ちょっと昔話を⑧
ダンジョンが揺れている。震度は4とか5とか。震源が分かっていなければ地震と勘違いしていたことだろう。仮にもラストダンジョンなんて御大層な名称の地下100階に及ぶ迷宮だから、崩壊する心配はなかろうが、ラビが原因でなかったら身を守る為の脱出も考えていただろう。地下深くでの地震なんて恐怖と絶望以外の何物でもない。
「ラルゴ・ネロ・カグチラーガ・ヴァルスター!」
爆発に備えてその場にしゃがみ込む蓑口。そしてブルードラゴンに程近い柳とクォーダは、敵からの攻撃ではなく味方の攻撃魔法に巻き込まれぬよう、三度同じ防御の構えを取った。
魔道会議の会場である黒の城では超がつくほどに巨大な火球が打ち放たれた。人のひとりやふたり、下手したらドラゴンだって丸呑みしてしまう大きなものだった。対して今回は、ダンジョンという空間に合わせたのだろうか。威力の方が心配になってしまう小振りな火の玉。ラビが1ターンを費やして放った渾身の一発は、握り拳より一回り大きい程度のものだった。おいおい・・・随分と小せぇが手ぇ抜いたりしてねぇだろうな、
なんてことを言いたげな渋い顔で火の玉を見送るクォーダ。爆風に備えた構えが自然と、無意識のうちに緩まり、どこか気の抜けた状態で戦況を見守る。けれども柳と蓑口は違う。2人共知っていた。だから柳は防御の姿勢を崩さないし、蓑口もできる限り距離を取っていた。打った張本人ですら、様子を窺いながら1歩ずつゆっくりと後退り。魔法の威力に疑いなし。
拳大の火の玉がブルードラゴンの胸部に触れ、そのまま体内に吸い込まれた。音も衝撃もなく、すんなりと。今の所、ブルードラゴンに変わった様子はない。
「おいおい、ラビよ―」
そう言って振り返るクォーダ。
手を抜いたとも、魔法発動を失敗したとも思っていない。ラビの法力の高さは俺達3人が一番よく知っている。対象がドラゴンだろうが巨人だろうが、直属部隊だろうが魔王だろうが、効かないなんてことは考えられない。極端に魔法耐久力の高い敵であれば、柳か蓑口が先に助言しているはずだ。手を打っているはずだ。でもよ~・・・・・・そんなクォーダの心情だった。
「クォーダ!来ますよっ。」
柳の警告と同時に、ブルードラゴン体内の火の玉が暴れ出した。
異常発生。胸部の鱗が、気が付いたら紫色に変色していた。火の玉の埋まっている箇所を中心に逆襲の狼煙が掲げられた。ギャオーンと雄叫びが上がる。紫があっと言う間に広がり、胸部及び腹部が染め上がった。そして唐突の大爆発。内部爆発。これではブルードラゴンと手一溜まりもない。文字通り一撃必殺。竜の腕が、尾が、翼が鱗が四方八方に飛び散った。壁に床に天井に。警告を無視して油断していたクォーダも吹き飛んでいった。
ブルードラゴン撃破。
ブルードラゴンとの戦いの後、しばらくはラビの呼吸が整わなかった。屈指の破壊力を誇る魔法には違いないが、然るべき術者への負担も計り知れない。尤も、息が乱れる理由はもうひとつあるのだが。
「少しは落ち着いた?ラビ。」
蓑口が様子を窺う。
「ふぅ・・・ふぅ・・・大丈夫、もう落ち着いた。進むぞ、そこに階段があるんだろう・・・ふふ・・・くっくっクック・・・」
一言二言喋ると酸素が足りなくなるようで、まだまだ辛そうではある。
「もう少し休んでからにしましょう。急ぐことはありません。この階層ではもう敵も出てこないはずですし、それにひとり、あそこに埋まっていますから―あっはっハっハっハ・・・・・・・・・」
そう言って柳が指さす方向にはクォーダがいた。真っ逆様に地面に突き刺さっている。見えるのは2本の脚のみ。油断して構えを解いた結果がこの様である。自業自得。
「クックっク・・・あっはっはっはっハハハ・・・・・・バカだな~、クォーダの奴。頭から突っ込んでいるじゃないか~!」
ラビの笑いが止まらなかった。
もぞもぞと脚を動かしバタつかせ、膝を曲げて、フンッ!クォーダが復活、のっしのっしと3人に合流した。砂だらけ、泥だらけではあるが、ケガは無さそうだ。
「やるじゃねぇか、ラビ。これならどんな奴が出てきても一撃だな。内部破壊されて生きている奴はいねぇわな。」
そう言いながらポンポン叩く。クォーダとしては軽くラビの頭を愛でているつもりなのだろうが、ラビ本人はと言うと
「やめろ・・・縮む・・・ただでさえ小さいんだからな。・・・それと残念ながらこの魔法は純粋な氷属性のモンスターにしか使えない。要するに、ほとんどの敵には使えないんだよ。」
「そりゃそうだろう。体の内側から爆発させるなんて、あんなのはほとんど反則だぞ。俺の出番が減っちまう。とりあえずはゆっくり休むんだな。ひ弱なお子ちゃまは大人しくしてりゃいい。」
「わかった。そうする・・・」
今回は素直なラビである。
武器の扱い以外はぶきっちょなクォーダ。彼の言動に関する不器用さはこの頃になると、付き合いの長い柳はもちろんのこと、蓑口とラビにも微笑ましく映っていた。
クォーダの狙い通り。わざと。クォーダの実力と体重をもってすればよほど気を抜いたとしても爆風で真っ逆様に突き刺さることなどない。そもそも物理的に高度ゼロで人間が地面に突き刺さる訳がない。魔法で治癒することはできないが、少しでも心が休まれば。クォーダなりの魔法だった。




