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あいつが勇者で、俺の職業(ジョブ)が道具屋だと 【完】

 残された2人。

「みんな意外とあっさり行っちゃいましたね。」

地上に戻って魔王討伐を報告。祝いの酒と共に、今回なればクォーダの独演会も許容できたのに。

「そうですね、そういう約束でしたから。」

どういう意味だろうか。魔王を倒したら契約終了、即自由。そんな具合だろうか。そうだとしても、現地解散だなんて寂しいではないか。

「さて、如月さん。如月さんはどちらへ帰りますか?」

そういえば考えていなかった。時間を稼ぐ為に質問で返した。

「運び屋さんはどうするんですか?」

軽い気持ちで訊いたのだが。

 答える代わりに歩き始めた運び屋。話の途中でどこへ行くのかと見守っていると、どうやら魔王の倒れた場所へ向かっているようだ。もちろん魔王はラビと政樹の攻撃で消えてしまっているが、いつからか、そこに小さな石の様な物が落ちていた。真っ黒な石、かと思う。黒過ぎて立体感の感じられない、写真をペンで塗り潰した様に、そこだけぽかんと異次元空間へ口を開けているみたいに黒い石を、運び屋が拾った。

「それは何ですか?」

離れた距離の分、声を張る。嫌な予感がその後押しをする。

魔刻石(まこくせき)、という奴だそうですよ。」

訊いたことのないアイテムだった。

「まこくせき・・・魔王を倒すと手に入る道具ですか?」

胸騒ぎがした。ラスボスを倒して、どうしてアイテムが入手できるのだ。その後なんてない。ラスボスを倒して終わりなのだ。アイテムを獲得する必要などない。アイテムが落ちていてはいけないのだ。それを拾ってはいけないのだ。

「どこぞの王様に、魔王を倒した証として持って来いと?」

「そんな要請は受けていませんよ。面倒ですし、献上する義理もありませんしね。」

運び屋らしい、自由人らしい答え。

「ではそのアイテムは何に使うのですか?」

声は届いているはずだが、俺の質問には応答せず、運び屋は魔刻石を頭上に掲げた。

「待て!運び屋!説明を―」

一層声を張る。

「ええ、これから説明しますので、ご心配なく。」

呑気にそう言いながらも、運び屋が動きを止めることはなかった。

 右手で掲げている魔刻石から黒い光が降り注ぐ。やがて運び屋の姿を包み込み、声だけが俺に届く。

「この世界をいきなり変えるわけにはいきませんからね。それこそ世界が大混乱してしまいます。なんだかんだ言ってこの世界、変化には至極弱いんですよ。変化は少しずつ、成長も少しずつ。時を見誤ってはいけません。その為にも魔王はまだ必要なんです。」

何を言っている、運び屋。その石を捨てろっ。

「でもご安心下さい。世界征服とか、モンスターを増やしたり強化したりはしませんから。」

話を勝手に進めるな、運び屋。今の話で運び屋のやろうとしていることがはっきりした。

「それなら俺が―お前はこの世界を救ったんだぞ。お前が魔王になる必要はない!」

クォーダも蓑口さんも知っていたのだ。何で俺だけ、とは言わない。話を受けていたら絶対に賛成しなかった。

「ありがとうございます。でも、ご心配には及びません。ずっと勇者をやってきましたからね、1度くらい、魔王もやってみたいと思いまして。」

「こんな時にふざけている場合か。クォーダや蓑口さんにはなんて説明するんだ。」

「大丈夫です、2人には話してありますから。さ、時間です。如月さん、またお会いしたいものですね。」

「な、ちょ―」

 気が付くと、俺はラストダンジョンの入口、地上に立っていた。




 蓑口さんは引き続き宿屋を経営している。ただし所変わって町や村ではなく、いわゆる辺境の地で。観光の目玉や名物、人を引き付けるモノがあるにもかかわらず、一般人が滞在可能な宿泊施設がない為に客が来られない。現地の努力が報われない状況を打破する為に一役買いたい。語っていた夢を実現すべく奮闘している。そしてそれは無理無茶無謀な理想論ではない。魔法が使えるからな。更地を作ることなど朝飯前。土方の人達とと協力しながら日々汗を流しているようだ。まだ宿の経営まではなかなか辿り着けないみたいだ、がそこまでの道を着実に造っている最中なのだ。

 クォーダは運び屋の作った転送陣を通って帰郷した。到着したのが真夜中、静かな村を家族の待つ自宅に向かってゆっくり歩を進めた。土を踏み締める足音だけが心地よく響いた。全てが片付いた。これからは家族と共に時間を過ごす。帰りを待ち侘びる娘とのんびり暮らす。希ってきた生活が手に入る、もう目の前にある。クォーダはそれをそっと手放した。唯一手元に残っていた最強クラスの大剣を自宅の前に寝かせ、自身は村の外へと出ていくのだった。独りかつ、この後如月達が手掛けるサステナビリティの中で手に入る武器で戦える力をえる為に。再び柳と会う為に。

 政樹とラビは引き続きお菓子屋サタンズを経営している。お菓子の作れない政樹と金勘定のできないラビというコンビだが、順調なようだ。もちろん多くの客を魅了できる商品群が第一の要因ではある。これがなくては話にならないし、これがあるからその他の部分を大なり小なり目を瞑ってもらえるということもある。ただし。それだけでは飽きに対応できない。長期の視野を持つことのできる人間が要る。その役割を担える者が必要なのだ。売れた、ヒットした、だからこれでずっと―という根拠に基づいた経営計画が中長期にわたって成功を収めた例は稀。ラビに経営の舵取りはできない。政樹の腕の見せ所である。なんて本人に言ったらプレッシャーを感じてしまうだろうな。


 さて、運び屋と別れてから3ヶ月が経った。俺はというと、運び屋をやっている。理由としては、まあ、地上に戻された際、背後に先代の荷馬車が置いてあったから仕方なく、ということにしておいて欲しい。御存知の通り元魔王なので移動は問題なし。商品を荷馬車に上げたり下ろしたりという慣れない仕事に最初は腕が筋肉痛になってしまった。それと、物資を下ろす順序を考えて荷馬車に積まないと、店に着いた時に不要な労力を使うことになる。慣れるのが一番だが、想像以上に頭を使う仕事だった。

 3ヶ月前、世界は魔王によって呪いを掛けられた。それは、武器や防具の性能が著しく低下するというものだった。一般人にはあまり関係のない、生ぬるい呪いと思うかもしれないが、勇者一行からすれば大問題である。攻撃力で言えばプラス50位が最大で、耐久値も大幅に下げられた。従って携帯する武器の予備は必須な上、頻繁に買い替えが必要になった。冒険の難易度は跳ね上がり、装備にかかるルナが倍増した為に進捗速度も大きく鈍った。

 流通するルナが大きく減少、経済の成長が衰えた。あるいは負。突如そういう状況に陥ることがどこの世界でもありうる。過去、現代、未来問わず、名前だけの世界恐慌も絶望を含んだそれも十分起こり得る。

 どうすれば運び屋の俺が魔王の柳に会えるか。答えも手掛かりも見えぬまま日々の生活を送っている。スイーツを食べたり、旅行したり、闘技を観戦したり。いつしか皆で地下に潜りたいと思う。その時はまた転職するとしよう。


         【あいつが勇者で、俺の職業ジョブが道具屋だと  完】

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