クリア後の世界⑤
ターン数は50。魔王を引くことはできていない。上級職は何回か出てきたが、俺にとってそれは何十回と引いている一般職と同様の価値しかない。砂時計をひっくり返す合図にしかならない。そうそう、道具屋も何回か引いたぞ。もちろん意味はないのだが、妙に嬉しくなってしまった。魔王の言う通りならば当選確率は256分の1。もう少しかかるのかな。
ターン数が100を超えた。
「淳ちゃん、考え直した方がいいよ。今回の所は引き返すということで手を打って―」
「まだまだ・・・続けるぞ。俺は何の問題もない。」
そう言って再認識してしまうのだから嫌になる。何かしらの異変が生じていた。
「ならさ、勇者にでも転職してみたら。勇者なら比較的当たりやすいしさっ。淳ちゃんなら絶対いい勇者様になれるよ。」
「それじゃあこれまでと変わらない。断る。」
「う~ん・・・・・・」
魔王が困って下を向く。魔王が困って言葉に詰まる。あろうことか助言する。不可思議な状況が続いた。
「淳ちゃん、もう1度言うけれど、256分の1だよ。」
「ああ、分かっている。すぐに引く。もうちょっと待っていろ。」
この後数ターンは黙っていた魔王だったが、相も変わらず引けぬ俺を見かねてか、再び説得が始まった。
「256分の1というのは、256回試行すれば必ず当たる、という訳じゃないよ。」
「それくらいは分かっている。」
「うん、でも一応説明だけさせてね。嘘とか間違った情報はないからさ。まず、運が悪ければ確率分母の2倍、3倍かかることもざらにある。時には4倍、5倍だって。」
「そうだな。でも逆に100回、200回で当たることも十分ありうる、そうだろう?」
まぁ、100回では魔王と巡り合うことはできなかったわけだが、200の線は残っている。まだまだこれからだ。
「確率を確率で説明するのが適切かどうかは分からないんだけれど、256分の1を256回以内に引ける確率は大体65~68パーセントくらいだよ。」
「・・・・・・」
意外と低いでしょう。念を押す魔王に返す言葉がなかった。俺のイメージはこうだ。サイコロを6回振る。辺りは1とする。6回振れば八割方、1回は1が出る。それが俺の感覚だった。35パーセントを2回、3回連続で引く恐怖が滲み出てきた。それでは多分、俺の身体がもたない。
「嘘じゃないよ。」
「ああ、分かっている。出まかせだなんて思っていないさ。いい情報だった。サンキューな。」
政樹は下らない嘘をつくような奴じゃない、それは魔王になっても変わらない。損するほどに馬鹿正直な性格だ。ましてや相手は俺、如月淳だ。それこそ100パーセントありえない。
「それとね、淳ちゃん。とっても大切なことなんだけれど。」
まだ魔王が話しかけてくる。そろそろ黙って見届けてくれてもいいぞ。静かに見守るというのも大切だと俺は思う。その一方で、自分の身体の異変に気付かないわけにはいかなかった。悔やまれるのは、あとひとつでもふたつでも菓子を食っておけばよかった。
「此処。地下100階はね、時間の流れがうんと速いんだ。ここの本来の目的はモンスターを指定のレベルまで成長させることなんだけれど、それは僕にも淳ちゃんにも等しく影響する。多分、薄々は感付いていると思うんだけれど、ここでは1日が4時間。1日があっという間に終わってしまう。うっかりここで寝てしまうと2日経っていたなんてことになる。けれど、そんなことは別に問題ではない。1日が4時間に凝縮される。時の流れが圧倒的に早くなる。それは魔族ならばともかく、人間にとってはとてもきついこと・・・だよね。」
ビンゴである。まず腹が減った。もっと菓子をつまんでおけばよかった。つまんで解決になるとも思わないが、何でもいいから腹に入れたい。それと、こんな大切な局面でこんなことを言うのもあれだが、魔王の言う通り人間なのだから仕方ない。眠い。疲れた。横になりたい。身体が悲鳴を上げていた。
「僕も地下100階は滅多に利用しないんだ。モンスターの育成はほとんど小田のお爺さんに任せてあるからね。地味だけれど、生ある者にとってそれくらいに過酷な所なんだよ、ここは。だからもうやめよう、淳ちゃん。寿命が縮むとか、急激に年を取るとか、そんな心配をしているわけじゃない。たかだか1日、2日、急に年を重ねたってどうということはない。でも1日、2日飲まず食わず、休まず、眠らずはまずい。魔族ならばいざ知らず、普通の人間には負担が大きすぎる。もうかなりしんどいはずだよ。顔色も良くない。やめよう・・・」
俺の身体を気遣う魔王に構わず続けて、試行回数が150回を超えた。ツイていないのか。
「時空の砂時計の弱点というか、欠点というべきか、改善点と言えばいいのかな。戦闘のターンは巻き戻すことができるけれど、時間は進み続けるんだ。実はこれ、凄いことなんだけれど、今はそれが徒になってしまうんだ。だから、お願いだから―」
【クリア後の世界④ 終】
【魔王のお仕事①】
淳ちゃんを、如月 淳をこのまま地下100階に置いておくわけにはいかなかったので、背負って階段を昇りました。淳ちゃんの持っていた道具は1つを除いて、全て破壊。もう必要のないものですからね。
コツ、コツ、コツと1段ずつ慎重に足を運ぶ。淳ちゃんの眠りを覚まさないように。もっと明るくしておけばよかったと後悔しながら地下99階を目指しました。嬉しかったのは淳ちゃんが仲間から、伝説人から本当に信頼されているということ。心から心配されていたということ。淳ちゃんの道具屋としてのキャリアが認められていたということ。
僕が扉を開いた瞬間、纏っていた緊張感を殺気が圧倒した。有無を言わさず斬られるかと思いました。僕は淳ちゃんを静かに下ろし、事の成り行きを説明しました。
「僕は近藤 政樹と言います。淳ちゃんの・・・いえ、如月 淳の友人で、ついさっきまで魔王でした。もうしばらく、魔王の力は残っているはずですが。」
我ながら変な自己紹介だと思います。
「彼は無事です。疲れて眠っているだけで、特に怪我などはありません。この下、地下100階で僕と勇敢に戦い、見事に意地を貫き通して目的を果たしました。ただし、もう道具屋ではありません。彼は彼の意志で、魔王に転職しました。」
皆さん、予想できてたようで、驚いた様子は見られませんでした。随分と99階で待たせてしまいましたからね、その間に情報共有でもしたのでしょう。それは話がしやすくて助かるのですが、沢山の吸い殻は持ち帰って頂きたいですね。
「近藤君、と呼べばいいかな?」
「はい。」
こんな形で伝説の勇者と話をするなんて思ってもいませんでした。職業柄、勇者の情報には詳しかったのですが、中でも伝説人は刮目していたパーティーです。言わば僕等が最も警戒していたチームのひとつ。
「道具屋さんは無事なんだろうな。返答によっては今、この場で斬り捨てることになるが。たとえ君が古くからの友人だとしても。」
噂に聞くよりもずっと怖い印象でした。あの眼光は、しばらくの間、忘れられないでしょう。脅し文句ではない、本音。ポロリと出た本音が殺害予告。
「淳ちゃんは眠っているだけです。少し疲れていて―ですから休ませてあげて下さい。」
「いい答えです。それを訊いて安心しました。」
言葉とは裏腹に、4人共、武器を収めてはくれませんでした。
「それでは近藤君。道具屋さんは返して頂きます。君は立ち去りなさい。ご苦労様。」
僕の容姿が魔王らしくない、そこら辺にいる若造だからか、勇者は完全に上から目線でした。どこか先生に諭されているような。
「残念ながらそれはできません。彼はもう道具屋ではなく、魔王ですから。今は魔族でもない僕が言うのも変ですが、こちら側の人間です。ですから、お引き取り願います。」
淳ちゃんにはゆっくりと休んでもらいます。そして、その後が大変なのです。淳ちゃんが望むようにモンスターを消すことも可能。可能だけれども、すぐにはできない。もしもすべて消したいのであれば、勇者一行が今いるモンスターを全て討伐するのを待たなくてはなりません。その過程で収集される情報、それを元に、魔王である淳ちゃんが決めなくてはなりません。勇者と魔族の共存をどのように成立させるのかということを。モンスターゼロという選択肢を、少なくとも僕は選ぶことができなかった。
「そうですか。あまり手荒な真似はしたくないのです。お2人は古い友人なのでしょう。長い付き合いだと訊いております。考え直しては頂けませんか?」
その時のことでした。皆さんが嫌いにならないといいのですが。またかと思わないで下さい。仕組んだのは僕。僕のことを恨むのであれば構いませんが、小田爺のことはどうか(淳ちゃんの使っていたこの呼び方、気に入ってしまいました)。 小田爺は何も悪くないのですから。
「よう会うの~、柳一派よ。寂しがることはないぞよ、いずれ、またな・・・」
こうしてラストダンジョンは、再び静けさを取り戻しました。




