもりでいたって相手が同じように考えてくれるかは分からないから。

 そういう一方通行は怖いからあたしはそうしていた――なのに、気づけば踏み込みたい、もっと仲良くなりたいだなんて考えていたのだ。

 この子にはそういうパワーがあった、あたしみたいな人間でも変えてしまう力が。


「って、ああ!?」

「ひぇ!?」

「普通に話しかけちゃってるじゃんっ、格好つけて無理して『もう話しかけないよ』なんて言ったのにぃ!」


 この子といると自分の決めたことなんて簡単に破ることになるから嫌だった。

 しかもそれを嫌だと思っていないのが最悪なんだ。

 嫌なのに嫌だと思っていないというのは矛盾であるのは分かっている。


「……無理して?」

「そりゃそうでしょ、あんなこと言われたらムキになってああ言うしかないじゃん」

「え、本音じゃなかったんだ……」

「当たり前でしょうがっ――んで? なんの用?」

「あ、えっとさ……前言ってたちなつちゃんって子のことなんだけど、可愛いって思った?」

「うん、でもまあ本人から好かれてるわけじゃないだろうけどね」


 痛いとか迷惑だとか平気で言われたし。

 いくらいづらい空間だからって他人をディスることで時間をつぶそうとするのは良くない。

 暴力的なあたしでも取らない手段だ。


「うーん、だけど千捺より可愛気あるかもね、だって敬語だし」

「むっ……ま、まあ、その子のことは私も知ってるけどねっ」

「あははっ、なんだ、興味あったんじゃん」

「だってさ」

「うん?」


 彼女は背負っていたバッグからウィッグと服を取り出して言った。


「こういう髪型と、こういう服を着ている子でしょ?」

「ん? うーん、そうだね……そう……え?」

「あのね、私が天門さんに頼んだの」

「天門さんに?」


 ちなつ=千捺だとして、だったらなんで暇つぶしのためになんて言ったんだろう。

 そんなこと言われてなければあたしは普通に千捺と話そうとしていた。

 思ってもいないことを口にし勝手に傷つき海に逃げたりなんかしなかったのに。


「ああいう形でしか上手く話せる自信なくて」

「でもさ、痛いとか言ってくれたけど……」

「だって本当に痛かったもんっ、それに……好かれようとしているのが気に入らなかった」

「あー、格好いい女の子やギャル系の子に?」

「合コンって言われて普通に来るなんておかしいでしょ……」

「いや、天門さんに無理やり連れて行かれたんだけど……」


 けれどお礼をしなければならないのは事実だったから彼女を責めるわけにもいかない。

 しかし行った先で言葉の暴力があたしを遅い、本当ならすぐに逃げ出したかったくらい。

 それをしなかったのは空気を読まなければならないという最低限の常識と、ちなつちゃん――千捺がいたからだ。

 なんだかんだ言っていても話に付き合ってくれたし、いづらいのはあたしも同じだったから助かったし。


「可愛いんだよね?」

「う、うん、まあね」


 よく考えてみなくてもメチャクチャ恥ずかしいことをしていたということだ。

 しかも彼女ほんにんに重ねて可愛いとか抱きしめたいとか考えていたし。

 あの子を見ているとあの子のいい部分ばかりしか見えなくてどうしようもなかった。


「行こ、雪さん家で待ってるんでしょ」

「あ、待ってっ」

「なに?」

「雪の前で仲良くしたら……」


 あたしが千捺を優先したら苦しいって言ってたし、あんまりするべきではない気がする。


「……いいじゃん」

「え、だけど雪を悲しませたくない……っていうか」

「あのさ、結局こうして私のところに来てる時点でそれじゃない?」

「だからこそ……」

「気づいてよっ、私が雪さんを優先してほしくないって言ってるの!」


 こちらの手を掴んで上目遣いで見てくる彼女の瞳から目を逸らせなかった。

 いまここでなにかを言ったり、それでもなんて考えて拒んだら致命的になると。


「……せめて金曜日とかにしてくれれば雪だってこっちに来てなかったのに」

「しょうがないじゃん……みんなの都合だってあるんだから」

「そういう集め方をしておいて結局来たのはあたしと千捺だけってことで良かったでしょ?」

「はっ!? ……残念、思いつきませんでした。というか、あそこになんて雪さんを連れてくるからだよ」

「行くって必死になっていたんだからしょうがないじゃん」


 もう暗いし危ないのもあるので結局家に帰ることに。


「ただい――」

「おめでとうございます!」

「「え?」」

「お付き合い、始めたんですよね!?」


 違う、ただ仲直りができただけだ。

 そういう次元の話ではないことは雪でも分かっていると思うんだけど。


「ちょいちょーい、そもそも仲直りできたばかりですよー?」

「えっ、はぁ……いいんですか? そんな感じで……」

「なーんだ、私と明希ちゃんが仲良くして悲しんでると思ったのに」

「ちょっ、いちいちそんなこと言わなくてもいいでしょ千捺!」

「大丈夫ですよ明希ちゃん」


 別に見せつけたくて千捺と仲良くしているわけではない。

 雪を守りたいって思ったのも本当のことで、千捺を笑わせたいと思ったのも本当のこと。

 どちらがいいじゃなくて、どちらもいいんだ。


「私と明希ちゃんは家族です。ですから、大切な時に側にいられればって思っています」

「それってやっぱり特別を求めているんじゃないの?」

「そうですねー、私を守ってくれた明希ちゃんは凄く格好良かったですしね」

「矛盾してるじゃんっ」

「でも、明希ちゃんが本当に望む人とそうなってほしいですから」

「うっ……なんか私が悪みたいじゃん……」

「千捺さんは悪ですよー、だって私から奪おうとするんですから」

「ぶーぶー、でもあげないから!」


 盛り上がっているところ悪いが、本当にこういうのは裏でやってほしい。

 だってどう反応すればいいのか分からない。

 嫌われ続けてきた人生というわけではないものの、この好きの意味は違うんだから。


「あー」

「どうしました?」

「どうしたの?」


 どうしたのって自分達がいかに大胆なことを言っているのか分からないんだろうか。


「ま、まあ、程々にね、お風呂に行ってくるよ」

「分かりました」

「はーい」


 はーいって呑気なものだ。

 少し前まで関係が消滅していたというのに、これは天門さんに改めてお礼を言わなければ駄目な気がする。

 けどそれをするとまた猫耳猫尻尾なんて無茶で恥さらしをさせられるということ。


「ふぅ……」


 今日は静かな入浴ができそうだった。

 入浴剤の入ったお湯はいい匂いなのと温かいのもあって、心地良さしかない。

 色々な意味で冷え切った体を温めてくれるような素晴らしさがそこにある。


「明希ちゃん」

「うん?」


 扉を開けてこないのは顔を見られたくないということだろうか。


「変な遠慮、しないでくださいね」

「そっちは?」

「私、ですか? 大丈夫ですよ、私はあなたと家族になれた時点で勝っていますから」

「あはは。でもさ、仮にあたしと千捺が結婚しても家族だよ?」

「いいですよ、それでも姉というポジションは守り抜けます。……お母さんがどこかに行ってしまったのは正直に言って悲しかったです。それに影響してお父さんもあんな風になってしまって

……明希ちゃんに迷惑をかけてしまいました。迷惑をかけたって分かっていたのに、なにもできなかった自分が悔しいです」


 あたしもお父さんが死んじゃって悲しいけど、それがなければ雪と出会えてなかった。

 いいことばかりでもなかったものの、いま思えば間違いなく良かったと言える。


「どこからか広がった明希ちゃんが私を骨折させたという噂、私が違うよと言えばもう少しいい方向へ変えられたかもしれません。そうすれば別々の高校に通うだなんてことにならなくて済んだ可能性が――」

「ううん、だって雪を怪我させたのあたしだし……そのせいで最後の大会だって……」

「いいえ、そのことに比べたらテニスの全国大会に出られなかったくらい大したことありません」


 でも、彼女とつぐみさんのペアに負けてしまったライバル達は悔しいだろう。

 だったら私達が出ていればなんて考えたくなるに違いない。


「昔話はいいですよね。千捺さんのこと、きちんと見てあげてくださいね」

「……うん。だけど雪は家族だよっ、大切なことには変わらない」

「はい、ありがとうございます! それでは戻っていますね」

「うん」


 さて、だからって別に意識してなにかを変える必要はないだろう。

 あたしはあの子と一緒にいる、それだけで十分だ。

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