交渉➁
現在地は地下99階。そして目の前には下り階段。詰まる所、ラストダンジョン踏破目前。俺の口は緊張でカラカラだった。何の緊張だろうか。生命の危険性を感じているからか、環境の大きな変化か、旧友との再会が近いからか。
「さて・・・着きましたね。そこの階段を降りれば地下100階です。大魔王様がお待ちかねです。我々はここで待ちます。何かあればここにいますのでご心配なく。それとも、ご一緒した方が宜しいですか?」
柳はどこまで知っているのだろうか。
「いえ、独りで行かせて下さい。魔王と話をつけてきます。」
「如月、私もここで待っていればいいのか。」
「はい、ラビもここにいて下さい。必ず戻ってきますから。そうしたら、お菓子屋さんの準備をしましょうね。」
「如月さん、お気をつけて。」
「はい。行ってきます。」
コツ、コツ、コツ・・・1段ずつゆっくりと足を運ぶ。石造りの階段の様だ。道幅は狭く、軽く両腕を伸ばせば同時に壁面を触ることができた。光源は足元のろうそく。壁面に埋め込まれるような形で両側に等間隔で置かれてはいるが、どうにか段差が確かめられる程の明るさ。薄暗い。踏み外して怪我でもしたらどんな顔をして帰ればいいのやら。気を付けなくてはならない。
コツ、コツ、コツ・・・・・・政樹に会ったら、まず何と声を掛けようか。久しぶりだな、元気にしてたか、というのが無難か。まさかお前が魔王とはな、なんて言ったら気の弱い政樹は泣き出してしまうかもしれない。それとも、黙って一発ぶん殴るか―
コツ、コツ・・・行き止まり。扉だ。この扉の向こうに魔王がいると考えるのが自然だろうな。俺だって準備はしてきた、ためらいはない。俺はゆっくりと扉を開けた。
隙間から光が差し込んでくる。薄暗い階段とは違って、中は随分と明るいようだ。数秒で目が慣れ、焦点も合う。この瞬間をどれほど心待ちにしただろう。俺の目の前に、紛れもなく政樹が、近藤 政樹が座っていた。想像と大分違うが・・・
「久し振りだね、淳ちゃん。どうぞ、座って。」
「あ、ああ・・・・・・」
六畳一間に掘りごたつ。政樹の部屋と瓜二つ。政樹の家へ遊びに行くと、ここでお茶とお菓子を貰っていた。懐かしさを通り越して我が家に帰ってきたかのように落ち着いてしまった。勧められるまま、ふぅ、と腰を下ろした。
「なに飲む?」
「えっ?」
「飲み物は何にする?」
「え、ああ・・・じゃあ、コーヒーで。」
「うん、分かった。ちょっと待ってて。」
そう言うと政樹は奥へ消えていった。
コポッ、ポコッ、ココッという音と共に、俺の好きな香りが漂ってきた。さらに落ち着く。そしてさらに懐かしい。これで政樹の母ちゃんまで登場したら泣いてしまいそうだ。店でも毎日コーヒーを飲んでいたが、馴染みのある匂いではなかった。美味しく飲んでいたが、懐かしさは湧いてこなかった。故郷や政樹の家を思い出すことはなかった。
「ブラックでいいよね。」
ひょこっと首だけ出して尋ねてくる政樹にうんと頷いた。俺はブラックで、政樹はスプーン1杯の砂糖とポーション1個。変わらない。そして
「はい、足りなかったら言ってね。」
俺の好きなお菓子も一緒に出てきた。飴玉みたいに1個ずつ個包装されている栗山といったか桃山という名前だったか。はぁ~・・・うまい・・・・・・なんて抜かしている場合ではない。2人仲良く座してほっこりしてどうする。
「政樹―」
意を決して切り出した俺を政樹はあっさり切り返した。
「淳ちゃん、僕にちょっとだけ話をさせて。これまでのこと、教会で別れてからの話を訊いて欲しいんだ。」




