09
「ふたりで寝ろって言われたから寝たものの……」
「うぅ……が、がぜをびいでじまいまじだぁ」
「はぁ……もう」
昨日は格好いいくらいだったのに、起きてみたら朝一番にこれ。
とりあえず、風邪の時に必要なシートだったり飲み物だったりをコンビニに行って購入してきた。
「はい」
「あっ……ヒヤッとします」
「そりゃ冷却シートだからね」
飲み物もしっかり飲ませて部屋を出ていくことにする。
「あの……移したくはないですがいてくれませんか?」
「いていいの? それならいるよ」
「はい……ありがとうございます」
どうせ千捺はぐーすかぐー状態なので大してやることもない。
だったら雪のためにできることをしてあげておいた方がいいだろう。
とはいえ一応母に連絡をしておく。
万が一の場合というか普通に夕方頃には迎いに来てもらうためだ。
「明希ちゃん……好きって言ってください」
「好きだよ」
「頭、撫でてください」
「よしよし」
「抱きしめてください」
「ぎゅー」
千捺がいなければこんな普通の姉妹みたいなこと、できていなかった。
過去のあたしはこんなことをしたいだなんて思っていなかった。
なんで全然知らないこの人達がいてお父さんがいないんだとぶつけてた。
そのことで母を泣かせたこともあるし、雪を泣かせたこともある。
「明希ちゃん」
「おはよ」
「あれ、雪さん風邪引いちゃった?」
「そうみたい、今日は雪といるから」
「ふぅ……まあしょうがないよね、それとこれとは話が別だって私でも分かるし」
彼女は当たり前のように側に座り込み雪の頭を撫でていた。
雪も特に嫌がることもなく「ありがとうございます」と口にし微笑む。
千捺もまた同じようにただ単純に雪を喜ばせるために行動している。
雪の想いがどれほどのものだったのかは分からないが、仮に間近な相手がライバルだったとしたらこういう対応をできただろうか。
例えばちなつちゃん(本人ではあるが)を狙っていたのに天門さんに取られたとしたら、その天門さんに元気になってほしくてなにかをしてあげるというのは難しそうである。
すぐに手を上げたり悪口を言ってしまうあたしが幼稚だと言う他ないのかもしれない。
「ただなあ、昨日の雪さんは格好良かったのになあ」
「あはは……すみません」
「いや、謝らなくてもいいんだけどさー」
「千捺さんは私よりしっかりしていますね、お姉さんみたいです」
「やめてよー、どうせ小さいんだから」
「小さいとか関係ないですよ、必要な時にいてくれて凄く嬉しいです」
「え、そ、そうかなあ?」
――雪はあたしの言いたいことをよく代弁してくれる。
前にも思ったが、彼女の父と母はどんな感じだったんだろう。
美形と美女同士、その他も完璧だったからこそ雪みたいな子が生まれたのかな。
一方こちらの場合はしっかりとした両親からちょっと微妙な存在がって感じだけども。
「千捺さんから聞きましたよ、無理やり早退して海に行ったって」
「あー……うん、この子があたしに酷いこと言ってくれたからね」
「そんなこと言ったら明希ちゃんだって子どもすぎるとか言ってきたよ!」
こちらはもしかしたら苦手かもしれないからって考えて聞いてあげたのに、勝手に勘違いして家に来るのもやめるとか言っておまけに最後はあれだし。……だというのにいざ会ってみたらあんな態度、悩んでいたのはまるでこちらだけだったみたいじゃんかって複雑になった。
雪もそうだけど自分が相手に与える影響力ってのを把握した方がいい。そうじゃないと周りの子は巻き込まれるだけ巻き込まれて、振り回されて疲労してしまうだろう。
「しかもあたしだって恥ずかしいのに猫耳を痛いとか言ってきてさ!」
「そんなの誘われたからってホイホイ行く明希ちゃんが悪いでしょ!」
「あ、あのっ」
「「なに!?」」
時にはこういうぶつかり合いも大切だ。喧嘩は仲がいい同士でなければできない。だからこそ過去のあたしと雪はそれができなかったんだろう。お互いが別のところを見ていた……的な感じで。
「あまり大声を出されると……頭が痛いです……」
「「あ……」」
しかし病人のいる部屋でするべきではなかった。「もう自由にしてていいですから!」と怒られて部屋を追い出されてしまう。
「ぷっ、あははっ、あんなに怒ってる雪さん初めて見たー!」
「いやいや、笑い事じゃないでしょ……」
「ううん、だって気を遣われるだけって悲しいでしょ?」
「あーまあそれは分かるかも」
敬語は元からだって言ってたけどそれ以外も遠慮しっぱなしの雪だったし、怒ったり悲しんだり笑ったり注意したりとか普通の対等な関係でいたかった。
まあ、あたしが自由に「なんでお父さんじゃなくてこんな知らない人達がいるの!」なんてずっと言ってたせいでもあるんだけど……これもまた千捺が間に加わることでできたことなので本当にありがたいと思っている。
「ありがと」
「えっ? ぶふっ、あ、明希ちゃんがお礼を言うなんてっ、ぷふふっ」
「あーもうっ、だから言いたくなかったんだよっ」
「……ま、そんなこと言ったらこっちに住んでくれてありがとって思ってるけどね。雪さんや明希ちゃんのお母さん……久美子さんだっけ? には悪いけど、そういう問題があってくれて良かったーなんて性格の悪いことも思っちゃってたりするから」
「まー……あたしも似たようなこと思ってるし、あんまり重く考えなくていいよ」
母には申し訳ないが。
あたしがそんな複雑さと戦っていたら急に千捺が抱きしめてきた。
ついでにこちらの匂いを味わうかのように鼻を鳴らし、どんどんと密着率をあげていく。
「好きって、言って?」
こちらも媚び媚びの甘い声。
ちなつちゃんモードはどこに行ってしまったんだろうか。
「抱きしめて?」
やばい……雪が風邪で苦しんでる時だっていうのにこのまま乗っていいのだろうか?
「雪さんにはしたのに私にはしないなんて有りえないよ。それともなに? 怖いの?」
「このっ!」
「わっ!?」
思い切り抱きしめて逃げられないようにする。
「ぐ、ぐるしっ……」と言ってもそのまま抱きしめ続けて、彼女からギブアップの声が聞こえるまで続けるつもりだった。
「ぐぅぇ……」
「あっ! ご、ごめん千捺っ」
「うぅ……苦しかったよぉ~……」
「千捺……って! 全然笑ってるんですけど!?」
「だって嬉しいし~」
なにが嬉しいだこいつっ。
ちょーっと心配してみればこれだ。
「そんな千捺にはこうだっ」
抱きしめて撫でて、頭を焦がす勢いで撫でて黙らされる。
「明希……ちゃん」
でも、あたしはすぐに己が失敗したことに気づいた。
こんな小さい子がふたりきりの空間でぺたりと座りこみこちらを上目遣いで見てくるというパワーを大したことではないと捉えていたことについてだ。
「好き」
「……いちいちどういう意味でって聞くのは野暮ってものだよね」
屈んで千捺を再度抱きしめる。
温かくて柔らかい感触と小さい子を抱きしめているということにちょっとした背徳感がある。
でも、こんな小さくてもあたしと同じ高校生だ、きちんと向き合ってあげなければならない。
「あたしも好きだよ」
「ほんと!? 明希ちゃん大好きっ」
「うん、あたしも――」
「おめでとうございますー!」
「「雪は寝てなさい!」」
あたし達がいくら叫んでも「千捺さんが呼び捨てで呼んでくれるなんて感激です!」なんて言って全く聞く様子がなかった。これだけ元気なら風邪というのも嘘ではないかとすら思えてくる。
「はぁ……ま、こんな感じだよね」
いちいち難しく考えても現状は全く変わらない。
このまま有りのまま受け取っておかないと疲れてしまうだろう。
「そうだよっ、私達はこんなものだよ」
「そうですよっ、私達はいつもこんな感じですよ!」
それで看病しなければこっちの身にもなってほしいが、雪と千捺が楽しそうならそれでいいかなんて考えてしまう自分が確かにいたのだった。
ありがとう。




